黒魔導士ビビの死に寄せて

ファイナルファンタジー9というゲームがあります。

発売当初は貧乏大学生だったのでスルーしてしまいましたが、今頃になって思い立ってやってみました。
(自分はプレステ3を持っているのですが、過去のプレステ1、2で出たゲームを安くデータでダウンロード購入して遊ぶことができるのです)

もうね、

ガン泣き。

これはゲームというより、ゲームの体裁をとった物語・読み物だなと感じました。

一貫して

生きるとは何か。
命とは何か。


について、メルヘンチックな画風にはそぐわないほどシリアスに描かれます。

なかでも感動的なのが、黒魔導士ビビ。
 ↓
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(注:銀河鉄道999の車掌ではありません)

ざっとあらすじをネタバレしまくりで言うと、

「人間だと思って生きてきたが、ビビは自分が実は人間を殺戮するために人工的に創り出された生物兵器であることに気づく。しかも寿命が短く設定されており、電池切れのようにある日突然、停止してしまう運命にあると知る」

というものです。

自分が生き物ですらない、ロボットだという現実を突きつけられ、しかももうすぐ死ぬ運命にある。
死ぬ以前に、自分は「生きて」いるといえるのかと疑問を持つ。
生きるとは何か、の答えを探して、ビビは旅をする……。

キャラクター設定ではビビは9歳ということになっており、言動なども少年のようで幼いのですが、ほんとに9歳児がこの事実を突きつけられたらどうだろう、、、と思ってしまいました。

ゲームの途中、いつ死ぬのだろうとハラハラしながら進めて行くと、ありゃ、クリアしちゃった。。。

助かったの!?

と、思いきや。

よりによって

ゲームクリア後のエンディングで
ビビの最期→死後が描かれる


という、ある意味では一番、破壊力の強い流れでした。。。

死に際して、ビビが遺した最期の言葉が容赦なく心に刺さります。

生きるってことは、永遠の命を持つことじゃない。そう教えてくれたよね。助け合って生きていかなきゃ、意味がないんだって・・・。
別れることは決して悲しいことじゃないよね。離れていても心が通じあったよね。そんな大切なことを教えてくれたんだよね。
ボクが何をするために生まれてきたのか・・。ボクがいったい何をしていきたかったのか・・。そんな事を考える時間を与えてくれてありがとう。
好きなことだけをやり続けるっていうのは、実はとても難しいことなんだよね。みんな、とても偉かったんだなって思ったよ。
孤独を感じた時にどうすればいいかなんて、それだけは教えてもらえなかった。本当の答えを見つけることができるのは、きっと自分だけなのかもしれないね。
ボク、みんなとめぐり逢えて、とてもうれしかった。もっと一緒に冒険したかった・・・。
だけど、別れる時は・・・必ず来るんだよね。
みんな・・・ありがとう。さようなら・・・。ボクの記憶を空へあずけに行くよ・・・。


生きる意味を見つけて、生ききって、死を受け入れて納得して死んで行ったわけですわ。

酷だけど、下手げに

「寿命を伸ばす特別な魔法の薬が見つかったよ!わぁい!僕はまだずっと生き続けられるんだね!」

系の安っぽいハッピーエンドにするより、作品としてずっとずっと素晴らしいものになったと思います。

しかも、生物兵器としてではなくあくまで「そういう種族」として新たに“製造”した黒魔導士たちを「子供」として、自分の冒険の話を聞かせ、自分の存在を受け継がせています。
(伏線としてゲーム中、ビビは主人公から、『オレたちのことを記憶している誰かがいる限り、その記憶と生命は永遠につながっていく』と言われます。そのとおりにしたんですね)

ビビの死が描かれた後、エンディングムービーは、ビビと対照的に、死ぬしかないような目に遭いながらも生きることを選択して生き延びた主人公が、ヒロインと再会して抱き合うシーンで終わります。
 ↓

(最後の戦い直後からエンディング最後まで……ていうか映画じゃん、まるっきりw)
※要点だけ観たい人は18:50からの再生がオススメ

ここで、「愛し合う男女→子孫繁栄」、というイメージを抱くとしても不謹慎ではないと思います。

個体としての1人1人はいつか死んでいくけれど、その人の記憶を持っている人が生きている限り、その人の遺伝子を継ぐ子孫が生きながらえる限り、

生命は永遠

なんですよね。

エンディングムービーで流れる、白鳥英美子さんが歌う「Melodies Of Life」の歌詞にも、

消えゆく運命でも
君が生きている限り
いのちはつづく
永遠に
その力の限りどこまでも

私が死のうとも
君が生きている限り
いのちはつづく
永遠に
その力の限りどこまでもつづく


と、はっきり書いてあります。

ちなみにビビは名字まで入れると、ビビ・オルニティアと設定されています。

ビビ=生きる
オルニティア=鳥

という意味です。

造り込んでるなぁ、、、という感じです。

ここまで考えると、さきほどの歌の歌詞で

飛ぶ鳥の向こうの空へ
いくつの記憶預けただろう


とあるのも、二重に意味深なものになりますね。



長々と、作品の経緯説明に追われてしまいましたがw

ヒーラーとして普段、人と接するなかで思うようになったこととあいまって、このタイミングでこの作品を観たのは、自分にとって特別な意味があったように思います。

というのも、

「病気は嫌。はやく治して!幸せな健康体になりたい!」

「老けて衰えるなんてありえない!永遠に若くいたい!」

というような願望(というか、欲望)を持つ方が、少なくないと感じたからなんです。

でも、その願望が叶うことって本当に、素晴らしいことなんでしょうか。

それが幸せ、なんでしょうかね?


二元性に呑まれているといっそう陥りがちですが、

「怪我は、病気は、貧乏は、死は、かわいそう」

という捉え方。

ある意味では人間としては(健康で若々しい状態を保とうと肉体が動くようにできているので)自然ですが、スピリチュアルな学びを深めるという意味では、うすっぺらいと私は感じます。

病気や怪我、貧困など、世間一般でいう価値観では「不幸」と分類されるような憂き目に遭うのにも意味があり、その現実は(どんなに本人が否定しようとも)その人の意思で起きています。
そして、どんな状況からも、学ぶこと(=豊かさの収穫)ができます。つまり、この世は、どんな人のどんな状況についても、「無限の豊かさがある」といえます。不幸や欠乏と感じるようなシチュエーションも実は、(創造主の観点からすれば)人間の捉え方次第では恩恵と感じうる豊かさを無限に持っているということです。

ある意味では、自分が不老不死で億万長者で健康な状態が永遠に続く、というのは、シンプルでいいかもしれません。

「あー、豊かー、まいにちが幸せー♡」

を、ずっとやってればいいわけですから。

(しかもそれはある意味では、この世界に生きる状態をやめて『あの世に還る』と表現されるような在り方にシフトすれば叶うんですよね)

でも。

あえて、時間の法則というものの制約を受け、多少の対処はできるとはいえ老いて死ぬ運命の肉体を持ち、意思疎通を瞬時に完璧にテレパシーでやるのも難しいから面倒でも誤解されても言葉や文章で時間かけてコミュニケーションしないといけない、やりたいことがあっても状況なり金なり競争なりの要因で全員が思い通りになるわけでもない、ゴチャゴチャした不便そうな仕組み満載の、この世界。

そこに生まれてきたからこそ。

どう生きるか

が(そうではない世界と比べて)深みも輝きも持つんじゃないんでしょうかね。

自分という個体は、いつか死んでなくなる。
しかも、せいぜい数十年という限られた寿命で。
そのうえ、最初の20年はガキんちょで大人のようには動けない事情もアリで。

だとしたら、自分はどう生きる?
限られた時間のなかで、どうしてもやりたいことは何?

そう考える意義も価値も、(そうではない世界と比べれば)大きく観えうるというもの。

それに加えて、

自分という個体が死んだ後も尚、
「誰に何を覚えていてもらう」
という形で自分が生き続けるか。

後世に何を伝え、遺したいか。
そのためにどう自分は行動するか。


までもを視野に入れるとすれば、ものっそい奥深いと思いません?この世界での、この肉体を持って生きる限られた時間の人生は。

願ったとおりにならなくても、それはそれで1つの大きな気づきと学び。
(『夢が叶わないなら、無意味だ』と感じるとしてもそれは真実ではなくて、自分が望む形“以外”のカタチでそこにある豊かな恩恵に自分が気づかずにいるか、そのカタチに不満を抱いて受け取らずにいるだけです。その状況に満ちあふれる豊かさのエネルギーは、大成功した場合と比べても、なんら変化がありません)

思えばこのゲームをちゃんと遊んでみようと思い立ったのも、ピアノコレクションを聴いたことがきっかけでした。
 ↓
PIANO COLLECTIONS/FINAL FANTASY IXPIANO COLLECTIONS/FINAL FANTASY IX
(2004/07/22)
ゲーム・ミュージック

商品詳細を見る

このゲームのBGMがピアノ用にアレンジされて収録されています。演奏はルイ・レーリンク


1曲目の「永遠の豊穣」から最終曲の「Melodies Of Life」まで、曲目からして素敵です。

(余談ですが、ゲーム中、『永遠の豊穣』は、文字どおり街の永遠の豊穣を願う意味で踊るのですが、よりによって踊りの直後に街ごと破壊されて灰にされてしまいます。永遠に続く豊かさなんて、幻想なんだ?ないんだ?という絶望を、ゲームのプレイヤーは味わうことになります。そしていろいろあって、上記のようなビビの件もあって、最終曲が和訳すると『いのちの調べ』。深い、、、ですよね。この曲の配置は偶然とは思えません)

このエントリーの〆に、思いっきり(創造主の観点からは完全に逸れた)個人的な意見を言いますが、

自分の外見がずっと若く健康でいたいと固執して
老化や貧困、死におびえて、その恐怖から逃げるために
不老不死や大金ゲットという形で恐怖の対象を消すことで
恐怖を乗り越えたり恐怖から学べるものを避けることしか
考えられない、闘うことや挑戦することをハナから投げて
「ラクになる」ことしか考えてないようなみみっちい奴は、
もし本当に不老不死になったとして、どこまで心が乏しく、
とことん貧しい奴なんだよ、、、としらけるだけ


と思っちゃいます。
(あくまで、個人的意見ですよ?そう思わない人がいてもいいと思うし、その人がそう在ること自体はありのままに認めて尊重します。ただ、あくまで私個人の信条としては、これが本音です)
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