2020年09月

Himalayaラジオ「スピリチュアルを仕事にする!」 第35回「ヒーラーとして『可哀想な人・哀れな人・愚かな人を“救済”してあげる』。何様〜?」

公開しました。
 ↓


このWebラジオを始めてから最長の分数になります。

最初、前半ちょろっと、「客を見下すヒーラーどうよ」らへんのネタで簡潔に終わらせようかとも思ったのですが、それだと単なるダメ出しだよな……と思い。

もっというと、この回の元になった

第34回「ヒーラーになりたい動機は『人助けをしたい』。一見立派な心がけ。だけど落とし穴が!?」


が、短い分数に収めようとして単なるダメ出しに終わっていて不完全燃焼だったからなんですね。

これらの回で、ヒーラー業の動機としてヤバい落とし穴があるものとして挙げている

・勝手に贖罪気取り

・何様な勘違い

も、単純に商売として絶対に売上につながらないダメなものなのかというと、

そうでもない

よな、と。

短絡的に、短期的に、食える程度にどうにかできたらそれでいい、というなら、うまくいくこともあると思います。

「絶対にうまくいかない」

ものではなくて

「落とし穴、罠」

だと言いたくて。

だから第35回では、分数が伸びてリスナーがウザいと感じることがあっても、変に分数に気を遣って短く切って小出しにしたりせず、

ドン!とまとまりある話で完結させたい

と思ったんですね。

で、結果として、言いたいことは言えたな、という内容になりました。


リスナーが必ずしも100人が100人、(心地)いいと感じるものでは全然ないという自負はあります。

ほんの少しでもネガティブなことは耳にするだけでも不吉だから触れたくないという人からすれば絶対に聴きたくない内容でしょうし、仮に、お役立ち要素が多少はある内容だとしても、それが自分の身にいつ着実に降り注ぐことなのか確証もないなら、杞憂を増やすだけ(≒聴いても意味ない)と判断する人もいるでしょう。
それらすべて、ありうる妥当な感想だと思います。
無理して聴いていただかなくて全然結構です。

(ちなみに、再生回数がいくら伸びたところで、べつにそれによってお金がもらえるとかもないんです)

ただ、やはり、

現場にいる人間

そのうえ

ある程度以上の期間、長くいる人間

だからこそ見えているもの、わかった(と感じている)こと、というのは、希少価値みたいなものは、あるのかな、と。

というか、価値なんて、あるかないか、わからない。

なんたって、自分にとっては、ここで語っているようなことを常日頃から考えて生きてるからです。

珍しいのか、不明。(だって日常だし)

そのうえ、他の人にとって有用なのかと言われても、そんなのわからない。

ただなんとなく暇つぶし、無音消しのためにラジオをつけて流していたいだけ、といった動機の人には響かないだろうし、

たとえヒーラー志願者、現役ヒーラーという同業者にしてみたって

「あんたの言ってることなんか、私にとっては何の意味も価値もないわ。ただの無駄。むしろ不愉快でマイナス印象」

と感じる人もそりゃ、いるでしょう。

あんまりマーケティング的に、人気を出していこうとしてやっているわけでは(いつもながら)ありません。


あえていうなら、私自身、

ラジオの第1回


で語っているように、

なんで宣伝もしておらず、これといった営業もかけていないのに、独立した当初からいきなり食えて、そのまま食いっぱぐれることなく10年以上も専業でヒーラーやっていられるんだろう、ということの秘訣が、喋り散らすなかで見えてくるのかなという独善的な冒険的好奇心からだったりします。

まだ「これだ!」という鮮明な理由が完全に掴みきれたわけではないのですが、

一見ゆるふわでテキトーでヤル気も商売っ気もなく、素人くささ全開でいるようでいて、「人から信頼されて食いつないでいける最低限かつ必要不可欠な何か」を、私は案外、外していないのかな、と。

それは世間でさんざん紋切り型で言われるようなマーケティングや宣伝戦略、顧客を呼び込むうんたらかんたらといった小手先ふうのビジネススキルとは全然違うんじゃないか、みたいなところはアタリをつけることができているつもりで。

しかも「じゃあなんだよ!」というファイナルアンサーは、私が自分で見つけるというのもアリだけど、ある意味「できてる」以上、潜在意識的には知っているということなので芸がない。

それはつまり、

このラジオを聴くどこかの誰かが

「わかった!usamimiがこんなに適当でいい加減なのにずっとヒーラー業をできているのは、これゆえだ!!」

と掴んでくれたら面白いだろうな、という。

まるで手紙を詰めた瓶を海に放り投げて、無責任に「どこかの誰かが見つけて手紙を読んでくれたら面白いな」と思っている的な。

その瓶を「海にゴミを捨てるんじゃあないよ!」と憤慨する人もいるだろうし、「もし手紙を読んだ人が不快に思ったらどう責任をとるんですか?」と、ものすごい想像力でマニアックな場合分けを想定して、まだ実際そうなったわけじゃないのにいきなりこちらを悪者みたいに仕立て上げて詰め寄ってくる律儀な人もいるでしょう。

つまり、私なんぞが身勝手にWebの海に、こんな戯れ言を音声として保存して、ある意味では世界じゅうどこからでも聴けてしまう状況を作っていることが、どこかの誰かに対する迷惑行為になるんじゃないのか、やめろ!と思う人だって、そりゃ、いる可能性はあるだろうなということ。
(配信元の公式の統計機能を見ると、なんと私のこのWebラジオ番組、アメリカやドイツなど外国で再生してくださってる方が全体の数%ですが、いることが判明しています!しかも、途中で聴くのをやめたりせず、1エピソードを最初から最後まで再生しきってくださる人が、Himalayaラジオ番組全体の96%以上よりも多いらしい。あざす!)

でも、やっちゃう♪

しかも、妙にビジネスっぽく、なにがあろうと毎日◯時に配信とか気負わず、気が向いたときだけ、やってる。

それはつまり、ある日突然、その気もないのに気がついたら全然ラジオやらなくなってた、ということも起こりうるということですわぃ。
べつにそれでいいと思ってる。
私自身の命のように、そういうのってほら、唐突に起こるものでしょ。

幸いにも、聴きたくもない人が否応なく無理やり聴かされてしまうということはないようなので、ひと安心。

こっちだって

「嫌だァーーーーーー!!!こんなラジオ、1秒たりとも、死んでも聴きたくないのに、強制的に聴かせられ続けてしまっているゥーーーーーーーーーーーー!!!!!」

なんて状態、嫌ですからね……。


まあでもぶっちゃけると、このWebラジオを始めて続けている最大の狙いは

私自身がマイク慣れすること
   +
なんなら宅録のナレーション請負仕事で納品できるほどにDAWとプラグインを使って音声処理を習得すること

だったりします。

だから、喋る内容はなんでもよかったのよ。

結果として、いくらでも喋れる豊富なネタ、というものがあるとすればそれは私の場合はスピリチュアルだったというだけで。
(その中で、いわゆるスピリチュアルな真理について系の話は、してる人いっぱいいるし、同時に「されたところで、目に見えないし、信憑性の判断がつきかねる類いの話題なので、リスナーの多くからしたら、胡散臭くて疑わしいマイナス印象だけであろうという最低限のマーケティング?感覚で、あえて『職業として、仕事として』という切り口に特化する番組はそこまで競合というか、似たようなものがないだろう&リスナーにとって、少なくとも斬新というか新鮮というか意外というかな内容は出せるのではないかという算段)

今日、死ぬかもしれないし。
トシとると、果たして今夜、眠りについたら、ほんとに明日の朝、生きて目覚められるだろうか確証ないのよ。マジで。
だから、このブログも、今夜眠ったが最後ポックリ、みたいな可能性もあるよなと思いながら書いてる。

幸い、世間から騒がれるような身では(前回以前のDo Overと違って)ないから、世の中や関係各所への(悪)影響とか一切気にせず、いろいろこうやって遊べて今回は気が楽だわ。
有名で地位や人気を得てしまうと、おいそれとこういうことを好き勝手にはできない、言えないからね。
今回は、そのときの窮屈な思い、果たせなかった夢を、こうして果たしているのかも。

その意味では、本当に好き勝手に生きてるわね、私。

だからもう、いつ死んでも後悔ないの。

ね? すっかりBBAな私。すーぐ、死ぬだのなんだの持ち出すの。

でも、そうなれたことさえもが、ある意味では誇らしいのよ。

こんなに迷いなく自由で、ほんとに何も怖くないで生きていられたことって、これまでないから。

って、ラジオの話からなんやねん!!

さ、もう寝ましょ(←フラグ)。
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