2017年03月

マイティピュリフィア使い方Tips 42「シータヒーリングと併用する」

感想いただきました。

マイティピュリフィア主体で行ったセッション例です。

1 とりあえずマイティを流して、見えたビジョンをいくつか伝える
2 1番気になられるビジョンについて(シータで観ながら)聞く
3 思い当たる過去の出来事に気付く→マイティを流して癒す
5 その出来事を創った思考パターンを掘り下げ
6 幼い頃の状況を思い出す→その状況にマイティを流して癒す
7 流れにくいところを観て、契約に気付く
8 メリットの書き換えと契約解除
9 契約により受けてた悪影響全般にマイティを流して癒す

マイティとシータを交互に使うような形で進みましたが、
掘り下げがスムーズで、クライアントさんもほとんど苦痛を感じなくて済んでいたように思います。
悩みを言語化できていない or 悩みが漠然としている クライアントさんでも
とりあえずセッションを開始できて癒すべきものに到達できるのが、便利だなぁと感じます。

あざっす。

マイティピュリフィアは、わざと、他のヒーリングモダリティでやったほうがいいぽい機能は省くというか、わざーと漠然と?包括的に含んではいるものの、個別機能としては提供しない仕様にしています。

だから、この感想で挙げてくださったように、思考の掘り下げは、マイティピュリフィアではなく、シータヒーリングで行うなど、

他のモダリティとの機能的住み分けを実現

しています。

そのほうが、

結果的にマイティピュリフィアならではの個性が確立される形となる
(技法としてキャラブレしない)


と感じています。

し、せっかくすでにある、素晴らしいところがそれぞれにあるヒーリングモダリティ各種それぞれの良さも際立つというか、

ヒーリングモダリティそれぞれの利点や使いどころが明確になる

印象があります。

せっかく多種多様な諸々が複雑に絡み合っているこの世ですもの。
「これ1つで全部OK!」
という万能な何かを求める方向性もいいですが、多種多様なこの世の有様に即した形で、

適材適所なヒーリング技法の使い分け

をしていくのも、オツなもんかと。

そのほうが結果的に、それぞれのヒーリングを学ぶなかで得られる学びや気づき、感動といったもの、学びの体験そのもののプレシャスさみたいなものが味わえるとも思うわけですよ。

ほら、よくいるじゃないですか。何かしらのヒーリング技法やスピ本を至高のものと捉える人が、他のヒーリング技法や理論、スピ本で述べられる事象などについて、

「ふむふむ、これはつまり○○ヒーリングでいう〜〜のことを、言葉を言い換えて述べているわけね」

といったふうに、贔屓の理論などになんでも寄せていってしまう考え方をする人。

もちろん、ほんとに真理を理解する意味で「このことを、Aヒーリングでは〜〜と述べていて、Bヒーリングでは〜〜という単語・概念で説明しているんだな」といったふうに、言葉の違いを超えて本質を掴む姿勢は素晴らしいでしょう。

ただそれが、「正しくすべてを網羅できているのはAヒーリングだけで、他のすべてのヒーリングは、Aヒーリングの部分的縮小コピーもしくは劣化版に過ぎない」といった理解で決めつけようとする意向があるならば、この世の森羅万象に対する恐るべき侮蔑・軽視だと思うんですよね。まぁ、したければすればいいんですけど。

どうせなら、いろいろある味わいのそれぞれを、いろいろそれぞれならではに味わいたくないですか?

あら、そうでもない?

ごめんあさーせ?
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