2017年06月

スピ系だけどドリームキラー、の方が凶悪w

「そんなの無理だよ、そんな夢、叶わないよ」

と、嘲笑であれ、良かれと思ってであれ、他人の夢を否定する。

ドリームキラー、直訳すると夢を殺す人。そのまんまですね。

日本だと、苫米地英人さんが多用することで、自己啓発やスピ系の人たち、ビジネス本を読む人などの間では定着した感のある言葉です。

雑ながら本質をいえば、ドリームキラーなんてロクなもんじゃありませんよ。

「良かれと思って言ってるんだよ」

という体裁をとっていようが、それが優しさのつもりだろうが、愛の鞭のつもりだろうが、テメエの至らない頭でなにほざいてんだクソが、ってことです。

で。

スピリチュアルなことを学んだ、制限ある思考から解脱した人たちであればそういうことをしないだろう、ドリームキラーじゃないだろうと思うと、大間違いw

まずね、とびっきりのエゴイストだからこそ、自分の持論を正しいと裏付けてくれるものとしてスピリチュアルな思想を持ち出してるだけの人もいる。スピのほうを自分の屁理屈を通すために利用してるだけの人。サイアクですが実はこれが一番の多数派w
この手のタイプはどちらかというとスピというよりは宗教的な意味合いでスピの理論などを位置付けているだけ。
宗教対立の図式そのまんまで、自分の信じる説とは異なる考え方をする人を攻撃したり、頑としてはねつけたりします。めんどくさいよー?

次に、出来が悪い人。ちゃんとワークしようとしても、至らず、人間としての欠点がまだまだ残りまくりなので、元来その人が持っているドリームキラー的な要素がガンガン出てたりして。
普段は大丈夫でも、ある何かの局面やケース限定ではトリガーされてドリームキラーに変貌!みたいなね。
(その人自身が音楽の道を挫折したなどの過去を持っている場合、他のネタのときは素晴らしい客観的な受け答えや親身かつ前向きなアドバイスをできてても、音楽ネタになった途端にドリームキラー全開になったりします)

あと、そこそこちゃんとした霊能力や霊的摂理の理解もできているのに、あるポイントだけ勘違いした受け止め方で突っ走っちゃってる人。それか、例外的な事象については知らず、一般原則だけですべてを通用させてしまおうとする人。
たとえば、「地球を救わなければならない」という信念はよくないから手放そうよ、という方向性でワークすることを推奨してしまうヒーラー。
実際、大多数の人に入っている、持っているこの信念。ほんとに救えればいいけど、まだ自分や身の回りのこともできてないうちから、そして本当にこの人生で叶えたい願望がそうじゃないのに、地球を救うなんて言ってると、ね。ということで、実際、大多数の人に有益だったりはするんですよ。地球を救わなければならないという信念に駆り立てられるのはよくないよ、手放そう?と示唆するのは。

だけど、本当に地球を救うことを使命として生まれてきている人は、少数ながら、いるんです。
一個人として無難に一生を送るとか、学校を出て会社に入ってリストラされずに昇進して結婚して子供ができて家を買って車も持って、という路線でただ数十年の寿命が尽きるまでこの世にいるだけなのは違う、という人たちが。
そういう人たちの稀有な事情について知らず、
「地球を救わなければならない、という信念が入ってるね。はい、手放そう!」
と、前向きに、優しく慈愛に満ちた笑顔で言ってしまうヒーラー。ありがたいけど、迷惑です。

どの段階というか面倒臭さの仕組みでスピなのにドリームキラーになっちゃってる人が周囲に現れるかそうでもないかはもちろん、その人がどんな人のいる現実を生きると第一希望で望んでいるかによります。

でね。

ドリームキラーに負けるなとか、そもそもドリームキラーがあんまり(全く?)現れない現実を創っていこうよ、というのはもう、言うまでもないことかもしれなくて。そのへんは個々人が好きにしなよ、という。

それよりも。

私がここで書いておきたいのは、

一般的なスピリチュアルな知識では対処できない、レアケースとしての諸々が今回の世界では起きている

ということ。

なにかとイレギュラーなことや設定、そういうものを持っている場や状況、出来事、人の率が、前回以前のDo Overと比較してみても、多いです、今回。

だから、自分はスピリチュアルに詳しいんだぜ、と思ってる人の知識にもないことが、たくさんあります。

自分が詳しいといってしたり顔でアドバイスをしても、詳しいと自称する人からのアドバイスを受け入れても、よくないかもしれず。

ドリームキラーがわかりやすい、夢を殺しに来る、否定的な発言などであれば、わかりやすいんですよ。

それより厄介なのは、間違った解釈で信憑性がありげなことをアドバイスとして言われてしまうこと。

「スピリチュアルな原則でいうと〜〜だから、その場合は、〜〜ってことなんじゃないの」

と、悪気なく、その人としては誠実に親身に、持っている知識などを総動員して、良かれと思ってアドバイスをして。
それが、間違っている。

これは、対処法がすぐ単一にわかるという類いのものではありません。

今回は創造主と呼ばれる根本のエネルギーにアクセスして、まさに「ググる」ことを多くの人ができるようになっていますが、その手法を使い倒さないと埒があかないことだらけです。

信頼できる優れたスピリチュアルリーダーの本など、どこかの誰かが霊的な摂理だかを正しく述べたとされる情報をいくら総動員しても、必ずしも対応できるとは限りません。

ちゃんと創造主とチャネリングして情報を整理して対処できるほどの能力がないなら、いっそのこと、スピリチュアル的に何が正しいかなんて気にせず、本能というか、直観で「これだ!」と思うものを、イチかバチかで選ぶしかありません。

どうしても間違いたくない、リスクをとって何が正しいかわからないような冒険をしたくないという人は、確実にどこかの誰かが正解だというものを(それが真実かどうかは別として)用意してくれる、現実の中にさらに設置した箱庭の範囲内でちんまりと生きていたほうが無難だと思います。

そしてみんなが冒険をやめてリスクをとらず、すでにどこかの誰かが用意した、誰かの間でだけ正解だとされているものだけに該当するような生き方であわよくばテストで100点満点を、みたいなことだけ狙って生きたら世界はどうなるかはおわかりですね。

ディープ・サブマージ!!!!!

箱舟に乗る自信はありますか?みたいな。

いやんばかん。

「これが霊的に正しい」なんてことを後ろ盾にできたつもりでなんか言ってくる奴の言うことで何かを諦めたりやめてしまうことが本当に納得できる人生になるかどうかは、神様なんか関係ない、最後は自分で決めないと、ね。
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