2017年05月

これまで自分は「豊かさ」という言葉が装飾のように感じられていて、言葉に出してもスッカスカだった

マルチプルアバンダンス中級を再受講していただいた方からの感想です。

先日のマルチプルアバンダンス、想像以上でした。



あんなすごい事になってしまうんですね!!

こっ、これが豊かさか!!!と。



部屋の中の豊かさがギュッと詰まった弾力感にも驚きました。

確かに、この空間・状態であれば何をやるにも楽しいし、

何でも出来ますね。



あれから数日たちますが、仕事のアイデアがどんどん出てきて、

しかもアイデアをビジネスに展開できるというソコに、

何とも言えない幸福感を感じます!



しかも次の日、義母と義父が、誕生日(前)パーティーに

手巻きでもやろうよと言ってくれて、

いつもの家族の食卓ですが、主人と子供と三人だけではなく、

義母と義父もいるこの5人で囲む食卓に、

あぁ、幸せ・・・楽しい・・・。と、じんわり満たされました。



受けてみて気づいたことは、

これまで自分は「豊かさ」という言葉が装飾のように

感じられていて、言葉に出してもスッカスカだったんだなと。

また、今まで気づいていなかっただけで、

見渡せばあらゆるところに「豊かさ」に繋がるものがあるのか、

とハッとさせられました。


本当に、こんなに学びがあるのに再受講料が無料・・・
最初はラッキィと思っていましたが、
正直、去年あたりからはモヤモヤします。



長くなりましたが、

いつもいつも、驚きと豊かさをありがとうございます。

この豊さを自分だけで留めておかず、
私からも豊かさを広めます。

あの後、19時からセッションが入っていらっしゃったのに、
自分の喋り通しで時間も過ぎてしまい、大変失礼いたしました。
しかも8時間以上も通しでやっていらしたとか。

そんなそぶりも見せず、講座中いくつもの事を同時に
されているのを見て、プロという事について考えさせられました。

ありがとうございました。

あざす!!

この回は、自分でも驚くくらい、場の雰囲気とセミナーの内容の伝達&受講者がそれを受け取って感じ取ったことを放ち、それがピンボールのように場を駆け巡って増幅して共振して、豊かさの権化のような空間が生まれました。

まるで空気が布団のように密度ぎっしりになって、微粒子の1つ1つにさえ豊かさが満ち溢れている状態。

べつに意識高く頑張ってるつもりなんかまったくないのに(それどころかゴージャスなくつろぎの中でリラックスできているのに)、頭は冴えて気力も体力も満ち、細かい作業をしたり考え事(議論など)をしても、まったく疲れない。

スイスイ手も頭も動き、思考は明瞭で、パッと一番効率のよいやり方が思い浮かぶ。
手もサッと出て、苦もなく楽しみながら、タスクをこなせてしまう。

なんらの義務感も拘束されてる感、制限を受けてる感もなく、子供がのびのびとお絵描きをしていて次々に描きたいものやりたいことが湧き出てくるように、次から次へとアイデアが湧いてきて、それを実行に移すのが億劫でなく、しかもできて当然と思えている。やってみると成功してしまう。

まさに、人が意図によって神と等しい創造力(クリエイションの力)を発揮するときの作業場、厨房の中はこんなふうになっているんですよというのが明確にわかる感じ。
(人は、どんな不幸で頭で思うとおりにならないと嘆いている人ですら、実は第一希望は叶い続けています。でも本人は、自分の何が第一希望で、それがどういうプロセスで、どんなエネルギー的な場で、具現化されていくのかについてほとんど全く無知のまま一生を送ります)

しかもこの方は再受講も1度目ではなかったと思うのですが、マルチプルアバンダンスを受講するのとは別に、豊かさを拒む、否定する思考のブロックを別途、シータヒーリングなど思考のワークを通じてやっておられたんですね。

以前ははっきりと
「なんでお金なんか稼がなきゃいけないのかわからない。べつになくていいじゃん、と思います」
「豊かになってはいけない、そうすると堕落する、というブロックが強くあって、何やってもとれません」
などとおっしゃっていたりしました。

で、そちらの方のブロックを解消するワークが進めば進むほど、マルチプルアバンダンスの講座を受講したときに感じられるもの、それ以上に、セミナー会場がどんな(エネルギーで満たされた)場になるか自体が変わってしまう。

この記事のタイトルは、私自身もそうですが、貧しく苦労するのが尊い的な思想に影響され受け入れてしまった大抵の庶民にとっては、もし豊かさとは何かがわかった暁には、みんな痛感することなんじゃないでしょうか。

ブロックがある時点で、それゆえ貧しい現実を生きているときに想像する「豊かさ」のイメージって、えてして悪いものなんですよ。
下品な金持ち(←腹の出たおっさんが似合わないのにガウン着てブランデー持ってペルシャ猫を膝に乗せてるとかビジュアルのイメージもわりとひどい)が「俺は勝ち組だぜぃ♪」と寒々しいのにノリノリでいる、など。
それか、人を人とも思わないで大量に飲み食いして贅沢してたくさんゴミなどを出し、「貧しい庶民ども、ちゃんとゴミ処理しろよ」とか?
自分が豊かになったら、と想像すると、傲慢になって巨大な宝石を身につけてそれを周囲の人たちに自慢するだろう、と思ったり。
(思考のワークをしないでいきなり大金だけ与えられたら本当にそうなる可能性は大いにあります)

で、もしちゃんと思考のワークをして、豊かさを金などでなく波動として、そういう性質を持ったエネルギーとしてまず感じ取り、味わうことができたら、この方がくださった感想のように、それは悪いものであるはずがないんです。

豊かさは悪いものだと決めつけて、架空の、ニセモノの、拙い自分の想像力が妄想で生み出した「たぶんこれが豊かさなんじゃねえか」といったイメージを、自分で生み出しておいて自分で否定するという、なんとも滑稽な一人芝居を演じていることがほとんど。

一生それでいいんですか?って話ですよね。

「何が妄想だ!私の思い描く豊かさは正しい!実際によくないものだ!豊かさなんてけしからん!」

という思想を貫きますか?

それも一興ですよねー。

いやー、それにしてもこの感想をくださった方が出たときのマルチプルアバンダンスは、すごかった。

再受講ねー、無料のほうがいんじゃね?と思ってそうしてるけど、参加してる方のほうが「これでいいの?」とモヤモヤしちゃうってことは、やっぱり何か考えたほうがいいのか知ら。

口ばっかりじゃなくちゃんと豊かさをエネルギーで知って体験して、そのあと現実で個々人が活かして日々の生活や仕事や人間関係、お金などが前よりグングン良くなっていったら、それでいいじゃんね、とだけ私は思っていまして。
セミナー自体で稼ごうとは思ってないんですよね。何万円もの受講料を設定しておいてなんですが。

楽しく過ごせたらそれが一番の豊かさじゃんね?なあんて。
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