ワールドリレーションズ開講を振り返る

自分にとって初めてとなる、ワールドリレーションズ開講が完了しました。

いざ自分で開講してみて思うのは、

ワールドリレーションズが扱うイシューは、存外に重い&深い

ということです。

これまでなんとなく、自分自身が生徒として出た実感でも、また受講経験のある人たちに感想を聞いても、ワールドリレーションズのクラスは

「わりとさらっと、楽しめた」

みたいな感想が多いんですよね。

だから、おまけというか、番外編的な、ちょっとマイナーな、軽い位置づけになっていました。

なんなら基礎修了者がいきなりやっても、べつにいいじゃん?という感じで。

でも。

1年半ほど前に、ワールドリレーションズの姉妹編的に「都道府県リレーションズ」という実践会を企画し、「基礎DNA修了者以上」と参加条件のハードルを下げて開講したところ、

壊滅的な結果に終わった

という痛い経験をしました。。。

なんていうか、人間としてのルーツや存在意義そのもの、数百~数千年に及ぶ遺伝の凝り固まった信念に触れるので、受講生がまずイシューに目を向けきれないし、癒すためには霊視力も掘り下げ力もハンパなく要求されるしで、泣くわ怒鳴るわ掘り下げが迷走するわで、とんでもないことになってしまったんです。

「やっぱり、シータ初心者にワールドリレーションズ(的なイシュー解消)は、無理なのか!?」

と、愕然としました。
(もちろん、万人にとって絶対にそう、とは思わないし、大丈夫な人もなかにはいると思うのですが、えてしてそうであるらしい、という意味合いで読んでください)

また、ワールドリレーションズは、アナトミー以上に、

意図的にあるいは無意識に空振りして、さらっと
「あたかも土台から癒しきれたかのような錯覚」
を感じやすいし、(やる側は)演出もしやすい


という実感を得ました。

特に、イシューが思考の核にない場合、遺伝や過去生に原因があるとなると、

霊視&筋反射テストだけが頼みの綱

になり、それはいわば

デタラメをでっちあげても、バレない

ことでもあるわけです。

だから、過去生の解決とか遺伝の思考の置き換えとか、呪いとか契約といったまじない系の解消コマンド連発で、なんとなくフワフワして現実味のない話のオンパレードになっていきかねないんです。

それは、場合によっては本当にそうするのがベストな場合もあり、ぜったいにいけないというわけではありません。ケースバイケースです。
(そして、何がどの場合にベストかは、人が判断するのではなくて、創造主に尋ねるのがシータ流)

上記のような、浅いワーク&ほとんど癒しとして意味のない、お遊びふうな時間(の浪費)になってしまわないためにも、

ワールドリレーションズに参加するには、

プラクティショナーとして高度なスキル
        &
深淵な自分の内面に目を向ける覚悟
(と、あらかじめ、ある程度以上に
 クリアリングのワークが済んでいる状態)

がぜったいに必要


だな、と感じました。



実際はというと、私が開講したワールドリレーションズに参加してくださった方は、シータヒーリングのプラクティショナーたちのなかでも特に真摯に深くクリアリングに臨んでいる方ばかりの印象があり、またプラクティショナーとしてのスキルも群を抜いて高い人たちばかりだったので、ある意味では安心できました^^;

傍で見ていて(私はすべてのペアのワーク内容を同時に耳で聞きもし、目でも追い、霊視も並行して行ってウォッチしています)、

よくぞここまで深い内面に突き進む勇気がおありだ

と感心するばかりでした。

また、全部で5日間あるセミナーですが、

日を追うごとに、受講生たちが
ワールドリレーションズで扱うイシューへの
取り組み方のスキルが向上していく


のが、あからさまに見えました。
(初日とか、まごつくよねw)

この記事の冒頭に書いたように、ワールドリレーションズのペアワークは、なんとなく癒せた気になってしまって実は深い土台に目を向けないままスルーしやすい罠が存在すると思いますが、受講生同士でそれをお互いに見逃さずに追って行く気配を感じました。

同時に、教える立場にたってみて初めて、

なぜテキストがこの構成なのか

の意味&意義が、はっきりわかった気がします。

これまで私は

「要はイシューをどんどん解消していけばいいなら、何日目にテキストのどこをやっても一緒じゃない?」

と思っているところがありました。

だけど、とんでもないですね。

この順番に深い意味があるというか、

1~3日目をこの順番でやってないと、到底
4日目、5日目のワークには耐えられない


なぁと感じました。

理由としてはなんていうか、各論をいくつもやって自分のイシューの全体像(の傾向)が多少なりとも把握できていないと、とても4~5日目の、「総論」的なイシューを扱いきれないから、とでもいえばいいのでしょうか。
(うまく説明できなくてごめんなさい)



ワールドリレーションズで扱うイシューにはもうひとつ、特色がある気がしていて、それは

べつにイシューとして存在してても問題ない。
無理して解消する必要ないんじゃない?
イシューを抱え続けるデメリットも感じないし、
解消するメリットも特に感じない(だから放置)
という感じがする……という罠


としての側面があることです。
(べつにワールドだけに限らず、シータヒーリングで扱うイシューはほとんど全部そう言ってしまえばそうなんですけどね)

ワールドで扱うイシューは、その度合いが飛び抜けていて、いざ解消した後になってみて

あのイシューを解消せず抱えたまま生きていくなんて
恐ろしくて想像もつかない


と身震いすることが多いんじゃないかなあ。



それから、これはワールドリレーションズに限らずシータヒーリング全般に言えることですが、

何をもって「イシューが解消した」と言うか

は重要だと思います。

気分がすっきりしたら?
ラクになったら?
筋反射テストで解消前と逆の結果が出たら?

それもアリかもしれません。
でも、どれも決定打とは言えないと思います。

イシューが癒されたかどうかの決定打は、
「現実が変化」したかどうか


ですよね。

なんとなくの感覚値だけとか、気分的にどことなく、というのは、厳しい言い方ですが、イシューの解消の証にはなりません。
(イシューが解消された証を求めることに固執するのも、それはそれで違うんですけどw)

私の周囲にはあまりいないのですが、どうやら世間的には、

現実離れしたフワフワした空想イメージプレイ=シータヒーリング
スピリチュアルおままごと(という遊び)=シータのセミナー


という雰囲気で捉えたり接したりしている人たちが、一定数いるみたいなんですね。
(私も、わりと『なんだか知らないけど魔法をかけてくれる』みたいな、『現実から逃げて素敵なおままごとで癒された気持ちに浸れてキモチいい』というスタンスでスピリチュアルやヒーリングを捉えている人たちが一定数いるみたいだということはさすがに知っています)

でもそんなのは、スピリチュアルでもなければヒーリングでもねぇ。
ただの妄想ごっこに過ぎない


と思う訳ですわ。

(あくまでも裸の王様であり続けて、周囲からはどんどん『頭のおかしなこと言ってる、空気の読めない、非常識な人。関わり合いになりたくない。尊敬どころか、人間ああなったらオシマイだと感じる』と思われてイメージも事実上の関係も悪くなっているのに、本人はフワフワした様子で『私はシータヒーリングで変わった!内面も現実も!どんどん人生が楽になって素晴らしくなって行ってる!』とかほざき続けるのも、ある意味では才能だとも、1つの生き方の選択だとも思うわけですが(苦笑))



嗚呼、またも絶好調に脱線しまくってる。。。

まあそんなわけで(←どんなわけで?〆め方が雑なの、今年こそは治しな?)、ワールドリレーションズ開講できてよかった。

開講の機会をくださった受講生の皆さん、ありがとうございました!!
関連記事
スポンサーサイト