2019年09月

「好き」を仕事にする……という考えのdisられポイント

まずその人が好きなことを仕事にできてないから自分の経験則に照らして「無理」と断じているだけ+それを他人の場合にも(ずうずうしくも)適用しているだけ、というのが大半だと思いますが。

もちろん能力的な問題もあるといえばあるでしょう。
歌手や俳優、ダンサーなど、それを仕事にしたいと言いつつ、いかんせん実力がこれでは、というのも往々にしてあります。

ただここであえて述べたいのは、

自分が何かを好きかどうか、それを仕事にしているかどうかは、他人からすればどうでもいい

ということ。

トイレなどの水漏れで困って配管工を呼んだとき、その人が求めるのは、配管工さんが配管工事の仕事を好きでやっているかどうかでは全然なくて、はたして着実に確実に水漏れという自分の被っている被害・トラブル・迷惑をすみやかに解決してくれるかどうか一点です。

これは俳優や歌手など芸術とされる分野でもなんでもそうで、

演っている人がそれを好きだから仕事にしたかどうかには、観客は一切興味がないし、そこは問題じゃない

ということなんです。

仕事にする以上、そこには商品や役務を提供する「業者」と「客」が存在します。

仕事にする、ということは業者になるということなんですよね。それが配管工でも学校の先生でも歌手でもなんでも。

そして仕事であるからには客となる誰かから金をもらうということでしょう。

そして客というのは、何かを好きだから仕事にしましたという赤の他人の勝手な思惑を応援したくて金を出すわけではありません。

あくまでも、業者としての相手が提供する商品や役務が、自分が金を出してでも満たしたいニーズに沿っている・欲しいと思う欲求が満たされるからこそなわけです。

おそらく、世の中の大半の人?が、「好きを仕事にする」と聞いた時に眉をひそめるとしたら、ここがわかっているか?ということを大人としての立場から諌(いさ)めたい、というのが大きいのではないでしょうか。
(単に意地悪で相手をこき下ろして傷つけてやりたい、という人もいるにはいるかもしれませんが、案外そういう悪意に積極的な人もそれはそれでそこまで多くないとなんとなく感じています)

自分が活き活きと仕事をして、仕事を通じて人生を楽しいものにしたいのでやはり、「好きを仕事にする」ことを選ぼう、というのは、本人の責任でそうしている限り、まったくもって自由なことだと私は思います。

ただ、仕事にする、となった時点で、それが好きだからやってるかどうかというのは自分の内面の話であって、対外的に関わることになるお客さんや取引先、協業することになる関係者各位にとってはどうでもいいということ。

客としてでも、協業(演劇や音楽の舞台公演のときの演者や、あるいは衣装や照明担当スタッフとしてお声がかかるなど)関係としてでも、何かしらの形でとにかく、

仕事人としての自分を、カネを払う価値があるかどうかという視点で評価してもらう

ことから逃れ得ません。

好きを仕事にする、というときには、

好きを仕事にした後どうカネを稼げるか
(自分は果たして、それが好きで仕事にしたかどうかを度外視する赤の他人としての客に財布を開いてもらえる価値を提供できるか)


まで具体的に動けるなら、まずは意識の面ではクリアなんじゃないの、と思っています。

甘いか知ら。

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