2022年04月

ルシファーに染まる人が「イケてる悪(ワル)」から「周回遅れショボ&ダサ」になる時代

細かくイチからは解説しませんが、この宇宙では、人間にナンセンスな高揚をもたらして堕落させる力が普遍的に働いています。

これをルシファーと呼ぶことにします。
(このブログでは一貫してそう呼んできております)

そして人間側でも、この堕落への誘惑に反応してしまう感受性というか、受容体のようなものを物理的にも霊的にも持っています。

あえて近視眼的にいうと、この数十年間は、主に第二次世界大戦後の高度成長期とテレビなどマスメディアの台頭などもあいまって、

ルシファー的な高揚に酔いしれる人が増えた時代

ともいえます。

あとになってみるとただ変なだけなのに、その時点ではカッコいいイメージがあった諸々って、あるじゃないですか。
ファッションでも髪型でも音楽でもなんでも。

そのときの流行りに乗っかり、ノリノリで「まだ◯◯じゃねぇの?おっくれてるゥ〜」と、その流行に乗っていない人をダサいと見下して自分はイケてるつもり。

ルシファーに呑まれた典型ですね。

本当に一瞬で終わる瞬間風速みたいなブームのこともあれば、集合的・持続的に根強く残り、残るどころかじわじわ勢力を拡大するものもあります。

たとえば陰キャ・陽キャの区分でスクールカーストなど、人をイケてるイケてないのヒエラルキーで品定めする思想。
そこでイケてる方を目指す&そうであることを示す意味でSNSで生まれた「映(ば)え」文化。

そう、SNSをはじめインターネットの隆盛とスマホなどそれを利用する端末の普及、その環境に立脚した各種インターネットサービス(それこそインスタやTwitterなど)が、見知らぬ人々の間で考えていることや価値観を瞬時に世界規模で届け、一人歩きしすぎるくらいに駆け巡る状況が生まれてきています。

その意味では、ほんの数年前まで、なんならコ口ナ禍とされる期間に入る前までの、(社会が一変するほど強烈な体験という形で)よっぽど強く言われないと気づかない人が大半だった時代は、まだまだ全然ルシファーは影響力を持っていたといえるでしょう。今もルシファーに呑まれる人はゼロではありません。
そう、株価のように、ルシファーの影響はその時々に応じて強まったり弱まったり変化しますが、基本的には完全になくなることはありません。
(そして、べつにそれは悲しいことでも嘆くべきことでもありません。ルシファーの存在は、この時空間や人類の設計に組み込まれた根本的な仕組みだからです)

今はちょうど、社会が不安定になり、強いリーダーにみんなが従っていけば何も考えなくてよいというそれまでの風潮がガタガタ崩れてきた時期にあたります。
会社がアテにならないなら個人で稼ごう!という風潮がこれまた量産型金魚のフンみたいに生じて、やれ金融商品への投資やらネットでおうち起業やら、うすっぺらい流行が生まれたりポシャったりで、今2022年はちょうど、

「なんか……いろんな人がいろんなことを力強く言うけど、いちいちそれに考えなしに飛びついてもがっかりさせられるばかりだな」

と、たいして意識が高いつもりでもない一般庶民たちさえもが、冷めた目で賢者モードに入っている度合いが高い時期ともいえそうです。

土の時代から風の時代に変わって諸々の価値観が一変して「!」とびっくりした時期にもあたることから、個々人それぞれが、悲しいけどつらいけど一人で両の足で立って頭で考えて体使って行動するしかねぇ!と、後ろ向きながらも覚悟を決めた時期にあたるのではないでしょうか。

つまりルシファーの影響が小さくなる時期ですね。

それでもこの時期に、自分の頭で考えて自分の責任で立ち回ることから逃げる人が、ルシファーに相変わらず依存します。

「今これが流行ってるんだよ。この考え方が正しい!この価値観で、こういうふうな生き方をするのが間違いない!」

と、そこに自分オリジナルの決意と意思決定と試行錯誤による主体的行動はあるのかい?(ないだろ?)な、フワフワした人が、どこかの誰かが言ったのをただ真似しただけの、中身のない空虚で滑稽なドヤ顔をします。

かつてはイケてる勝ち組が言うのが常だった

「まだ◯◯じゃねぇの?おっくれてるゥ〜」

は、今では弱い負け犬がまるで怪しげな新興宗教にハマってしまったが故におかしなことを口走っていると見做される場合の方が多いでしょう。

「べつにまだ◯◯じゃないとして、それのどこがどう悪いんだよ。遅れてるって何に?もし遅れてるとしたら何が悪いの?」

と開き直って冷めた目で呆れた口調で返されるのがオチです。

これはつまり、大局的に言えば

教祖ビジネスの終焉

を意味します。

ここでいう教祖とは、なにも本当に宗教法人を立ち上げた発起人としての教祖という意味だけではありません。

それまで「カリスマ的なんちゃら」と呼ばれたり、わかりやすく芸能人という職業だったり、いわゆる「インフルーエンサー」と呼ばれるような、ようするに人気があるとされる人、あるいは会社のブランドやその商品・製品・サービスなどまで、雰囲気で根拠なくすごいと思い込まれてたもので人の気を惹くのがオワコン化するということです。

もうこれからは、たとえ無名で弱小な一個人だとしても、だからといってどこかの誰かを親分とか師匠とかいって付き従う時代ではありません。

なにか人より上に立って抜きん出て「すごい」っぽいイメージを作り上げたとされる人や会社などが何を言っても、それまでの時代ほど一般庶民はそれを崇め奉る目では見ません。

たとえば私が小学生の頃は「将来は総理大臣になる!」と言うのが冗談ででも流行っていました。わりといました、それを言う子が。
ようするに「偉くて尊敬される、立派な成功者。人の上に立つリーダーのさらに最頂点!」というニュアンスだったのです。
今の小学生、どうでしょうね。って話。

漫画などの作品でも芸能人でも、作家や芸能人側が「お前ら」といってファンたちを服従させるという時代ではありません。
どちらかというと「推し活」と称して、あたかも貢ぐ側の下々の存在であるかのような一般人一人一人が、主人公としてその何かを推すかどうかを決め、推している状況を楽しみ、味わい、自分軸でいい意味で自分中心で人生を展開します。
そして推すに値しないと判断したら手のひらを返して、推し活をやめて、次の推し対象を探したり、結婚して家庭を持ちいよいよ自分自身の等身大の現実をがっつり満喫するフェーズに入ったりと、まぁいろいろ。

もう、金も権力も、たいして意味をなさない。たいした力を持ち得ない時代なんです。

それと同様に「流行」各種も、何か大きなものだから一個人よりも強いしすごいから従うしかないと受け身で人々が弱々しく付き従うわけないんですよね。

なかでも、価値観など思想的な、ものの考え方についての流行、常識といったものまで、個々人が今は良くも悪くもバラバラです。

1980年代頃にはある意味では常識だった「戦争反対、平和が一番」という考え方も、今となっては迂闊に口にするともう、偽善者とも呼んでもらえず、「頭が弱い子なのかな?」と、思慮の浅さについて呆れられてしまうほど。
(かといって、呆れる反応をする側が立派に熟慮できているわけでもないのがほとんどだと思いますが)

それくらい、根拠のない感情的な高揚で

「これが一番!これが正しい!これが何より優れていて間違いがない!これが一番カッコいい!理由?そんなものねえよ!熱いハートを感じるだろ?それが何よりの証拠さ!!」

みたいなルシファー踊らされ度100%だと、物事の判断をまともにできないあぶなっかしい拙い人だと思われて誰からも相手にされない時代なんです。

ちょっと前まではプラスイメージだった、ブランド物のバッグや財布なども、今となってはうっかり持ってると
「え、今どき?あー、この人、20世紀型の『金使え』宣伝戦略にまんまとやられたっきりアップデートしてないオワコンな人なんだわ。きっと『限定品』とか聞けばホイホイ財布を開いて散財してくれるタイプねw」
というマイナスな判断をされてしまいます。
(注:だから絶対にブランド物が悪いというのではなくて、これからはニキータ女のように、『時代遅れの頭悪い主体性のないオワコン人間だと思われない、上手なブランド物コーデ』が試される、ワンランク上のファッションセンスが求められるように難易度が上がっています)

さて。

言うは易し。

「じゃあどうすればいいんですか?」

質問する時点で、終わってるゥ〜。

誰かが教えてくれる夢を仕入れてそれを自分というファミコンにカセットとして挿して良しとする時代じゃないんだってば。

マイラバもこう歌ってるでしょう?



ねー、シビアな時代よねー。

でも面白いと思わない?

価値観の大変動を目の当たりにできてるのよ?私たち。

楽しみましょオ〜!!

そのためには心も体も頭もおカネもソツなく一定水準以上、ぜぇんぶ満たしてるようじゃないとね。

カツカツだと、とても楽しめないわよ?

だからこれまでの準備期間があったんじゃないの。

このブログ読んできた人なら、みんなバッチリよね〜?(←何を突然、時代のセンス先取りリーダー気取りなんだよw)

スポンサーサイト