2011年10月

スピリチュアル・ヨーガ

目からウロコ落ちまくりでした。。。
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スピリチュアル・ヨーガ―からだの中から美しくなる7つの法則スピリチュアル・ヨーガ―からだの中から美しくなる7つの法則
(2006/09)
ディーパック チョプラ、デイヴィッド サイモン 他

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いわゆる「体操の一種」ふうに展開されるスポーツジムのクラスなどではわからない、ヨガの精神性について、わかりやすく解説してくれます。

流派による指向性の違いについても触れていて、ヨガというものが何を前提として、何を目指しているのか、またその発展のなかでどんなリーダーにどんな理論が提唱されてどんなふうに広まり、分かれていったのかを俯瞰的に捉えることができます。

この本を読んだだけでまさかヨガの真髄を理解した、とはおこがましくて言えませんが、少なくとも、

ヨガが何をどうしようとするものなのか

を、基礎知識的に腑に落とすことができました。



個人的に最大の収穫だったのは

カルマとクリヤの違い

について、おぼろげながら「もしかして、こうなんじゃねえかな、、、」と思っていたことが、やっぱり正しいんだと確信を持てたことです。

カルマもクリヤも、「行動する」という意味のサンスクリット語ですが、カルマは周囲に影響を及ぼし、その与えた分の影響が返ってくるという類いの行動を指します。

が、クリヤは、行動は行動なのですが、カルマ的な「波の寄せ返し」が生じません。

自分はヒーラーになって以来、特に「願望実現」の是非(?)について、いろいろ考えてきました。
たしかに、スピリチュアルな仕組みを理解して、サイキックな能力を目覚めさせ、的確な行動も伴えば、どんな現実でも望み通りに創造することができる。

でもその結果、たとえば栄耀栄華な現実を創造したとしてそのことが(誰かを巻き込んでその人の富を貰うことで実現するなどして、それがカルマとなり)あとで得た分の豊かさを全部、失う運命を形成する(≒自分が貰った分、遅かれ早かれ、それこそ転生した後になってまで影響を与えて、今度は自分がすっからかんになるまで差し出す側になる)なら、なんだか虚しいなというところでグルグルしていたのです。

で、カルマを生まない「行動」があるっぽいとシータヒーリングで創造主とチャネリングしてメッセージはもらっていました。

が、そのメッセージが複雑で、そのメッセージを言語や概念として把握できるだけのボキャブラリーと知識が足りず、ぼやけた理解になって止まっていました。

その、

「メッセージとしては来てて、感覚では『こんな感じ?』とはわかるものの、具体的かつ的確な概念が自分側にまだないため、うまく訳せず、したがってちゃんと把握も理解もできていない」

部分が、全部、この本を読むことで繋がって見えたのです。

(マクドナルドでこの本を読んでいて、その疑問が氷解した瞬間、『うぉお!』と叫んで周囲から顰蹙をかうほどでしたw)

ただ、ここで

いかにカルマでなくクリヤで行動するか(できるものなのか)

について語ると、本ができてしまうので(苦笑)、あえてこのへんで筆を擱(お)きます。

田中「あえての筆擱き?」
松下「あえての筆擱きで思わせぶりセクシー」
田中「あえての思わせぶりセクシーにナイス!スリーニキータ」
松下「あえての思わせぶりセクシーにサンクス!スリーニキータ」
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(うわ、このブログ始まって以来のサイアクな〆め方やわ。ネタわかる人いんの?)
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