2021年10月

「不安」は人生のコンパス。今ある不安を解消することで自分が内心きめた“理想の生き様”ルートを歩んでいける!

不安に苛まれること自体に恐怖症となっている人がわりといるようで。

ある程度誰でも、人生経験を積めば積むほどそうかもですね。

で、大半の?、「べつに不安に苛まれたりするような弱いアブノーマルな人間じゃないよ。普通だよ」と言えてる人というのは、内心の不安や自分の本音を無視してスルーして感覚を麻痺させることで、あの能面のような顔でスーツ着た、抑揚なくしゃべり何を考えてるか(本人さえも!)わからない会社員あるあるに収まっていったりするんでしょうかねぇ。

まあいいや、さて本題です(珍しく前置きが短い)。

記事タイトルのとおりだなぁ、と。
今さらですが。

不安というのは意図の一種で、しかも動揺して動悸がしたり冷や汗をかいたり呼吸が浅くなったりホルモンが出たりと、身体に変化をもたらすほど強いもの。

それってつまり、すごいパワーを不安自体が持ってるってことですよね。

そして、思いつかないことへの不安は感じない。感じられないわけです。だって思いついてないんだから。
探せば、不安になりうることなんか無限にあるのに。
たまたま、気になったことにだけ、不安でいる。
これがもうつまり、その人の思考が意図を向けている対象である証拠なわけです。
それが仮に、霊的な意味合いでいう神聖な計画に沿うものではない、(一時的な)堕落する方向への意図であったとしてもなんだろうと、その人の意図は不安に思ったその方向を向いているのは確かなわけです。
そして人は、向いている方向にしか進めません。
見えているものしか認識できないし、認識できたことだけで思考するしかないんです。
ほら、そうなるともう、「人は不安に思うことの方向にしか進みようがない」ことがわかりますね。
これは恐怖に苛まれて追い詰められて消極的にやむなくという体裁をとっていようがなんだろうが、ようするにその人が生きたい方向なわけですよ。
もっといえば「やりたいこと」。
それができないかもしれない、うまくいかないかもしれないという可能性を想像して恐怖を感じたとき、人は不安になるんです。
だって、自分にとって本当にどうでもいいことがダメになっていくとしても、人って不安にも思わない。
し、どれだけそのどうでもいいことがズタズタのボロボロの台無しに崩れていこうとも、何も感じないでしょ?
ダメになっていくのが嫌だと感じる時点で、思い入れがある。
ずっとそこにそうあってほしい。あわよくば発展的な変化(いわゆる好転)をしてほしいと願う。
それはもう、「人生でやりたいこと。実現したい生き様」を自白しているも同然w

さてここで、不安という「属性」をあえて、取っ払ってみましょう。

すると、吐き気やめまいをもたらすほど強力な、想念としてのエネルギーだといえそうです。

ということは、うまいこと燃料として使えば、強力な推進力にもなるということ。

そうなんです。

ある想念エネルギーを、不安と捉えるか、ワクワクしてやりたいことを実行に移すモチベーションにするかは人間の思考が司っているといえます。

何かに対して(大きければ大きいほど)不安を覚えて夜も眠れない……といった人は、実は弱いのではなくて、強いんです。

ただ、その大きな想念エネルギーを、思考というシステムを通すときに不安という、自分の心身を蝕む「強制的 背水の陣」作成装置として稼働しているのが問題だというわけですね。
(でもこれだって、絶対にマイナス影響しかないNG選択というわけではありません。どんどん心身が緊張して萎縮してヤバくなるというタイムリミットを設けることで、慌てて早急にその場をどうにかしなきゃという気にさせるわけですから。←ただ、それがやりすぎで、不安のほうに圧倒されてかえって身動きがとれなくなってるとダメなだけ)

なので。

不安を感じるということは、生き物として充分にまだ強さを持っている
     +
その不安を、何かに突き進むモチベーションに属性変換する形で解消すると最強


なわけですな。

現状、まだこの不安という属性をうまく変換するやり方でのセラピーやワークといったものは、充分に世間で定着していません。

誰かが不安だとなると

・我慢しろ

・リラクゼーションや投薬など何らかの方法でエネルギー自体を鎮静化
 (これだと、せっかく湧いたエネルギー自体も鎮めてしまう)

・娯楽など別のことで不安の素になっているエネルギーを発散させる
 (これだと、せっかく湧いたエネルギー自体がなくなってしまう)

など、不安という属性ラベルの方に目がむいて「人に害を与える悪いもの」として、成敗しようとしてしまう。

香ばしいですね、勧善懲悪。しかも、自分が善で相手が悪だと決めつけて信じ込む。昭和かw


これからは、

不安という属性をモチベーションに変換しつつ、それら何にせよ感情の源泉となった想念エネルギー自体はそのまま活用する

のが良い感じといえそう。

もちろん、難易度は高くなります。

「どうやって?」

からの〜

「無理!」

になるのが無知・無能な人のあるあるですよね。

でも人類せっかくまだ生き延びてんなら、ここらへんの難易度、集合的に攻略していかない?


そうすればもう、「やりたいこと探し」なんか、なくなるでしょ。

やりたいことは、「不安」を分析すれば、おのずと出てくる

んだから。

不安を感じているということはもう、やりたいことがある&見つかって感じ取っている

ということ。

これからは、不安を分析して、その中にある「やりたいこと」「目指す方向」を抽出して読み取り、属性だけ変換してエネルギー自体は保持しつつ、生きる気力方面にベクトルが向くようにする

ワークスタイルがいいんじゃないでしょうかね。

「どうやって?」

みんなで見出すのよ。決まってるじゃない。
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