2012年02月

みんな持ってる、マイ宗教

自分はスピリチュアルだのヒーリングだのといった仕事をやっているわりには、宗教心らしきものをまったくといっていいほど、持ち合わせていません。

何か高次元の存在などに対しても「ありがたや」といった気持ちは抱いたことが一度もないんですよね。

だって、どんな『神』とされる存在だって、究極的には私(も他人も、とにかく存在する魂たち)は対等なので。
対等な立場から相手を敬うという意味での尊敬こそすれど、自分より何かを“目上の存在”として敬うというのは、神はもちろん、人間に対しても何に対しても、これまで一度たりともしたことがないのですわ。

なので、、、でつないでいいのかどうかわからないけれど、「信仰する」という概念自体を、持ち合わせていないんです。
(ほか、迂闊に言うと薄情だと思われるので言いませんが、誰かや何かを『かわいそう』と思ったこともありません。憐憫といった感情を抱いたことが、生まれてから一度もないんです。それこそ子供の頃から、アフリカの飢餓で苦しむ子供たちの写真を見せられるとか、戦争などで酷い怪我を負った人、重病人や身体障害者などあらゆる、世間一般には『かわいそうな弱者』と言われやすい存在たちに遭遇したとしても、そういったすべてに対して、一度たりとも、かわいそうと思ったことがないんです)

これは、感覚感情の欠落とは根本的に違うと感じています。
(非常に婉曲的な、屁理屈のようにも感じるかもしれないけれど)どんな相手でも、自分と対等な、神の一部としての素晴らしさと現実創出の能力を持った存在なわけじゃないですか。

ということは、その人の置かれた状況というのは、すべて本人が(たとえ潜在意識がそうしているから顕在意識では把握していないとしても)「選んで」創り出しているわけですよね。

だから、「(相手が自分よりも“劣っている”から)かわいそう」という反応は、一見、「善い人のとるべき、望ましい反応」のように見えて、実は、相手を愚弄していることでもあると捉えています。
(ある意味、その人が『他人から、かわいそうだと思ってもらいたい』と願ってそうしているなら、その人の願いに応えて叶えてあげたことにもなるとは言えるかもしれませんがw)

逆に、どんなにありがたく見える神様と呼ばれるものだって、自分と対等な存在なのだから、『相手を“自分より目上”と敬ってしまうことで、結果的に自分という“神の一部”というかけがえのない素晴らしい存在を貶める』ことにもつながると思っているので、していないんです。

これは、人に話すと、ぜんぜん理解できないといった風情で

「へぇーーー。。。」

と、薄い反応しか返ってこないので、なかなか一般的に受け入れられる価値観ではないらしいことも自覚はしてますがw
(でも、変えるつもりも、その必要性も感じていません)

子供の頃からこういう在り方だったので、独善的な善悪の観念に満ち満ちた学校教師などからは、

「お前には、良心というものがないのか!この人でなし!!」

などと、酷い罵詈雑言を言われ放題だったりしたわけですがw
(生徒に向かって頭ごなしに『人でなし』って言う教師って、そんなに褒められる素晴らしい人物なんでしょうかねw)



やべ、前置きまた長いw

何がいいたいかっていうと、みんな意外と、「マイ宗教」持ってるんですね。

自分自身が若い頃ってわからなかったけど、それ相応のトシになってくると、同年代もオッサンオバサン化してきて、若い頃はぜったいしなかっただろそれ、みたいなこともいろいろするようになってきて、好みみたいなのも変わってくるんですよね(私はあんまり変わってないんですがw)。

一言でいうと、信心深くなっていくというか、良くも悪くも(悪くもってことはないんでしょうが)、精神的に深みっぽさ(←あくまで『っぽさ』の場合もあるがw)が出てくるんです。

わかりやすく言うと、若い頃は流行りのロックしか聴かなかった奴が演歌や懐メロをしみじみ、うっとりして聴くようになっていたり。

で。

先日、(ふだんスピリチュアルとはおよそ縁がなさそうなメンツの)同世代でそこそこの人数で集まって飲んでたとき、

「あんたのマイ宗教って何?」

っていう話になったんですわ。

最初は「ハァ?そんな話題で盛り上がるわけないじゃん」と思ったけど、出るわ出るわ。

ガチで、既存の成立してる宗教に実は入ってるとか、信者とまではいかなくても毎朝仏壇にお線香あげるみたいな人もいたし、どこだかの国の神話に出てくるなんとかって神様をなぜか直感的に「自分の守護神だ」と信じきって、ことあるごとにその神に話しかけてるとか。

三輪様のコンサートを「ミサ」と呼んで通ってるという奴もいたなぁ。
(しかもそれが、高校の頃は手がつけられないほどの不良で、しょっちゅう喧嘩トラブル起こしてた、、、みたいな奴だったりw)

信心深さなんてものとは無縁そうに見える奴らが、意外と「マイ宗教」持ってるのが面白かったです。

あと、宗教じゃないけど「誰にも言えない一人ジンクス」を(しかも子供の頃から)持ってたりとか。

たとえば、横断歩道の白い部分だけを選んで歩き、それに成功したら今日は幸せに生きられる(しかし白以外のエリアを踏んでしまったり、他人から『お前は白い部分だけを踏んで歩こうとしてるな?』と悟られたらアウト、とかNG判定基準もあるw)みたいなね。
(女子はよくやるらしい)

自分はマイ宗教が思い当たらないので、ひたすら聞き役に回っていましたが。
(しかも、半分は面白くてゲラゲラ笑ってたけど、もう半分は『くっだらねぇ、カンベンしてくれよそんなどうでもいい話』と思ってたり)

あ、ここまで読んで気づいたと思いますが、オチありません。(えーっ!?)

なんか、可愛いね。みんなひそかに、マイ宗教を持っていて、しかもそれを、よほどでないと他人には言わず表にも出さないでシレッと生きてるなんて。

自分も何か、マイ宗教を持とうかな?
あ、やっぱやめ。心にもないこと言うのはやめよう。マンドクセ。
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