2021年05月

「ラクになりたい→なれた!」は二度と普通の生活には戻れない片道切符。一生ずっとラクでい続けるしかない(それができればいいけどね)

いつもどおり、タイトル見ただけで言いたいこと言い終わって「うん、そうだね」で終わる内容ですが。

この動画を見ちゃいました。
 ↓
「ナウル共和国の近現代史」


実際に、働かなくていいラクな生活を数十年単位で国単位で送ってしまったら、いざヤバくなったとき、もうそのラクさからは回復できないということが、まるで社会単位での心理学人体実験のように起きてるんですね。
事実という説得力がすごい!!

おそらく不健康という意味合いでのラクな生活?を送った結果、国民の90%が肥満、30%が糖尿病に、ってシャレにならなすぎ!!



これ、実は私も私生活でプチ版みたいなスケールではありますが、実感します。

20代まであんな過酷な生活を「当たり前」として送っていたのが信じられないほど、30代からは(独立して稼げたので)ラクな生活を送れるようになりました。

私もともと、幼稚園や小学校に通う時点で、いじめなど精神面を削られる経験は基本的には無くて済んだものの、単純に登下校や授業を椅子に座って受け続けるという作業が体力的にキツくて「どうしよう」と思っていたんですね。
でも悪い意味で「学校には行くもの」という暗黙のルールに逆らう力もなく、我慢し続けて中学校のときは皆勤賞とか取っちゃって。
高校は日光市から宇都宮市のはずれまで毎日、電車(片道50分)と自転車(片道40分)。よせばいいのに部活と演劇(その地域の大人たちがやってる市民劇団にまぜてもらってました)で毎日終電。で、翌朝また5時起きで電車に揺られて……。
ある意味、常にハイで浮かれてないとできないキツさだった。(進学校じゃなかったので勉強しないで済んだのがせめてもの救い)
大学は軍隊みたいな寮で自◯者や夜逃げする奴も出るほどの地獄だったし、就職したらしたで髪がほぼ全部ぬけてハゲるほどのストレス(ただ、それは自分が希望する会社・職種に就けなかった絶望に由来しており、就職先自体は超ホワイト企業ではあり待遇はめちゃくちゃ良かった。ただ、それでも週5で9時5時のフルタイム勤務はそれだけで体力の限界だった)。
そこを飛び出して転職した先は前向きブラック企業で、午後3時と午前3時のオフィス風景が同じ(全員、明るくきびきびと机に向かって仕事仕事仕事♪)。
睡眠時間って毎日とれる人いるの!?という、2000年代半ばまではあるあるだった日々を送っておりましたよ。人並みに。

そこから解放され、独立当初はブラック企業勤めの「は? 睡眠時間? なにそれ美味しいの?」状態だったこともあり惰性でゴリゴリ働き詰めで事業を軌道に乗せられた。

でもその後は、生まれて初めて、毎日好きな時間に起きて寝て何してもいい毎日×何年でも!を満喫。
ふらっと海外旅行に行って何ヶ月もふらふらしたりも楽しんで。(こんな情勢になる前にあちこち外国いっておいて本当に良かった)

思えばあれが、私の人生のゴールデンタイムだったのかもしれませんね……。

独立5年目を超えて、年齢としても30代後半に差し掛かったらへんで

「毎日こんなラクな生活してて、ちょっとヤバいかも」

と思い始めました。

郵便物をポストに出しに行くとか、ちょっとした日用品を徒歩2分のスーパーに買いに行くとか、そういう、本当に些細な用事が億劫で、何日も何週間も先送りにしたり。

ラクさに自分が蝕まれていることを感じました。

数年程度でも、ずっとラクな生活をしてしまうともう、馬車馬ブラック企業会社員どころか、のほほんと勤められるホワイト企業の正社員(毎日定時上がり)レベルの生活強度すら、つらくてもはや、できないんですよね。

あれよあれよと痛風もめちゃくちゃ悪化して、生活を立て直そうにも歩けすらしない日々に突入。

ラクというよりは病気の療養で楽しくはないのに動くわけにいかないまま何週間、何ヶ月もただただ安静に寝ているという期間が大多数になっていき。

いやー、こういうのって、流れが変わるある水準というかを超えるとガタンとくるね。
ドラクエなどのゲームでも、不意に大きなダメージ食らったりして回復が後手後手になると、まさかの雑魚キャラ相手に全滅しちゃうとか、あるじゃない?
あの、「まさかの劣勢化」をもたらす決定打になるダメージ量というかが現実の生活にもあるなぁと感じた。

ラクな暮らしをしていると、そういう「まさかの」が起きやすくなるし、いざ食らってしまったときのダメージが大きいし、それを立て直すのが大変になる。

いざというときがんばればいい、と頭では思うものの、些細なことでも「大変〜」と感じるように、もはやラクな生活バージョンに感度が修正されている。
だから、いざというときの頑張りなんて、もう「無理」で思考停止して呆けてしまう。
対処できなさすぎて、頭も体も心もフリーズしちゃうんだよね。

本気でやばいでしょ、これは……と真剣に人生を立て直そうと決意した頃には40歳を超えていて。
幸い、そこから「昔とった杵柄」再獲得とばかりにガシガシ動く生活スタイルに立て直していけたこともあり、今ではもしからしたら人生最高にタフかもしれない集中力や持続力を発揮できるようになったけど。

自分で言うと偉そうだけど、これ、アラフォーで「やるぞ!」と決心して、できる人あんまりいない気がする。
自分の場合は、皮肉なことに、地獄のようなキツくつらく苦しい幼年期〜20代の若い年齢のころを耐え抜いた経験と乗り切り方ノウハウがあったから、どうにかなったんだと思う。
(あとは、そうしなきゃいけない背水の陣(≒天涯孤独))

諸刃の刃だなと思うのが、いわゆる勤め人として働いてる人。
毎日、会社に行って朝から晩まで働く日々を送っているからこそ、最低限?の体力・精神力はキープできている方だったりする。
(たとえば私なんかよりは、みんなタフなのが当たり前に感じるほど、なんだかんだいってみんな強い)
一方で、よほど意識が高い人たちばかりの会社や知人友人の輪にいられるごく一部の人でもない限りは、どうしても低きに流れて安定しがちな集合意識に呑まれて、「このトシじゃもう無理だよ」的な、ネガティブな考えや言い訳の正当化を自分の意見として取り入れてしまう。
ここらへんは難しいね、ド凡人でもパッとしなくてもみんなと一緒にいてコミュれて生き延びて子孫を残せる方が、なまじっか頑張って優れた個体1つで一匹狼どまりの奴より、生物としては進化していけるってことだから。
その意味では、大成功狙いで意識高く積み上げ積み上げ!とかやらないで、のんべんだらり風にちゃっかり正社員の座は確保し続ける(ことができている)、ぬぼーっとしたふうなおっさんおばさんの方が、生存戦略という意味では賢明なのかも。
その、ただ毎日、旧態依然とした会社で、ぬぼーっと仕事して(るのか?)られる生活が続きさえすればね。
普通にただ毎日、勤め続ける体力と精神力はあるぜ、実践できるぜ、で乗り切れるダメージならいいけど。
まぁでもそれ以上のダメージがドカンと来る時なら、もう生き残る希望も持たない割り切りなのかな。

いやもうでもそんなドカーーーーーン!ってのが来たら、多少の体力・精神力の違いなんか関係なくみんなダメになっちゃうわけだから、所詮はどんぐりの背比べなのかもしんないけどね。

そう、その、どんなに頑張って準備しようが身構えて備えておこうが、それが功を奏するかどうかはわからない、という理不尽 is この世。

なので究極、頑張るかどうかなんて大差ないのかもしれないけど。


個人的には「これといったドカーンが来ないのに、ただただ普通に平坦な道で力尽きるのはさすがにアレ」と基準を決めてる。
どこまで頑張るかの。

これくらいは揺れますよ、衝撃が来ますよという「平常運転」の日々でダメージ受けて死んじゃうのは、さすがにまずいし、それくらいは対策できると実感した。

そしてその「平常運転のガタゴトには耐えられる程度の気力・体力・精神力・対処ノウハウetcを日々、培い続ける」ハードルは、これまた皮肉なことに年々、加齢とともに上がっていく。
日常の動作さえままならないお年寄りを見ればわかるけど、その程度問題として中年から、油断するとそれは生じるからね。
その精神力版とか、手練手管版もある。

精神力自体の強い弱いとは別に、「またァ?」と感じることでのショック割増効果は人生経験が多いほどあると感じるし。

あるショッキングな出来事が起きたとき、初めてなら初めてでそりゃ大きいショックだろうけど、何度もそれが起きると、何か自分にはそういう逃れられない呪われたジンクスでもあるんだろうかとか、これまでもこの悲劇を何度も経験してきてるのにまだ累積されていくのかよ、といううんざり感が大きい。

年齢を重ねていくというのは、よほど何も本当に死ぬまで嫌なことが起きないように完璧に運命を操るでもない限り、年齢を重ねたからこその面倒を背負っていくということでもあるようで。

だったらなおのこと、自分を蝕むようなラクさは、迂闊に手に入れて溺れてしまうとアレだよね。。。


「ラクになりたい」

と思ってる人、ほんとにラクになりたいですか?

ちなみに、いつの時代の生活モデルで言ってます?

給料はボンクラ社員でも年収1000万円超えで、定年退職が60歳で、なんなら年金支給開始年齢は55歳で、死ぬまで何十年生きても必ず毎月ジャブジャブ支給されるのを想定してるんですかね?

女性なら結婚してしまいさえすれば、あとは一生、ダンナが養ってくれて悠々自適で週に2回はお友達と何千円もするランチ。チケット1枚1万円以上する、有名人が出るお芝居の観劇をしてその帰りは由緒ある喫茶店でお茶してお友達とかしましくお喋り……みたいな?

今そしてこれからの時代でもそうなれるならいいですよね。

スペランカーの主人公みたいに、ほんの些細なことで死んじゃうところまで弱ってもいいから、ラクな暮らしをすればいい。



あれ?
ラクになりたいって、もしかして、「そうなりたい」ってこと?

あ……。

それでは皆さま、ごきげんよう〜♪(←すっとぼけ逃げ)
スポンサーサイト