クリアリング過渡期を上手に乗り切る

物事って、変わり目には一時的に不安定になりますよね。

物理的に部屋の模様替えをするにしても、もともとちゃんと備えられていた家具を動かしたり、整理するために作業中は部屋がぐちゃぐちゃになったりします。
それでも、模様替えの完成形が本人に見えていて、作業を途中で投げ出さなければ、混沌とした状態はきれいになり、新しい素敵な部屋ができるわけです。

人が、クリアリングと呼ばれるような、霊的な在り方の変化を経るなかでは、こういう「一時的にぐちゃぐちゃになる」時期が訪れます。
(もちろん逆に、どんどんネガティブなエネルギーに呑まれていくさなかにも、要は変化するなかではどっちのベクトルにせよ過渡期は起きます)
やりようによって不安定に一時的にこれまでのペースや状態が崩れる度合いを最小限に抑えることはできるでしょうが、すべての場合においてその度合いをゼロにできるケースばかりでもないかもしれませんよね。

そういうときは、上記の模様替えの例でいえば、途中で投げ出さず、完成形のイメージを忘れずに、やりきることが重要になってきます。
(わりと、スピリチュアルに傾倒してフラフラと物事に影響を受けやすく気が変わりやすい人は、この『作業の途中』で方向転換をしてしまい、いつまで経っても1つの『ひと段落』地点におさまらずグルグル不安定なままで動き続けていたりもするわけですが、、、)

具体的には、以下のような試練ふうな出来事が起きやすいようです。

・人間関係が変わる

以前、仲の良かった人となぜかウマが合わなくなったり、いつもつるんでいた友人グループと疎遠になったりします。
もう会う必要のない、嫌いだと感じていた人も消えてくれたりする恩恵もありますが。

前ほど気が合う実感を得られなくなった寂しさや、これまで好意的だった人がいきなり自分に批判的になるといった変化にショックを受ける人は多いです。

これは、友人たちが自分と同じ速度・方向で変化していない場合に起きやすいです。

でも、相手の価値観が変わらないのに、自分が変わって行ったら、自分の存在が相手にとってそれまで「好き」だと感じていたものだったとしても、「嫌い」と感じるものに変わることもある……と考えると、そういうことが起きる理由もわかりますよね。

大事なのは、そこで「嫌い」という判断を下す人が現れたとしても、それはその人の個人的な価値観の問題であって、嫌いだと判断された自分がおかしくてダメな状態にあると結論づけるのは早計だということです。

もちろん、他人の反応の変化から、自分の内面で自分が気づかずにいるおかしなところを探すというのは、社会生活をするうえでも霊的な内観をするうえでも欠かせないスキルではあります。

が、誰か1人の、あるいは1つの思想や価値観が確立されたグループ・団体から拒絶・否定・批判されたとしても、自分が本当に自分の内なる声を聞いて変化していこうとする姿勢でいることができていると感じるなら、傷つく必要も罪悪感を感じる必要も、本来はありません。
おそらく、今後変化していく自分にとって、それらの人・団体は、お付き合いする必要がないものなのかもしれないからです。

変化の過渡期には、現実に諍いが起きて誰かと絶交したり、どこかの流派から破門されたり団体から追放されることも起こりえます。
大事なのは、そんなにまでショッキングなことが起きたとしても、自分が目指す方向に進んでいるならば怖れないということです(←言うは易しですが、行うにはとても勇気が要ります)。

そのまま、去って行く人(というか、自分が歩いているので結果的に遠ざかることになった人や場所)に未練を持たず、心細さに負けずあるところまで行くと、今度はその場にふさわしい人や場所が現れてきます。

問題は、過渡期の「友人が去って1人になり、でもまだ新たな友人が現れてきていない孤立したような状態」をどうにかやりすごせるかどうかです。

たいていの人は、恐くなって、戻ってしまうんですよね。そして、昔の価値観に自分を入れ替えて変化することをやめて、これまでの境遇や人間関係のぬくもりにまた、戻ってしまうんです。
(もちろん、そうしたければそうする自由もあります。そうすることがいけないことだという罪の意識は、幻想です)

ここを、どう切り抜けるかがポイントです。

「自分は常に1人じゃない」というような、聞こえのいいスピリチュアルな思想のお題目をいくら知っていても、この心細さを乗り切るには、おそらくある程度以上の心の強さが求められるでしょうね。

・仕事が変わる

仕組みは、人間関係の場合と基本的には同じです。

ただ、「いまの仕事を辞めて次の仕事を見つけ、それをゲットして軌道に乗せる」のは、生活費の問題も絡んできたりして、人間関係以上に切実なものになりがちです。

自分で決意して辞める場合が大変なのは言うまでもありませんが、会社側からリストラされるなど、強制的に今の仕事を追われてしまうと、余計に切実です。
いまの仕事で、「ダメ、使い物にならない、戦力外」という評価をくだされてしまう分、自尊心や能力に対する自信もなくしやすいですし、お金の心配の度合いが大きいと、「食いっぱぐれて死んでしまう」という生存の危機感にもわりとすんなり結びついて、ものすごい恐怖を巻き起こします。

また逆に、

本来はもういるべきでないor今後進むべきでない仕事の道が拓けてしまう

という、罠も起きます。

辞めようとしていた矢先に昇進・昇給を打診されたり、これからの自分が足を踏み入れるのが望ましいわけではない職場からオファーがかかってしまう、といった具合にです。

どうしてこういうことが起きるのかは、その人の信念体系に「物事を決めるときは、その決意が本物かどうかを試練的な出来事によって試され、克服しなければならない。その試練でもし自分に負けてしまったら、悲惨な目に遭って自分の至らなさを実感して反省する必要がある」というような思考が強固に成立している場合があります。

もっとシンプルに、
「変化したり前に進むのが恐いので、変化しないほうがいい、という現実を創り出す」
という場合もあるでしょう。このへんは千差万別です。
その人の意図が現実を創る、という意味では同じなので。

また、ほかにエンティティ(霊的存在)との契約や、呪いのような他人からの想念エネルギーの干渉に起因することもあります。

この、一見、恩恵にみえる落とし穴は、見抜くのも大変だし、その魅惑に打ち勝つのも大変なのは想像に難くないでしょうw

・お金の流れが変わる

仕組みは上に述べたことと同じです。
仕事との兼ね合いも大きいですね。

が、仮に仕事や収入自体が変化していなくても、たとえば急な出費が続いたり投資や貯蓄にトラブルが起きて金欠になってしまうとか。

逆に、本当は若干、金欠になってでも今の境遇から飛び出したほうがいいのに、逃げや変化を拒む自分の思考などが要因となって、

いまのままでいたほうがウハウハでお金が潤う

という状態に変化してしまう場合もあります。

ここで大切なのは、

 ・豊かさは無限にこの世をエネルギーとして形を変えながら循環している
 ・自分はその循環する無限のエネルギーを様々な形で受け取れるので不足しない

ということを、頭ではなくエネルギー的な意味でちゃんと腑に落ちているかどうか。また、腑に落ちたとしても、それを金欠のときにも信じ続けられるかどうかです。

本当に間違っていない方向に人が変わるときは、以前と比べて収入が減るとか出費が多くなることはあれど、すっからかんになって誰にも助けてもらえず人生が崩壊して飢え死にしてしまうということは、起きません。

カツカツだろうと、衣食住がとにかくある。
本気になれば、何かを売ってでも、短期のバイトをしてでも、死なないだけの最低限度のお金なら手に入れることができる。
最低限度どころか、本気になりさえすれば、どんなルートからでも、いくらでも、豊かさを受け取り続けることは変化のさなかでも可能だ。
、、、こうした信念が揺らがずに持ち続けられるかどうか&その感覚感情を自分が知っているか、が重要です。
(なかったらワークしましょう!)

・体が変わる

これまで酒やタバコをやっていたのに、いきなりそれらを受けつけなくなるとか、それまで平気だった食べ物にアレルギーが出るとか。

ものすごくエネルギーが変化すると、肉体もそのエネルギーの一部なので、変化してきます。

その変化は、今後変わって行く自分が生きるうえで適切なようにチューンナップされて変化しているのですが、なまじそれまで、心の弱さゆえに喫煙の習慣を持っていた人の場合などは、以前の生活習慣を継続するのが難しくなったことに憤りを覚えがちです。

ほか、本人が望まない方向性で体にたとえば筋肉がついてくるとか痩せるとか体重が増えるとか、外見的な変化も起き得ます。

これについては、

 ・本当は、自分にとってベストな変化なのに、自分の価値観が追いつかずNGを出している

  のか、

 ・「変化するなら体を重く頑強にしなければいけない」というような、変化に紐づいて
  適切でない現実を創造してしまう思い込みを自分が持っている

のか、ワークを通じて明らかにしていき、対処する必要があるかもしれません。



実際は、もっと変化の種類はあるともいえるし、ここに挙げた4つも、元はといえば「変化」の一部分なのだから1つじゃん、という捉え方もできるとは思います。
(が、それはあくまで個々人の捉え方の問題であって、どっちが正しいかを議論するのはこのエントリーの趣旨ではありません)

また、どんなケースにどう対処するのがいいかは、これまたケースバイケースで、

「これさえやっておけば、誰にとってもどんなシチュエーションででもOK!」

というものは、おそらく存在しないのではないでしょうか。

なので、このエントリーでは解決策までは提示できないのですが、少なくとも

変化のときにはこういうことが起きるのかぁ

という程度に心しておけば、実際に何か起きたときの過剰な動揺や不安、恐怖は避けられるのではないかなという願いから書きました。

これって第二次性徴期と似てるかもしれませんね。
自分の体にどんな変化が起こってくる(のが自然)かをあらかじめ知っておけば、いざ子供から大人に体が変わってくるときに、何かおかしくなっちゃったんじゃないか?というパニックは抑えられますよね(それでも若干以上、不安を消しきれない人もいるっちゃいるでしょうけど)。

まあそんな感じでーす。

自分の内なる神の声(≒エゴや我欲からの声じゃない)に沿っての変化をしているなら、過渡期のいろんな試練ふうな出来事も、ちゃんと乗り越えたら、きっと以前より素晴らしくなるよ

本当に引き返したいなら引き返すこともできるけど、それって本当に自分がしたいことなのかを、よくよく考えてみたほうがいいかもね


としか、傍からは言えないわけですが。
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