2019年11月

パッチワーク宇宙で世界線をカスタマイズして選んで生きる

以前より、やりやすくなってますね。

よく、「住む世界が違う」みたいな言い方しますけど、あれが本当になってる。

人間は個々人がまず、別個の宇宙ともいうべき空間というか(空間ってのもほんとは違うんだよなァ)、領域に住んでいます。

が、それを、この世を構成する法則たちの力により、あたかもドラクエ10やファイナルファンタジー14のように、オンラインバーチャルな1つの時空間の中で暮らしているかのような幻想が包み込んでいます。

これにより人は、

「自分というのはこの肉体を持った存在であり、脳がそのコントロールをしている。自意識などの思考は脳がしている。だからいわば自分というのは、この肉体の中にある」

「この時空間に、他の人など世界のいろんな人々が暮らしている」

というありがちな誤謬に陥り、誤謬なのにそれを「正しい常識、一般的、正常である」と定義してふんぞりかえります(可愛いよね♪)。

で。

時間の法則はたいへん曲げやすい、ということはサイキックな学びを実践してる人たちは特に実感しているでしょう。
ある1分間などの単位時間を、長くしたり、短くしたりできるわけです。
「えっ? それをどうやって証明するの?」
と、時空間の中の事象という意味で科学的に説明しようとすると方法がないのはご存知のとおり。
だって、長く過ごした1分間も、短く過ごした1分間も、時計の針(という物理的事象)で見ると同じ1分間なので、長さが記録できないんです。
だから、脳が事故に遭う直前などはよく働くので物事がスローモーションに見えるとか、子供時代の方が記憶の総量が少ないので大人よりも時間を長く感じるなど、さもありなんふうに人々が一般常識として安心して処理できる「神話」を形成したりも、あるある♪

まぁ本当は。

1人1人に、それこそ時間の法則など、基本的かつ共通とされる法則の働きかけも、微妙に、あるいは大幅に違うわけですね。

時間の法則以外の諸々も、本人の美徳や思考の備わり具合と法則など関係各所とのネゴり具合により、多少以上、曲げられるものなんです。

つまり、同じ時空間にいるような気がしていること自体、ほんとはまさに幻想なわけですが、その中で時間など個々人に働いている、一見万人に共通ふうの法則なども、バラバラだったりします。

そして一個人という単数ではなく複数の人間がそこに集った場合、集合意識が生まれます。
そしてその集合意識が、そのメンツに法則などがどう働きかけるかを、そうしたグループ単位で再定義します。

1人でいるときは空を飛べる人が、(人が空を飛べるということを信じない)他の人たちと一緒にいる場では、その人たちの磁場といったもので「その場の雰囲気、空気、この場ならではの暗黙の了解」みたいなものに縛られ、空を飛べなくなる、みたいなことは、あるあるですね。

(だから、超能力を使えるという人が、それを使えないはずだ、そんなものは無いという思考を持つ人たちの前で超能力を使ってみせることができないのも、1つの道理なんです)

これは法則の働きかけ方だけではなく、単純に人間が思考で持つ「これが普通、これが標準、当たり前」といったものにも及びます。
ギリギリで合格したとしても進学校に入ると、その生徒たちの「このくらいできて普通」という集合意識に良い意味で入ることで、それまで出来の悪い生徒たちの「そんな高い点数、とれないよ。そんな難関大学、受かるなんて無理w」といった集合意識から解放され、できないかもというプレッシャーを感じずに良い点数をテストでとれるようになるとか、ありますよね。

大人などの生活水準でもそう。
「月◯万円くらい、あって当たり前じゃない?」
という集団に自分が溶け込めると、そういえばそんなに頑張って稼いで節約した覚えもないけど、その人たちが当然と思う生活水準で生活できて、なんだかんだお金も払えてるよなぁ、というもの。

なんでもそうです。

思考と美徳と法則の働きかけ方の違いやその他の霊的摂理の諸々のトータルで、そういうふうに、

文字通り、「住む世界が違う」無数の世界が、この地球上に成立している

わけです。

この違いについて、「波動の高さ」がどうのこうのといった表現で描写するスピ系の人もけっこういます。
(波動、で説明しちゃうと、イメージは捉えやすい反面、雑な捉え方で、説明してる人が言ってる真理と違った受け止め方をしちゃう人がわりといてめんどくさいんで嫌いなんですけど)

その、同じ世界のはずなのにいくつも違う世界がある、ということが、以前よりも規制緩和というか新技術のシステム搭載というかその両方やそれ以外のいろんなイマドキのアップデートで、細かくなっています。私が主観を言って良いなら、便利になってきてます。



例えば、以前なら、意見が真反対なAさんとBさんがいるとして、そのどちらかと仲良くしたらもう片方とは仲良くしにくかった。
つまり、ドラクエ5でビアンカとフローラ、花嫁はどっちを選ぶのかを迫られる2つの世界線しかなかったわけです。

が。

これからは、パッチワーク的に、もっと細かく、うまいこと、設定を変えて、AさんともBさんともうまくやれるといった世界線を「創り出す」ことが、できるようになっています。

ある病気になる世界線を切り離して、健康に生きられる世界線を選ぶといったことも(それ相応のやり方を踏襲できさえすれば)できるようになりました。

環境が汚染された地域で生活していながら、その脅威による被害を受けないで健康に暮らす、といったことも。

どの世界線を選ぶか、も大事ですが、それ以上に、

どんな世界線をデザインして創り出すか次第

という時代になってきています。

そしてそのやり方は、専門的?に、いわゆる超感覚エネルギーワークを用いて行うことも可能ですが、べつにそんなこともせず、

どんな現実を生きるかは、自分が決める! 自分の意図した現実を生きていく! という安定した強さの意図で生きる

だけで、おおむね、うまくいくんですけどね。

わざわざスピ本を読んだり、特殊なエネルギーワークを習得しなくてもいいんです。
(したらした分だけ、そりゃあもうすごい現実を創れるようになれますけど)

まっとうに、人として。

それだけで必要十分。

そう、

特別なエネルギーワークを必要としなくても、実質的に、霊的エネルギーの加護にアクセスできるような改良もこの世システムに加えられてる

んですよ。

スマートフォンのアプリとか、べつにコンピュータに詳しくなくても使えるようになってるでしょ?
AIスピーカーに言葉で話しかければ、(それまでなら複雑なプログラミングを必要としたようなことでも)できてしまう。

物理現実がそうなってきているように、霊的な運行システムも、そういうアップデートがいろいろ、かかってきてるんです。

つまり、霊的な力をふんだんに発揮するために、霊能者である必要性がどんどん低くなっている

ともいえます。

だからさ。

学びたければスピリチュアルなことを学ぶのもいいけど、それ以上に、

どうやらこの世には、(自分という)人間がよくわかってないけど本当らしい、不思議な力が働いているらしい……けど、それはすべて、自分が人としてしっかり生きれば、自動的にうまいこと働いて味方してくれるものだから、気にしなくてもいいよねっ!!

という割り切りで、

なんか不思議な力とか神様が助けてくれるならそれはそれでありがとう!

くらいに位置付けて、

人間として、活き活きと、生きたいように生きる

のが、大正解!だったりして。

知らんけど。

まぁ、こんなふうに思って生きるとどうでっか?くらいのファンタジー物語ってことで。
いいじゃないの、夢があるでしょ。
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