常に真実を言う=ベスト、ではない(こともある)

ヒーリングセッション、特にシータヒーリングのセッションをしていると、ときどき

「真実としては、~~である。だが、今は、クライアントに『~~ではない』と告げるのが最高最善」

という観え方をすることがあります。

シータヒーリングのセッション中は、ヒーラーは自分の考えや意見を言わないので、観えたとおりに振る舞います。

最初は私自身、不可解でした。

それこそ、クライアントが、

「私は○○病(←現代医学では不治の病と言われるもの)でしょうか?」

というテーマでセッションを依頼した場合に、真実としては「そのとおり」と観えているのに、そう言わないほうがいいということが、何度かありました。

そこまでわかりやすくなくとも、たとえば過去生で天使をやったことがあるかないかとか、今の職場で自分をいびる上司とは過去生で何か因縁があったのかどうかといった諸々のケースでも、あてはまります。

「なんで?クライアントの方は、せっかくお金を払ってセッションを依頼してくださっているのに、それに対して嘘を答えるとは、どういうことなんだ?」

と、自分のヒーラーとしての在り方に疑問を抱くこともありました。

が、最近はこのへん、ドライと思われるかもしれませんが、ストンと腑に落ちて納得できています。

すべては、

「その情報を受け止める準備が、クライアント側にできているかどうか」

にかかっているみたいですね。

つまり、セッションを依頼した時点のクライアントが、本人の知りたい質問への答えを知ってしまったとき、それを受け止めきれなかったり、歪曲した捉え方をしたり、誰かを攻撃する根拠として受け取ってしまうといったことがありうるんです。

「ワァーーー!!自分は○○病なんだ。もうお先真っ暗。自殺するしかない!」

「天使?天使って、普通の人間よりすごいってこと?(←誤解)じゃあ私は、ほかの人間より優れた、すごい存在ってことね。フフン(といって独りよがりに傲然と有頂天)」

「あいつが過去生で私を殺した?そういうことならこっちにも考えがある。今度は私があいつを殺す番ね」

、、、とか。

セッションの時点で、どう他の対処をしたところで、クライアント側が真実を受け止めきれない場合には、真実を告げることのほうが最高最善でないという場合があるんですわな。なんかヒネくれてるみたいですが、でも実際、そうなんです。

ただ、私のほうとしても、さすがに真実と違うことを平気でニコニコしながらペラペラ喋るほどアレでもないので、

「創造主に尋ねた限りでは、『~~ではない』という回答が来ますね」

と、“第三者的な立ち位置”ふうな言い回しで伝えることがあります。

(ある意味ネタバレすると、私がこういう第三者的な言い回しを使ったときは、真実でないことを言っている可能性が高いということでもあります)

あるいは、(特に、『私は○○病ですか』という類いの質問についてだと)

「とにかくすぐに病院で検査を受けてください」

と、質問に答えないこともあります。

(もちろんシータヒーリングのセッションのときは、『そういう言い回しで答えることが最高最善かどうか』を確認して、創造主から返ってきたとおりに答えます)

そのほか、セッションでもっとも解消するのが望ましいイシュー“以外”の事柄についてクライアントが真実から逸れた理解をしている場合で、イシューを解消できたらそれらの周辺情報についての真実も受け入れる準備が整うという場合は、掘り下げの途中にはひとまず間違いを指摘せずに相槌だけを打って話を進め、イシューが解消できた時点で

「さきほどのお話のなかで、『●●は~~だ』とおっしゃってましたが、それは違って、真実は~~のようです」

という形でお伝えする場合もあります。



セッション以外の日常の人付き合いのなかでも、私は誰かが将来的に解消するのが望ましいとその人本人が神聖な計画で予定している事柄(で、まだ未解消のイシュー)を発見した場合、それを私が今、告げるのがベストという確証を(創造主へのチャネリングを通じて)得られるまでは、容易には口にしません。
(逆にいうと、『今がそのときだ。そして、一時的に相手から怨まれようとも、言うことが自分にとってもベストだと確信している』と思ったら、ズバッと、普通なら言いにくいことでもはっきり言います)

回りくどいようだったり、不便に感じたり、この世が意地悪な場所のように思えるかもしれないけど、これはこれで合理的で、なんだかんだいってうまくいってるんだなぁと思います。

必要かつ望ましく、受け取る準備ができた情報が、その人の元へ、最高最善な手段・タイミング・場所・人・状況を通じてもたらされるのが、この世の仕組みみたいですね。

以上、一ヒーラーの所感としてご参考までに。
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