「エネルギーすごいですね」は褒め言葉?

スピリチュアルの業界に入って驚いたのが、

「エネルギーすごいですね」

という褒め方があるということでした。

で、もっと驚いたのは、エネルギーすごいですねという言葉をかけられた途端に、有頂天になったり、ふんぞり返って「そぉ?わかるゥ?」とばかりに態度がデカくなる人がいたことです。

自分としては、エネルギーが現状ですごいかどうかはその一時的な状態にすぎず、人は誰でも無限にすごいエネルギーを使いこなすことができるのだから、褒め言葉としてそもそも成り立っていないだろう、と若干、皮肉めいた捉え方をしています。

(これが、レイキなどをお稽古事のようにやって、落ちこぼれ扱いを受けて褒められたことがないままずっと来た、というようなバックグラウンドをお持ちの方だと、パッと華やいだ嬉しそうな顔をしたり感涙にむせぶ方がいてもおかしくはないのかも、とはいちおう思うのですが)

で、これがいちばんアブないなと個人的に思っているのが、

「エネルギーがすごいと言われただけで満足して、その後で行動して実績をつくるというアクションに結びついていかない」

人がいることです。

(まあ、その人がそうしたきゃすればいいだけの話なんですが、自分はああなりたくはないなという自戒の意味で、ね)

ある意味、目に見えないエネルギーを褒めるというのは、無敵ワード、、、というか、社交術の1つとしても機能しうるわけで、

たとえば、友人が子供を産んだので見に行ったがブサイクでどう無理しても褒め言葉が見つからない、という場合に

「産まれたばっかり!って感じね」

などといってお茶を濁すのと同じふうにも使えます。

ヒーラーをやっていると、

「私、どうですか?」

と聞かれることがわりとあり、それはつまり霊的成長の度合いなりサイキックな才能なりがどの程度あるかについてコメントを求められているわけですが(←台詞だけ見ると非常に大胆なアプローチともとれますね)、あまりにもツッコミどころ満載で、お世辞で甘やかして嘘ついて褒めてもなァ、というときには

「エネルギーすごくなる素質がありますね、可能性は充分」

と言うことにしています。嘘じゃないだろ?w

もっというと、エネルギーすごいと言われてそれだけで浮かれている人を見ていて残念なのは、「実績を挙げて世間で華々しく活躍できている人への反発心、嫉妬を埋め合わせるための優越感の根拠」として「エネルギーすごい」を捉えている人がいるっぽいことです。

大袈裟に書くと、

「そりゃ私は、勉強もスポーツも苦手で友達も少なくて、学歴も資格もたいしたことない。勤め先も自慢できるところじゃないし、美人でもないし、人がついてきてくれるようなリーダータイプでもない。ぶっちゃけ、取り柄なんて見つからない。だけど、それでも!“エネルギーだけはすごい”のよー!!オホホホホ―!ざまあみなさい元同級生の○○!アタシはあんたみたいに現実社会で活躍できてないけど、アンタなんかより数段、霊的に成長できててすごいのよー!!長い目で見れば今回の人生なんて一瞬。ざまあみなさい!せいぜい今世を謳歌することね!そして死んだら私のあまりの魂の輝きの眩しさに吠え面かいて悔しがって跪けばいいわ!!」

みたいな、ね(←いくらなんでも大袈裟すぎ←いや、当たらずとも遠からずだと個人的には思ってるw)。

ようするに逃げなんだよ。

逃げることそのものはべつに悪いことじゃないし、逃げるほうが賢いことも多々ある。

たださ、何事にも逃げてばっかりってのは、いくらなんでも……。

ヒーリングに習熟したい動機が、スピリチュアルに造詣を深めていきたい動機が、

「ヒーリングという、世間で認められておらず目に見えなくてある意味、ハッタリが通用しやすい世界で『社会的な裏出世』がしたいだけ」

(注:社会的な裏出世:会社など職業の面で認められて出世することを表出世と捉えた場合、表出世ができそうにないので、中身のないNPO法人を立ち上げてカタチだけ代表の肩書きつけて箔をつけるとか、社会的な審査の目が行き届かず物事を測る実績のモノサシが存在しないマニアックな領域でハッタリかまして大家気取りでハリボテ式に外面だけのしあがったかのような図式を演出するとか、裏技的にいかにも出世したかのような体裁をとることを総合的に指す隠語←って解説であってる?w)

になってない~?

とか言ってみたり。

まあ、個々人の好き好きですが(←これ言わないとお手軽にブチ切れる人、いるからねぇ)。
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