2012年05月

「まだ未熟だから(開業・独立・プロデビューetc)できない」

ある程度、何か自分がプロになりたい(か、アマチュアであってもようするに上を目指して打ち込んでいきたい)ことについて精進してきて、はじめの右も左もわからない状態から、最低限の糞と味噌の区別はつくようになった頃。

これが一番、あぶないんです。

「私はまだまだ未熟だから、プロになんてなれない。プロとして活動すべきでない」

と、自分で自分にブレーキをかけてしまうんですね。

しかもこれ、良い意味で自分に厳しい感じがして、本人はまんざらでもない心地がするんです。
それどころか、「私って謙虚♡」と独りよがりにナルシスティックな気持ちにも、なれちゃうんですわ。

あるいは単純に「もしプロとして仕事をしてしまって、現場で恥をかいたら/相手の期待に応えられなくて信用をなくしてしまったら」と考えると怖くて仕方がない、ということもあるでしょう。

たしかに、見切り発車的にプロ活動をしてしまって出だしで躓いて、その次の依頼が二度と来ない………という流れで、デビューしてすぐ開店休業状態に追い込まれる人もいます。
安易にプロとして活動を開始したり、あまりにも早いアプローチは危険といえば、危険かもしれません。

ただね。

プロ=世界一うまい。実力がある

というわけでもないんですよ、世の中。

生業としてカネを稼いでいるかどうかという意味でのプロ/アマの区別でいえば、そのへんのアマチュアより下手なプロは、どのジャンルにもわんさといます。
(惰性で勤めてる会社員なんて最たるものでしょう。日々の業務、なんとなくやってるかもしれないけど、その道のプロとして堂々とお金を貰えると自信をもって言えますか?←言えてほしいけど)

そして、カネを稼げて評判よく繁盛できるかどうかと実力は、実はそんなに関係ないんです。

下手な人でも「私は充分にたくさんの顧客から支持されて繁盛する」という思考が成立している人なら、まさにその人の提供するサービスレベルでいいよ、と思って喜んで金を出す人たちが大勢、寄ってくるんです。

逆に、いくら上手くても、貧しさのイシューを本人が抱えていると、客が1人も来ず食えなくて廃業……となります。

そこで(完璧主義な人ほど)

「そうですけどォ〜、私は厭なんです。『プロであるからには、ここまでやりたい!』というラインが、明確にあるんです!」

みたいなこと言うんですね。

で、それって一見、ご立派なんですが、自分の固執にすぎなくて、その思想には「顧客が『これでいいよ』と言ってくれるものを提供する」という視点が欠落しているんです。

プロってのは、よくも悪くも、カネを払ってくれるお客さんがいてナンボの世界。

客が喜んで金を払ってるのに自分が納得できずにふてくされてるというのは、ある程度は「職人気質/こだわりがあって現状に胡座をかかず常に上を目指している」ともとれますけど、行き過ぎるとただの偏屈ですわ。

カネを受け取るときは常に笑顔でハッピーでいる義務がある、とどこぞのヒーリングの創始者が言ってますよね。

あんまり言うと屁理屈になりますが、

プロになるのに実力は関係ない

んですよ。

プロになる気概・覚悟があるか。
プロとしてやっていく気でいるか。

が重要なんです。

まぁ、これを口で言われたりこうしてブログで読んだところで、自分のなかに

「自分が生まれつき神の一部として完璧で、自分が人生で望むとおりに生きるうえで必要なものは最高最善に備わっている。それを自分が否定・拒絶しているとその能力が発揮されないだけで、自分の心のブレーキを踏むことさえやめれば、すべてがうまくいく。とるべき行動も見えてくるし、多少の苦労があろうとその行動を忠実に実行に移していきさえすれば、万事、最高の結果が得られる」

という最高の真実を認めるうえでのブロックがあると、わりと大変なんだよねw



最後に蛇足ですけど、自分を未熟だ未熟だといっているのは、

「この世界は、自分という神の一部である存在が充分に育っていくことができない、不完全なロクでもない場所だ。神は私という神の一部を、完璧に創ることができない欠点のある存在だ」

という意味になります。

この世すべてを冒涜している

ことに繋がることを自覚したうえで、「私は未熟だ」と言っていますか?

そこまでこの世のすべてを馬鹿にして愚弄して軽蔑したいんですか?

(したいならそれも一興。どうぞ永遠にお続けになって)
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