2012年06月

与える人と、奪う人

ロバート・キヨサキの「金持ちになる教えのすべて」
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(2008/12/19)
ロバート・キヨサキ

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の冒頭に、

「世の中には2種類の人間しかいない。与える人と奪う人だ」


と書いてあります。

(いま目の前に現れた)人がどちらなのかを見分けるのも最初は難しかった、とも。

「あなたの役に立ちたい」といって近づいてくる人が、実は金目当てだったり、自分の利益のためにキヨサキ氏を利用しようとする人だったり、あるいはキヨサキ氏の会社の評判を貶めようとする人だったりした、と。



ヒーリングの仕事に携わるようになって、(というか、自営で独立してみて)このことを以前よりもはるかに痛感するようになりました。

わかりやすくずるくて、他人を騙して利用しようとしてくる人は、まだ可愛いんですよね。

いちばん厄介なのは、冒頭に例として挙げたような、「役に立ちたい」と本人も信じ込んでいる人。

私はよく、ヒーラーで独立したいとかお金を稼げるようになりたいという人には

「なぜヒーラーをやりたいんですか」

と聞きます。

たいてい、世の中の役に立ちたいとか、人助けがしたいとか言うんですよね。

「じゃあタダで人のためにヒーリングしてあげればいいじゃないですか、何もお金なんて介さなくても」

とこちらが言うと、

「それだとエネルギー交換がつりあわなくて」

みたいなことをモゴモゴ言う。

そこで私は意地悪に追い打ちをかけて、

「エネルギー交換? ああ、たしかにあなたは『自分のやりたいこと』をやるために、他人に協力してもらってるんですもんねぇ? なら、ちゃんとお金を払ったほうがいいかもしれませんね」

と笑顔で言います。

すると、たいていの人は、それじゃイヤなんです、みたいなことを言う。

ここで

「なんでイヤなんですか?」

と私がとどめを刺すとたいていチェックメイト。ぐぅの音も出ないという有様で、黙り込んでしまう人がほぼ100%なんです。

ほんとは私は心のなかで

「ほらな? 綺麗事ばっかり並べ立ててたけど、ボロが出やがった。ほんとはお前は、ヒーリングを通じて『私は人助けをして世の中の役に立ちたい』という独りよがりな自己肯定感を持ちたいだけなんだよ。『エネルギー交換がつりあうのが望ましい』なんてとってつけたような大義名分を言い訳にして、都合よく金を稼ぎたいだけなんだよ。ヒーリングを受ける相手のことは、お前が気持ちよくなって金を稼ぐための『道具』としか思ってないんだろ?」

と思いますが、口に出して言うことはまずありません(←私からそう指摘されることを相手が望んでるわけでもなかったり、ましてやそう言われたときに私を怨む嗜好パターンを持ってたりしたら、私は無駄に嫌われて損するだけですからね)。



あと、ヒーリングの世界に入ってみてよく目にするのは、

『弱者』を武器に、他人を脅迫して略奪する人

でしょうか。

「アタシはこんなに可哀想なの。あんた、ヒーラー?人を癒したい?良い人間ってことだよね?じゃあアタシを助けな。ほら、どこまでも尽くすんだよォ!……あら?いいのォ?『あのヒーラーはインチキだ、金のことしか考えてない、弱者を見殺しにする薄情者だ』って悪い噂をバラまくよ?困るんじゃないの〜?評判が落ちたら厭だよねぇ?」

というふうに脅しをかけてくるんです。
(本人は表面上はその気がないというか、ほんとに被害者意識に呑まれて必死だったりするからさらに困るのです)

こういう人の脅しに屈してしまわないようにどう対処するかが、ヒーラーにとっては大事だったりします。


ほか、これもヒーリングの世界に入ってみてあまりにこういうことをする人が多くて驚いたのですが、

忠実な支援者のフリをして、相手をそそのかして自分の思い通りに動かそうとする
(したてに出ておきながら、その実は相手を支配しようとする)


人。

「私、あなたのことを心から尊敬しているんです!すごく信じていて、励まされて、力をくれて感謝してます。だからどうか今度、これやってあれやってあれもやってこんなこともしちゃってください!!」

と、褒め殺しのあとで都合よくポンポンと自分の好き勝手な要求を出してくるんですね。

それで相手が策略に呑まれずに「いや、それはちょっと」という反応をすると、途端に被害者面して

「ウソォ〜!私、あの人のこと尊敬してたのに〜。こんな酷い人だとは思わなかったー」

みたいな都合のいい恨み言を、正論であるかのようにまくし立ててショックを受けるんです。

(自分の思い通りの反応を返さなかったからといって相手を責めてる時点で、どんだけ精神年齢が幼稚なんだよって話ですが)



どれもこれもね、根本原因を言えば

癒えてない。愛が足りてない

で片付くっちゃ片付くんでしょうけど。

(そしてこの世にはまだ癒えてなくて愛が足りてない(からこそおかしくなってる)人がごまんといるわけですがw)

よほどじゃなければ、与える人になるなんて難しいのかもね。

人は窒息しそうになればどんなことをしてでも空気を吸おうとするだろうし、空腹で餓死寸前なら、礼儀も法律もそっちのけで食べ物を奪おうとするでしょう。

つまり、何かがたりなくて切羽詰まると人はすぐ「奪う」ほうに走りやすいわけです。

(かくいう私だってそうでしょう。今でこそ余裕ぶっていられるけど、奪うしかない状況に置かれたら当然、そうするでしょうし)

与えるほうが素晴らしくて奪うほうが悪い、という見方も芸がないと思います。

ただ、どの人が与える人(の状態にあるか)で、どの人が奪う人(の状態にあるか)を見抜いて、奪われたくなかったらそういう人から奪われないようにうまく立ち回るのが大事だよね、という。

さて、

あなたは奪う人ですか?
それとも与える人ですか?




冒頭のロバート・キヨサキの引用文からだいぶ好き勝手にそれた内容になっちゃいましたが、キヨサキ氏本人はどういう意図でこれを書いたかというと、

金持ちになる近道は、他人が金持ちになるのを助けること

だそうです。

つまり、自分が金持ちになりたいからと奪うのは、一見、手っ取り早いようにみえて遠回りで効率が悪いかもしれないわけですな。

ほんとに与えちゃう。姑息な見返りなんて期待せずに。役に立ちたいといって実は自分が得することばっかり考えるという意味じゃなくて、ほんとに相手を助けちゃう。
(ただ、その『助ける(≒与える)行為をなぜするのか』というバックボーンとなるビジョンがないと、ただの『わけもなくボランティアしすぎて憔悴しきっちゃう人』で終わりなので要注意)

だから与える人になろうよ。
どうせなら上手に与えられる人になろうよ。

ということが教材ではさんざん述べられる、と。



ありゃあ、いつも以上に趣旨がぼやけた内容だなァ。まぁいっか。
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