2020年02月

マイティピュリフィア、本格始動。

私が創始したヒーリングモダリティの1つ、そして真骨頂ともいえる作品として

マイティピュリフィア

があります。

ピュリフィア、が言いにくいのか(それも想定内かつ狙いなんですが)、「マイティ」と略されることが多いです。

いわゆるガイドラインというようなものを設けない、いろんな使い方にまつわる知識を複雑化しない、まさに万能というヒーリングエネルギー提供万能AIシステムとでもいうべき設計思想のもとに開発されています。

この設計思想のこともあり、私はあえて、マイティピュリフィアについては、用法を詳細に記したテキストを用意しませんでした。
(伝授時にパンフレットのようなものを配布するようにしていますが、それも基本的な仕組みと用法のみで、応用については意図的に記載していません)

で、

伝授を受けた凄腕のヒーラーたちがどんどん自主的に使い方を編み出していってくれるだろう

という算段でいたのです。

が、この読みは甘すぎた

ことを後から痛感させられることとなりました。

というのも、

何も言われなくても率先してマイティピュリフィアについての使用法を編み出して整備し、それをシェアしていくような積極性なりアタマなりヒーリング能力なりを持っている(または、持ってはいるけど発揮してくれる)使い手がいなかった

んです。

そのため、リリースされてから数年、マイティピュリフィアは放置されるような形となってしまいました。

私は私で、マルチプルアバンダンスの特級が次々と創始される流れの中で、そちらに専念せざるを得ない形となり、苦々しい想いでマイティピュリフィアを放置する形となっている状況を見守るしかありませんでした。

また、ここ数年「私がマイティピュリフィアをより普及させるために尽力します!」と表明してくださった認定ディストリビューターさんがいたのですが、その人のことを実績なしで信じるとはなしに放任してしまっていたところもありました。
(普及実績がほとんど見受けられないままに数年が過ぎたのもある意味、想定内でした)


※マイティピュリフィアの認定ディストリビューター:実質、インストラクターといった意味合いですが、マイティの伝授ができるという意味で、この名称を採用しました←あとは、インストラクターという名称をマイティピュリフィアについては採用したくなかったという意味合いもあります。そこに上下関係や、できるインストラクターと対比してのできない生徒といった自負を持つ人が現れるのが嫌で。

まぁ、でも、機は熟し。
(口だけ認定ディストリビューターさんもいろいろあっていなくなり)

いよいよ、放置したらこのままずっとマイティピュリフィアが放置されっぱなしだな、ということを痛感し始めて。

(創始者である私による普及努力ではなく、使用者たちの間で有用だから普及したり使用法が自然に編み出されていくという流れを期待していたものの、いつまで経ってもそうならないので)しゃあねえなぁ、という想いもあり

自分でマイティピュリフィアの使い手を指導する場を定期的に設けることにしました。

なんとそれは今月上旬の話で、つい最近。

第1回目の練習会の終了直後から、参加者の絶賛。
それを聞いた、練習会に出られなかった人たちからの要望に応え、記録用に録音していた音声データを(参加者の許可をとったうえで)販売したところ、バカ売れ。

そんなこんなで毎週、マイティピュリフィアについてテーマ別に練習していく会を開催し、その都度、音源を販売し。

ここへ来てマイティピュリフィアがいよいよ隆盛

しはじめる流れが起きました。

ある意味、拍子抜けというか、「なんで創始者である俺が動かないと人が動かないんだよ」と、呆れる心地もしましたが。

山本五十六ですかねー。

「やって見せ 言って聞かせてさせてみせ 褒めてやらねば人は動かじ 」

は本当でした。

(というか、アンチ山本五十六語録の無謀な狙いもあり、これまで数年、わざと自分が動かずにいたのです。でもそれは、2が偶数であると証明しようとしてできないことで奇数であるという結論を導く背理法のような形で私に、ヒーリングモダリティもそういうものなんだなと心底、思い知る契機にもなりました)

と、途端に(いつものように)私のマネをする認定ディストリビューターも現れ。

独自のマイティピュリフィアの使い方を(私に言われなくても自発的にというのではなく、私がやり始めた動きを見ていつもその人がそうするように)猿真似というか、正当っちゃ正当だけど手柄の横取りというか。
もし私がマイティピュリフィアの練習会を開始しなかったとしてもこの人はこのタイミングでほんとにマイティピュリフィアの使い方を教える会をしかも有料で開催したりしたのだろうか、なんて思ったりして。
(認定ディストリビューターは有料でマイティピュリフィアの使い方について指導することが私から認められているので、べつに何も悪くはないんですが)

いいんですよ、人ってそういうものでしょう。市場原理も。
どこかが何かを始めた直後に、2匹めのどぜうを狙い始めるんです。
そうやって物事が普及し、競争するなかで、製品の性能が向上しながら世の中に浸透していくわけでしょう。
ポータブル音楽プレイヤーしかり、携帯電話しかり。

マイティピュリフィアでもそれが起きるのは創始者としては実は歓迎しています。
(ただ、そのきっかけが俺以外の誰かの動きであってほしかった←しつこい)

どうせならもっともっと、いろんな認定ディストリビューターがそれぞれ独自のマイティピュリフィアの使い方を編み出して有料で練習会を開催し、

「ほかの認定ディストリビューターのところじゃ習えないよ、私のところに来ないと」

とガハハと笑うくらいであってほしいんです。
(そういう肝っ玉と気概と能力を持っているか、持っていても発揮してくれる認定ディストリビューターたちは、まだいないです)


ものすごく言葉は悪いですが、人間の奴隷性や、特に現代の日本人の家畜性は、すごいです。

自主的に斬新な、誰もやらないことを率先して一番にやり、道無き道を切り開いていく人なんか、まずいない。

同時に、「ほら、餌だぞー」と、あまりにも安直にベタに指示を出すと、「ブモー♪」と喜んでついてくる。

あぁ、家畜なんだ。

disるつもりは微塵もないですが、マイティピュリフィアの伝授を受けて使っている方々にもわりと共通してみられる奴隷性、家畜性、下っ端根性、言われたら盲目的につき従う金魚の糞体質みたいなものを認めざるをえず。

でも、それならそれで、その方々が持ってる自然体としてのありのままの性質に合わせて差し上げるのもサービス業者の努め、と思い。

自分が率先して、マイティピュリフィアの練習会を、あれやこれやのテーマで開催する流れが軌道に乗り始めたところ

です。

これは単純に私自身、マイティピュリフィアを通じて、ヒーラーとして、あるいはヒーリングインストラクターとしての職業の意義、やりがいといったものを改めて痛感しなおす経験にもなっています。

そしてみみっちいことかもしれませんが、定期的に練習会を企画開催してそのルーチンかつクリエイティブな日々の「型」の中で生きることが、

一瞬先は常に闇、の、浮草的な自由業である自分にとっての継続的な収入の実感と、仕事を定期的にすることで自分が職業人として何者であるかの確認になっている

という恩恵も少なからずありました。

私自身の中の奴隷性や家畜性でもあるのでしょうか、完全に白紙の毎日を自由きままに過ごしていくというより、

まるで退廃的に決められた日時のコースを担当するヨガとかスポーツジムのスタジオレッスンのインストラクターのように、何も考えずに業務に従事する

時間を、少しでも導入することが、ある種の精神安定剤として働いた点は否めません。

同時に、

創始者という、そのヒーリングモダリティについて世界で一番よくわかっている人間(である私)が活動することで初めて見えてくる、マイティピュリフィアの活用法を次々と見出す

ことができており。

なかでも現時点でいえば

マイティピュリフィアによりこの宇宙にあるレイキと呼びうるあまねくすべての波動エネルギーを包括的にセルフアチューンメントして使う「マイティレイキ」

は別格。

(不思議と、マイティレイキを編み出すことになる日の午前中に、封神演義の超公明が使う技についてなぜか考えており、結果としてそのイメージがマイティレイキに結実しているのかもと思うとセレンディピティ感)

ちなみにマイティレイキは、それ単体では他人にアチューンメントできません(どうやら)。

使い手自身がマイティピュリフィアの伝授を受けている必要があります。
(そりゃ、マイティレイキとして流すレイキ波動はマイティピュリフィアが制御するから当たり前だよね)


これからもマイティレイキと同等かそれ以上のすごい使い方を編み出していける、見出していけるのかもと思うと、

オラ、ワクワクすっぞ!

ってなもんです。


ちょうど、マルチプルアバンダンスの方は、終着点というか、そもそも何を目指しているものなのかが、創始者である私自身の数年に及ぶ没入の中で「発掘」できつつあり。

マルチプルアバンダンスの整備が終わったらもう、自分はこの肉体で生きて成し遂げるべきことをすべてやり終えて、あとは死ぬだけなのかなー

なんてことを、べつに悲観的というわけでもなく、うすぼんやりと考えていたりしていたのです。

そしたらマイティがあったのね。

(マルチプルアバンダンスも、終着点に行くまでの最後の詰めとなるいくつかの(いくつもの?)講座をまだ未整備なので、しばらくは完成し尽くしはしないかもだけどねー)


思えば30歳でヒーラーとして独立して、もう他の何物にも邪魔されず、東京に住んでるわりにはまるで山奥に隠遁したみたいにひたすらヒーリングのことだけのためにこの人生を費やして投げ打って貢献できるものなら全力でして、というつもりで生きてきました。

そしてその生き方がいろんな意味で正しいというか、整合性がとれているのか、収入にも恵まれ、副業やバイトを一切しないでヒーラー1本の生き様を貫くことができています。

(途中、演劇なり音楽なりで、副業なのか脇道に逸れたのか的な動き方をする時期というのもあるにはあるのですが、それさえもが自分では意識していてもいなくても、結局のところ、ヒーリングについてさらに自分自身が学びと気づきを深めていくための『取材』だったなぁと今では思います←特にマルチプルアバンダンス『瞑想楽師』などに結実する形で結果が出ているのが個人的にはありがたいです)

いま、昨年夏になんと法人登記した会社の社長業まで肩書きというかとしては兼ねているものの、そうした(ヒーリング以外の)ビジネスでの活動なども、

自分が人生で経験するさまざまな出来事のすべては、とどのつまり、ヒーラーとして自分がスピリチュアルヒーリングについて探究していくための取材であり、刺激や学び、気づきを得るためのサブ的な営み(メインはヒーラー業)なんだろうなぁ

という心境でいます。

まぁ、なんて好き勝手に解釈して、いかにも一本スジの通った生き様を貫いているみたいなことにでっち上げて易々とふんぞりかえって独りよがりにご満悦なのか知ら、と思わなくもないですが。

べつにいいじゃないの、子供の頃から貧しい家庭で家族ともうまくいかなくて、親からの暴力でしょっちゅう鼻血だアザだコブだと怪我して精神的にも真っ暗で、そのうえ病弱で学校にもまともに通えなかった時期があるような生い立ちで始まった、ド田舎の庶民の出ですもの。

「この先、生きていったところで、自分が人生で何かをちゃんと楽しいと思って過ごせる時間なんか、来るのかな……」

と、リオンドール日光店が今はできている、当時はススキが生い茂るばかりの原っぱで人生に絶望して泣いていた子供時代には想像もつかないほど豊かで幸せな境遇よ。

「うわぁ、そんな低いハードルで満足するほど不幸で貧しいんだ?w」

と笑わば笑え。

ああそうさ、本当にそうだったの。そういう生い立ちだった。
べつに盛ってるわけじゃない。
同時に、何気ない学校生活や近所の人と道で会って挨拶するときなんかに、その不幸っぷりを全開にして嘆いていたわけでもない。
だから実家がある地域で子供時代の俺を知ってる人に聞いたところで
「べつに普通だったよ」
と言われる感じなのもわかってる(それは自分が自分の不幸感を赤の他人には見せまいとした努力と人付き合いの戦略が成功した証ともいえるから誇らしいぜ)。

その意味では、昭和50年代に生まれた子供あるあるの、とりたてて人よりも可哀想というわけでもないけど、「みんなそのくらい不幸であやうかった」時代の産物なんでしょうね、自分という人間なんて所詮そんなもの。
それで十分よ。

今でも、べつにこれ以上どうしても生きていたいと思えるほど生やこの世に執着しているわけでもない。
それは心がけが立派だから煩悩を拭いされているからなんて理由じゃなくてもいい。
なんていうか、幸せだと感じていようが不幸だと悲しんで苦しんでいようが、本質的には自分にとってはどうでもいいというか、そこは問題じゃないというだけ。

でも、生きていられること、その結果、経験できたことや、遭遇できた物事、出来事については素朴な感謝を感じることができるようになってきた。
これも、崇高な美徳としての感謝かどうかなんて知らないしどうでもいいけど、なんていうか、感謝しようと思うまでもなく自然と「ふっ」と湧くの。これは子供の頃には感じたことがなかった。
一人の人間としても成長している、あるいは心の闇や傷といったものが癒えてきているのかもね。まぁ、それもどうでもいいけど。

もう初老の年齢で、年下の知り合いもどんどん死んでいってる。
初めて生き物として愛することができ、おそらく愛されて、いわば相思相愛だったオカメインコのポワンも不慮の事故で生後8ヶ月の若さにして失ってしまった。
(ただのペットというのを超えて、ナウシカのテトみたいな、自分にとってはおそらく、自分で認識できている以上に特別な存在だったのだろうという感じを無責任にも抱いている)

その反面、幼稚園の頃からテレビ越しに見ていた「おーい!はに丸」の王子とか魔神英雄伝ワタルとかやってるいま60代後半の声優さんから
「そのトシでもう死ぬこと考えてんの?」
と驚かれて驚いたり。
(自分の親がたぶん今61歳くらいなので、親よりも年上の、しかも年金暮らしどころか現役で一瞬先は闇である声優という自由業で現役でバリバリ仕事している人から、生を謳歌して肯定している立場から『にわかに信じがたい』というニュアンスで言われたというのが、自分からすると大きい意味に思える)

もしかして自分はまだまだ、この世を生きることを、もっと浅はかに肯定してしまってもいいのかもしれない。

これも、いま30代以下の年下の子たちからしたら
「はぁ? 40すぎてまだ生きようなんて思ってねぇでさっさと消えろよw」
とか思われて終わりなのかもしれないけど。

これといって頑張って生きようと思っているつもりではないものの、他の死んでいく者たちよりも事実上、生き延びてしまえている。

そのことの不思議。不可思議。

であれば、「べつに生きていたくない」とため息をつくのも、申し訳ないような気もするし、単純に芸がないとも感じる。

もっと、ちゃんと、「これから」を見ようかな。
見られる自分でいようかな。
そうあることができる自分を冷たく突き放して傍観したりしないで、

自分がこの世で一番の自分自身のサポーターとして、暖かく愛情深く見守り、励まし、慈しむ

ようであったほうがいいのかもね。

亡くなったポワンが与えてくれた、いや、呼び覚ましてくれた(生き返らせてくれた?)、自分の中の素朴な、一人のあたたかい心を持った人間としての自分

を、これからは認めて、受け入れて、大切にして、生きていってもいいのかもしれない。

いや、そうしようかな。

うん、そうしよう。

そうする。
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