2021年02月

どうしても低スペック底辺クズとしか縁が生まれない私が選んだ生存戦略

[ここは前置きです。読み飛ばしOK]
繰り返し何度もこのブログで、「さすがに身内とはいえ他人なんだし、随分と勝手な言い分じゃないか」と感じられなくもない、家族や知人との残念というか悲惨な出来事、そこから感じた想いを綴ってきてますが。

なぜかスタメン界隈に入れない自分

について、子供の頃から悩んでました。

ここでいうスタメン(スターメンバー)とは、ある学校のスクールカーストの中でのキラキラ陽キャ人気者グループ、、、といった小さな枠ではなく、都合よく自分の中で変化する意味合いで使っています&捉えていました。

例えば子供の頃は、

東京じゃなくて栃木県に生まれた

ということ自体が、日本全体というかで見たらスタメン外だと感じましたし、栃木県内に限って言っても

県庁所在地である宇都宮市ではなく日光市

なのをがっかりしました。

こんな調子で、ある意味では都合のいい被害者意識といったらそれまでなのですが、

「なんでハズレくじばっかりひかされる人生なんだろう」

といった想いを抱えていました。

これは、例えば学校のクラスで友達ができないとか、どの友達グループにも入れずに浮いてしまうというような、ある意味では具体的で、むしろそっちの方がリアルな人生と向き合っていて悩み甲斐や克服のし甲斐があるともいえそうな悩みではないんですよね。

もっと悪い意味で抽象的なのかもしれない。


でもそれは大人になっていく中でどんどん、「あながち妄想ではないのかも」といった現実味を帯びていきました。

例えば生まれた年度。
私の学年というか生まれた年は、就職氷河期、ロスジェネ世代とされる数年間の中でも最低の年にあたります。
国が発行する白書でいう収入の世代別グラフ(出典の詳細は割愛)で、その前後(上下)ぶっちぎりで低いんですよ。
戦後ほぼ100年近くなりつつある統計データで最低の結果が、現実に出てしまっている。

大学時代はアナウンサーを目指す面々が集まる、わりとガチめのサークルにいたのですが、フタを開けてみると自分がいた学年は不作で、その前後(上下)の学年からは人数の面でも知名度の面でも、プロを輩出したり、その中でもスターアナウンサー的に有名になる人がバンバン出ていて。

同じく大学時代、とあるドイツ語の権威ある教授から直々に習いたくて履修したのですが、自分のいたクラスには正直、出来のいい学生が集まりませんでした。先生も(学生の出来が悪いからか)冷淡で。
こんなもんなんだ?と思っていたら、ほぼ同時期に開講されていた別のクラスがあり、そこでは先生はノリノリで、そのクラス一同とドイツ視察旅行まで行って楽しげに集合写真とか撮ってるのを後でその写真が学内報に載ってるのを見て知るという始末。
なんで、アタリとハズレでいうハズレ側に自分は収まってしまうの?と。

さらに大学時代、レクリエーション的な意味合いがある短期集中の体育講座があり、ようするに1週間の山登り・山籠りをする授業に参加したのですが、そこでも参加した学生がA班とB班に分けられ、自分はB班に分類されて、イケてる陽キャ=A班、残りカス=B班みたいなメンツだったので愕然としました。
(1週間が経つ中で、『A班と比べてB班は残念w』という認識が広まり、B班の引率役として(生徒というよりは授業の運営アシスタント的な役割で)参加していた山岳部の学生が『今日もまた〜〜〜なこと(←いわゆる残念エピソード)があったよ……。B班、ほんと最高だぜ……』と自虐で言うのをみんなで苦笑い、みたいな)

で、そういう「残念メンツ」の中では自分は、これまた浮いちゃう感じでわりとデキる。
全国模試1位なのに月野うさぎと同じ高校に進学する水野亜美みたいな。。。?
だからその「縁ある人々」の中に溶け込もうとしても、けっこう自分を下に合わせる労力というかがすごいんです。
上には上がいるのがわかりきっているのに、なんで下に合わせなあかんねん!!という憤りや愕然とした気持ちもすごくて。。。

それは就職した先でも同じことで、SE時代は「仕事ができるからって良い気になるなよ」と、基本情報処理技術者試験に10年近く落ち続けている先輩から言われたり。
雑誌編集者時代も、業界あるある的に徹夜しか能がない人の方が定時で仕事を終えて帰る自分より評価されて昇進して、そのアレな人のアレな指示に翻弄されるハメになるとか、まぁいろいろ。
[前書き終わり]


27,28,29歳……と年が上がり、30歳までに独立すると決めていた自分は何をどうすれば?と模索と試行錯誤に追われていました。

で、叶わない理想を追い求めて、ずっと努力が報われないことに苦しんで恵まれずに生きててもいいことないよな、と。

なので、独立するに際して、

意識の高さより、意識の低さ

を重視することにしました。

ブレイブブレイドよりチキンナイフ最強説ですわ。


で、自分のこれまでを棚卸しして考えてみたとき。

自分には、自分よりも出来が悪い、自分の足を引っ張るような、世間全般でいっても低スペック底辺クズばかりに囲まれる宿命みたいのがあるなァ

という分析結果(ってほどじゃないかもしれないが、それなりにいろいろ考えた結果)に至り。

それをどうにかして変える(例:スーパーエリートに囲まれ、自分もスーパーエリートとして輝く)というよりは

低スペック底辺クズに囲まれる状況をうまく利用してやれ

という方に舵取りを切ることにしました。


でもってスピリチュアルヒーラーとして独立した次第です。

もう、一般常識では考えられないような、「この人、ほんとによくこんなんで世の中、生きてこられたね?」と感心するような人がわんさか寄ってきて。

そして、良かれと思って真面目に上を目指そうとすると、変な意地悪としか思えないような低い評価をされてダメ人間扱いされたり、怒涛の嫌われ方で出世が阻まれるみたいな苦境に立たされる一方で、

寄ってくる低スペック底辺クズの相手を丁寧にしてあげると(自分は全然嬉しくないんだけど、相手はとにかく独りよがりに)喜んでくれて。

で、商売としてヒーラーですよと謳っているので、ホイホイとお金を支払ってくれるという図式。

正直、なんだかなァとは思います。

でも、どんなに努力してもこれまで一度も叶ったことがないこと(自分が都合よく設定した条件を満たす『素晴らしい人』に囲まれて素敵な日々を生きる)だけに固執してどんどん貧しく乏しくすり減っていくよりは、得られるものは弁当に入ってる魚型のしょうゆ挿しでも貰っておかないと、生きていけないじゃない!!!!!

そんなこんなで、自分の宿命的な境遇を受け入れつつ、そこを上手に利用して、最低限、食っていけるだけの生活の基盤はゲットしつつ、余力でどうにか、まだ一度も叶ったためしがない理想の実現への挑戦をあきらめない、というバランスで生きてます。

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