衰退期・停滞期に安堵を覚える

なんだかの占いでみると、自分は毎年、10月が停滞の月で、11月が停止と、不調2連発!的な運勢になっているそうです。

昔、それこそ

「不吉な悪いこと言うんだったら占いは信じない!」

みたいな幼稚な理解だった頃は、毎年その月が運気が低いだなんて考えたくも知りたくもなかったし、知ったところでそれを認めるなんて悔しすぎる、ふざけんなという印象でした。

が、最近になってきて、一般的に人が「ネガティブ」と言うようなものであっても、それ自体かけがえのない性質も役割もこの世では担っていて、ポジティブとかプラスとか隆盛というようなものだけだとかえってヤバいこともいろいろわかってきました。

で。

単語でこそ、停滞だの停止だのという不吉っぽいものが(その占いでは)使われているし、しかもその占い本を書いた人自身がネガティブに対して過剰に怖れているのか、

「この時期はおとなしくしているべきだ、アクションを起こすとロクなことがなく失敗する」

というような、不吉度100%!なノリで書かれていたのも確かなのですが、それはほら、創造主の最高の真実と観点に基づいて物事を観ることができるかどうかで変わってくるじゃないですか。
(えてして占いをやる方は、法則を至上のものとして、最高の真実そのものとは違う理論に従ってモノを言いがちな傾向もあったりして)

実際は、呼吸と同じで、吸ったら吐く、というようなプラスマイナスゼロの反復運動の片方を「ネガティブ」と捉えて不必要に怖れてるだけだったりして。


個人的な感想でいうと、特に今年は春~夏の半年間、めまぐるしく外に向かって動き、ひっきりなしに働いていくつもの新規ビジネスと関わって、、、と、息をつくヒマさえない状態でした。

この、外に向かってプラス・プラス・プラス!でオーバーヒートぎみな心身霊魂の状態を、

「どうにかして~!」

と、ギブアップ寸前でかろうじて回していたようなところもありました。

いつか一段落、区切りがついたところで休まないとこらもうあかんわ、というときになっての停滞期&停止期。

これはもうね、単純に、

恩恵

ですわ。

人間が寝ているときに体を再生したりいろいろやってるのと同じで、世間一般の占いなんかで、停滞と言われるような時期は、実はそういう、目に見えないところで、重要な「内側の処理」がメインに行われているだけなんだと強く実感します。
目に観えないから、占い師やその学派なりは「ダメっぽい、やばいっぽい」というようなネガティブな捉え方をした書き方をしているだけなのかもしれません。
ようするに外側に向かってGOGOGO!な状態を「良い」、そういう動きがない状態を「悪い」という捉え方。
(昔は特に、占いは王族や政治家が国を治めたり領土を拡大して戦争をけしかけるのに向いてるかどうかというニーズで使われることが大半だったようですから、自然とそういう価値観で占い師側でもモノを言うようになるのは必然かもしれません)

ようするに、どんな物事を良いと思うか悪いと思うかは、判断するその誰かの価値観によるんですね。

ずーっと出ずっぱりでとにかく活躍し続けるのがいい、という人にとっては、「いったん引っ込んで休憩」というのは単純にネガティブな痛手でしかないのかもしれません。
(それこそ芸能人が、ちょっとプライベートなことに力を入れて仕事を控えめにすると『下火、落ち目、引退か?』とゴシップ紙に書かれてしまうような。『人間はサメと同じや。いったん産まれたら泳ぎ続けなあかん。一瞬でも止まったら死、あるのみ』みたいな極端な思想を美学として持つ人もいるんでしょうけどw)

でもさ、それってやっぱり、最高の真実からは逸れたところで成立する価値観であって。
(もちろん、そういう価値観を持っててもいいんだけどね)

外面的な華々しさとかそういうものも、「そういうのが好きな一部の人たちが勝手に騒いで成立している、あくまでこの世の一側面」なだけで、その価値観で判断される場で常に自分がトップで輝き続けるのがその人にとって本当にベストかどうかもわからんし。

これは私の意見ですが、そういうところで常に高い良い評判を得ていないと心配でしょうがないというのは、根本的な怖れを解放も解消もできてない証拠だと思うんですね。
少しでも人から注目されなくなったら、自分は世の中から見捨てられて死んでしまうんじゃないか、みたいな怖れ。それって、自分自身の力を過小評価しているし、他人や世間に依存しつつ信頼できていないし、もろもろ最高の真実からはズレまくってナンボで成立してますよねw

で、少なくとも自分は、そういう状態からは、(以前はそのケがあったけど)脱却できてるのかもなー、と。

インプットとアウトプット、活動と休息。

そういう、一切合切は、相反するような2つが統合して働いてはじめて完全になってるんだなー、という感慨を強く感じます。

ちょうど季節も秋ですし、「○○の秋」と言われるように、個人的な楽しみに耽るのがちょうどいい時期のようなので、せっかくの停滞・停止期に甘えて、10~11月はのんびり過ごすようになってきてます、年々。

(で、この時期に内側に深く深く入っていってつかみ取った成果が成熟して、次の『外側へ出て行く時期』のエネルギ―源になるわけですわ)

せっかくなので、これまでせわしなく動いてきたことをもろもろ、本にまとめてみようかな。
(すぐ出版、という意味でなくても、自分の活動議事録というような意味合いで)

その流れで、ルシファーズ・デバッグが、まさかまさかで公開されるかも!?
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