健康・生活

アラジンのトースターは炊飯も蒸し料理もなんでもできる万能調理家電

何を当たり前のこと言ってんだ、って感じですが。

YouTube「アラジン+トースター」検索結果

見れば一目瞭然でしょう。

全国の料理好きたちが歓喜!

アラジン グリル&トースター AGT-G13A

アラジンはメーカーのブランド名で、もともとはイギリス発祥の暖房器具でした。

それがブランドの権利譲渡などを経て、今では兵庫県に拠点を構える日本エー・アイ・シー株式会社が展開しているわけですね。

現在、めちゃくちゃ(150万台以上)売れている型番のトースター発売は、2021年の9月。ほんの去年やん!

単なるトースターに留まらず、パン生地発酵などができる低温加熱機能や、付属の炊飯釜・グリルパン・焼き網etcを駆使した様々な料理への応用力が人気を博しているようです。
(公式がレシピサイトを充実させているのが、『幅広い料理に応用ったって、どうすればいいのよ?』という利用者の疑問を晴らして、啓蒙・啓発していけてて売上もさらに伸びる要因かと)

でも一番のヒット要因は、

大勢のYouTuberが使っている様子を(狂喜乱舞しながら)動画で配信

していること、ですよねぇ?

今、フラッグシップモデルは品薄でぜんぜん買えないみたいですよ?
(と入手困難性を煽られると急に欲しくなるレア好きいるよね)
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座って仕事してる時点で「古い」&「不健康」。これからのデスクワークは、立って!

某・世界的な企業では昨年、オフィスのデスクが一新されましてね?

全員、電動式の昇降デスクになりましたの。

そのときの気分次第で、立ったり、座ったり。

1日じゅう立ちっぱなしなのもそれはそれで疲れるから、それぞれ日中を通しての

・座り疲れ

・立ち疲れ

が出てきたあたりで、デスクを昇降(せいぜい10秒くらいで高さが変わりきる)させて、立ったり座ったり。

これが効率いいの!

集中力がもつし、体がなまってきた不快感や倦怠感に邪魔されることもない。

「これわ家でも導入したい」

と思い、アマゾンで検索。

Amazon.co.jp「昇降式デスク 電動」検索結果

安いと電動式でも、2万円前後からありますね。

電動である必要はない、ということであれば、手動での昇降式デスクも多々。
(ただ正直、電動じゃないスタンディングデスクで高さをいちいち変えようとすると、私はかなり面倒に感じます)

「高さ調節は不要!とにかく、立って仕事できる高さの机であればOK!」

ということであれば、高さ固定式、もしくは何段階かは変えられるけどその都度、ネジで調整など面倒があるけどね的なラインナップもわんさか。

私は個人オフィスの方は家具が備え付けなんですが、座り式のデスクがもう固定であるため、その机の上にさらに乗せてスタンディングデスクにする

卓上昇降デスク

を導入しています。


私自身、座るどころか「寝っ転がって」仕事するのにこの10年は慣れてしまっているため、立ったままパソコンに向かって作業するなんてできるのかなと不安でした。
かえって集中できないんじゃないの?と。

いやいや、そんなことない。

たとえば私、まだ電話ボックスがあった頃に、立ったまま何時間でも公衆電話から長電話してたことがある世代なのですが、あんな感じ。
(厳密にいえば電話をかけて話すのと、PCなどデスクワークをやるのは違うけど、似た感覚だと個人的には思った)

思考がクリアであり続ける

んですよね、立ってると。

もうなんていうか、

「やっぱりイマドキの仕事はパソコンありき!しかも会社支給のノートPCだから、どうしても猫背になっちゃうんだよねェ〜。腰痛いw」

と愚痴だけ言いつつ正当化して何も対策を講じないで体も心も疲弊していく……というのは、芸がなさすぎる。

「食べないと生きていられないから食事するじゃん?でもそうすると、どんどん口が臭くなって虫歯になっていっちゃうんだよねェ〜」

と、歯磨きなどの対策を一切せずに言う人みたいなもの。

それじゃあんまりでしょ。


てなわけで、スタンディングデスクを導入してみるという手があるんジャマイカ🇯🇲。

電動型の昇降式デスクだと、

FLEXISPOT

のが、大手企業なんかでも一括導入してるみたいよ?

なぁんてね。

これからの”勝ち組”がいるとすれば、それは「睡眠ファースト」生活を送れる人(≒送ることができるだけの余裕ある境遇を手に入れて維持し続けられる人)

この本
    ↓
   紙書籍     Kindle版


に、著者が「睡眠ファースト」な生活をするようになったという記述があります。

何よりも睡眠を優先した生活をするということです。

なぜなら、アンチエイジングをはじめ健康のための諸々には、(高い化粧品やサプリなどより?)睡眠が一番効果的だと判断したから、とのこと。

しかも睡眠の質を計測するウェアラブル端末やアプリを使って、80点以上に採点される睡眠の確保が毎日できるようにするほど。
(80点以上はなかなか出ない高得点らしい)

この記述を読んだとき、「あ、そう」をはるかに超えた衝撃が走りました。

これが、「たまたま最近、そういうのにハマってるんだよねw」という、それ以前から余裕しゃくしゃくでヒマそうな主婦などが言ってたら「ふぅ〜ん」だったかもしれません。

私が衝撃を覚えたのは、それを言ってる著者が

激務 of 激務で、毎日の充分な睡眠とは無縁なイメージある、20世紀のマッキンゼー出身者だったから

です。

とある物好きな暇人がたまさかマイブームでそうなってるのとは意味合いが違うと捉えました。

いわば、この著者一人の問題ではなくて、

20世紀の、「睡眠時間なんて都会のビジネスマンが充分に確保できるわけねーだろ!つぅか、寝る時間なんざ無駄無駄!とにかく起きて働け!24時間タタカエマスカ」な集合意識……が、たった数十年の間にここまで変わったのか!を見せつけられた心地がしたから。

この著者がインフルーエンサーとしての影響力も持つとして、そして著者本人も周囲からの情報などを見聞きして判断した結果(いわば周囲からの影響を受けた身)として、この結論に至っているのか!と。

つまり、著者と付き合いのある界隈という、いわば日本のビジネスマンのトップ層ともいえる人たちが、なんと!睡眠の重要性を認め、仕事など他の用事よりも優先順位を高く価値判断している目安ともいえるよな、と思ったんです。

いやぁ、ここまで短期間に、時代は変わるものなんだなぁ、と。

いつまでも、
「寝ずに働け!それが正解!それが尊い!少しでも眠ったり休んだりしたら、その間に周りにどんどん差をつけられて落ちこぼれていくぞ!四当五落!!」
みたいな、時代錯誤だしぜんぜん人間の健康な生理現象を理解できてないダメダメなのになぜか美化されすぎてる価値観に呑まれて、大事な命を自分で無駄に削ってしまうようなことがあってはダサすぎ
なのかもしれませんね。。。

睡眠時間なにそれ美味しいの?的な界隈から頭角を現した著者が、まさかの「睡眠ファースト」を掲げるように。


これを見習って、私はもっと、あれこれ(他人との関係を築くうえではマーケティング的に意味があるのだろうと)良かれと思って気にしている、他人の意見や(無)反応、(無)関心に引きずられることなく、「これ!」という価値観などを提唱していかにゃあ。
ちゃんといいふうに人類社会を変えることにつながる気づきをもたらせるようでなくて、どうするよ?ってことさぁ。
でも難しい。

いま、自分史上、最難関ふうなところでドン詰まってます。

だから応援してね!!

私が枯れて消えちゃうと、「そうなった世界」を生きるあなたがたの人生それぞれも、わりとたぶんアレだから。
(なにその鬼舞辻無惨を奉らないと自分の命もなくなるから的な脅迫w)

老後、年金が出るか出ないかは気にせず稼ぎまくるが勝ち!

まぁ、そりゃそうだよね。

この本を読みました。
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   紙書籍     Kindle版


特に、お金について書かれた第3章はほんと、胸がスッとする想いです。。。

著者は経済評論家だからお金についてはプロ中のプロなので当然なのかもしれませんが、すごい。

だってさぁ、

これまで人類社会ではお金について、とかく香ばしい物言いがされてばっかりだった

じゃないですか?

いわゆる素人が、あれこれわけわかんないこと言いまくって何いってんだか、なのは素人だからしょうがないとしても。

肩書きとして金融が専門です、を謳う人たちが山ほど本を書き、講演会をし、ブログだYouTubeだとあれこれお金について言ってきてますが、もうなんていうか、

いったい誰のどんな思惑でそんなバイアスかかった物言いしてんの?

とうんざりするようなものばかりだった印象があるんですよ(あくまで個人の感想です)。

とにかく、持ち上げすぎか、下げすぎか、どっちか。

等身大の歪みのないレンズで「お金」というものについて述べたものが、どうしてこんなに見当たらないんだろう?

と、げんなりしてたんですよね。。。

なんつーか、お金って、べつにパワーもエネルギーも実はなんにもなくて、人間が作り出した人工的な尺度なだけじゃないですか。ただの数字よ?

それがたまさか(霊的にいえば必然といえばそうなんだろうけど)、大きくなって、実体が誰にもわからない化け物ふうになってしまって今に至るけれどもさぁ。

どんだけでかく育ったところで、それが何かくらい、専門のプロなら把握しとけよ、と思ってたんですよね。

で、ようやく「あぁ、これ」と思える記述に出会えました、と。(何様なんだよって話ですが)


で、年金については記事タイトルとこの本の第3章に書かれてるとおりですわ。
ほんと、これ。(ネタバレしないので買って読んでくださいな)

スピリチュアルヒーラーとしての見地からなんか言えよ、というなら

みんなの思い込みが制度化・法律化して世の中の「常識」と化していてもなお、その本質を見抜け
  &
あるいは権力者が庶民を弱体化させるべく騙す手段として作った制度にまんまと呑まれるな


ってことですわ。

法制度さえもが、その時代や国の風潮や価値観、実情に合わせて作られるわけですよね?

それが必ずしも、別の国や時代、細かく言えば個々人ごとに、ほんとはそぐわない場合があるわけです。

「年寄りになったら体も頭も心もいろいろ弱って働けない。だから年金で、年寄りが死ぬまでの数年間〜せいぜい十数年間は細々とは暮らせるようにしてあげようよ」

って考えで老後の年金制度はできてるのかもしれませんが、この法制度化のスタート地点としての思考・発想自体に、思い込みによる誤謬があるでしょ?と。

・なんで年取ったら働けないことにされてんだよ⇒ガンガン稼げる100歳超が「当たり前」でもいいじゃん?

・なんで年金受給しはじまったらせいぜい十数年でだいたいみんな死ぬ前提?⇒延々と長生きしてもいいじゃん?

ですよね?

いまの60代、ご覧なさいな?



"平均"寿命が80歳台っていうけどさぁ。

学校のテストの"平均"点よりだいたいみんな高得点だったでしょ?

どんだけ医学が進歩してると思う?

老化を病気と位置付け、その病気を「治療」する薬が開発されてきている今なぅみで。

今日明日にいきなり実用化されて世界じゅうの老人がいきなり二十歳の肉体に戻ることはないとはいえ、今後数十年どうなってるよ?って話でさ。

どうなってるにせよ

年金をアテにする「依存的」なスタンスが、「何歳になっても自分の足でしっかり立って世渡りしたるで!」という人間が持つ強さを蝕む

のは間違いないよねぇ?

「べつにそこまでして長生き(なんて浅ましい、欲深い、心がさもしいetcの良くないこと)なんかしないで、若い世代に適当なところで活躍の場を譲って、年寄りは社会のご迷惑にならないように……」

あ〜ら、そんな自分の弱さを若い世代だの社会だの、ほんとはたいして気にしてもいないことの「せい」にして正当化しつつ、延々と生きるのがつらい自分の弱さを「お迎えがくる」ことで救済してもらおうとするだけの卑怯者だったりしない?

まさかねぇ、そんなわけないわよねぇ?

ほんとにほんとに、良かれと思って、控えめで慎ましい美徳としてそうおっしゃってるんでしょう?
大丈夫よぉ〜。わかってるってェ〜。100%信じてますよぉ〜。やだなァ〜。(心にもない棒読みと愛想笑い)

嫌ぁだ、こんな世知辛いところにいつまでもいるの、そりゃあ大変よねぇ?
適当なところで、ね?

いついくの?

今でしょ?

ほら。

ね、どしたの?

適当なところで譲るんでしょ?

なんでまだいるの?

……みたいな(←どんなだよ)。

憎まれっ子、世に憚るっていうじゃない?

いつまでも長生きするのは、人から憎まれてるってこと……なの?
ね?あんまりな物言いでしょ?

そういうことよ(どういうことだよw)。

お金は豊かさじゃないし、欲しいものを手に入れるために働いてお金を稼ぐのは遠回りだし、「正社員で就職して副業禁止」は無能化への最短&一方通行ルート。それでいいのか、風の時代!?

岡田斗司夫ゼミ「ニート革命!働かなくていい10の理由」


2011年の動画です。

思えば、私が会社員をしながら副業としてヒーラーを始めたのが2008年。
2009年に独立し、30代前半でよりによって会社員人生を投げ打って霊能稼業で食っていくなんてバカじゃないの!?ともとれる時期でした。

会社関連や一般社会?での知人からは生温かい笑顔で「ふぅん……そう……なんだ……。頑張ってね(棒読み)」。
スピリチュアル界隈の知り合いからは「あんたみたいな若くて未熟で修行歴が浅い人間が独立なんて無理!ていうか生意気!」と嫉妬からの大反対。

火垂るの墓で親戚の家を飛び出した清太みたいに、無謀だったんじゃないかな、三宮駅で最期を迎えて成仏できずに何億回も最後の3ヶ月を繰り返す煉獄生活へ突入……?と、気が気じゃなかった。

と、このままオッサンの昔話を延々としてもいいですが、それだとアレなのでこのへんで。

ええと、このブログで言いたいのは、

あたかも今、始まったかのような個人主体の複業時代は、実は2005年くらいからも潮流としていったん、出てたんだよ

ということです。

不労所得とか、雇われずに生きていくとか、今でこそ誰もが知っている概念もろもろは、いよいよこの時期に普及しはじまった印象を持っています。
ロバート・キヨサキのファイナンシャルインテリジェンスという情報商材が、テレビの通販CMで売られていた。
電車の中吊りに、リクルートのアントレ増刊号が出した「雇われずに、働かずに生きていく」を謳うムックの広告がでかでかと出ていた。
本田健の「ユダヤ人大富豪の教え」が出版され大ベストセラーになった。(2006年です)

今でいうFIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指そう!なれるよ!を謳う・焚き付ける・ほんとにできることを生き様で実証していこう!という流れは、あったんです。

株価みたいに、何度か、「イケるかな?」の波があって、「今はやめとこう」で収まったりするけど、内心そっちに向かいたい熱量みたいなものはあって、虎視眈々と時期を狙ってまた出てくる。
ある意味、潜伏したウィルスみたいでもありますね。
帯状疱疹みたいに、幼い頃に水疱瘡に感染したときのウィルスが体の免疫も届かない奥深くでひっそりとなりを潜めて、でも確実に生きており、加齢や過労で免疫が弱った瞬間を見計らってGO!みたいな。
それをいうと憲法改正とかも、そのクチかも。

痴漢や万引き、露出癖などの常習犯が、それをしでかすのをクセになってしまって自分でもやめられずに繰り返してしまうみたいに、「わかっちゃいるけどやめられない」類いの”想い”というのは、意識高い系を気取って無理やり頑張るよりも強いみたいですよね。

……現実社会の話に戻しますが。
ただ正社員でどっか名のある会社に就職して、言われた仕事だけハイハイとやってりゃ定年退職まで安泰で毎年昇給昇格。
で、そのあとは退職金で食い繋いだら年金受給スタートでいくら長生きしても一生安泰というモデルの翳りはすでに、高度成長期とされる時代やその前から、兆しとしては見えていたわけで。
賢い人はわかっていたし、賢くない人であっても、肌感覚とか本能といったものではどこかで実は感じ取っていたわけなんです。
(ここはこのブログ記事の本旨ではないので)細かい論拠を数字などの証拠を出して説明しませんが、21世紀に一億総サラリーマン時代が立ち行かない問題点はずっと以前から内包され済みだったということですな。
ゆるやかに沈みつつある泥舟だったんですよ。就職内定者を拘束して豪華客船で泊まりがけでドンチャン騒ぎしてた昭和〜平成ひとケタ時代の時点ですでに。

そこから
「脱・雇い主である会社に一生、奴隷として従わされ続ける人生(半生)」
「脱・自分の時間とそれを活かしたら得られるはずの可能性のすべてを潰す、やらされ仕事一辺倒による長時間労働」
という発想で、沈みゆく泥舟で周りの鈍臭い愚かな面々と一蓮托生でしがらみ放題で「みんな」と同じく沈んでたまるか!という人が、どうにか、もがいて試行錯誤していた。
それがいわば今でいうFIREに繋がる潮流の萌芽として、今からすれば15年以上前、なんならそのまた15年以上前にも、あったんです。

(そういえば1980年代の大長編ドラえもんって、環境問題など、まるで今の時代に叫ばれているようなことをテーマにしていたり(それをテーマにするからこそスポンサーを買って出た大企業の意向だったのかもしれない)やたら先進的でしたよね?)

一個人が「いつか独立したいなぁ」で、やってみようかな、あぁでもまだ未熟だタイミングが合わないと引っ込む、みたいに”◯歩進んで□歩下がる”を試行錯誤するみたいに、集合的に時代としても、そういうことがもう何十年も前から、実はあるんですよね。。。

(だから、にわかトレンドウォッチャーみたいで恐縮ですが、今この数年などで『ちょこっと起きかけて、時期尚早っぽいから引っ込んだ』潮流も、密かに追い続けています。水面に浮いたり沈んだりする流木のように、沈んでるさなかにも潮には流されていて、消えたわけではない。これはつまり、◯年後かに再度、浮上して、やがて大きなトレンドとして成立する可能性ある芽といえます。そして、そういう小さな萌芽の数々が要するに『今(まで)の時代のどこがまずいか。それを改善するためにこういうふうにしようとしている』という企画案各種でもあるわけですね。なので、それらを総合してうまいことジグソーパズルを組み合わせるようにしていければ、大きな時代の流れを読む、予測することもできるんじゃないでしょうか←しかもそこで人々の潜在的な思考という、目に見えないけど確実にあるものまで観えたら便利だよね←私、そのために思考の霊視を鍛えたようなところありますから)

冒頭の動画で岡田氏が指摘しているようなことは、岡田氏本人だけでなく、岡田氏と同じような知能や思考の観点を持った人たちの間では、実は以前から当たり前だったんです。
ただ、いきなり日常生活でそれを騒ぎ立てたところで、大多数の人間が「とにかく就職。無職はダメだ」一辺倒で、なんだかんだいってお金で物を買うのが常識で、会社の側も今すぐには潰れないとなれば。
大きく騒いで自分だけが変人扱いされても世渡りする上での肩身が狭くなるだけなので、そりゃ、いちいちは言いませんよ。

そもそもお金がほんとに価値を証明する盤石なものでなくなってしまったのは今から40年以上も前の話だし。
それ以前にしたって、例えばとある金塊の価値を数字で表して、そのことを証明する紙切れとしてお金があった時代であっても細かく細かくいえば「なぜその金塊はその数字で表す価値があるといえるのか。なぜ同じ数字で価値づけされた別の物と交換できるのか(本当にその数字で表された価値は等しいのか)」は、かなり曖昧でしたよね。。。

なんかヘンだな、と思いつつも、目先の用事はそれで足りてしまう、済んでしまうし、その繰り返しや連続でどうにか何年でも何十年でも何百年でも何千年でもチョロまかせてしまうなら考えない。

そういう、とある完璧さからすれば穴だらけ、つぎはぎだらけの欠陥ある制度ややり方で、「とりあえず」どうにかすることで人類の歴史はできています。
(それで人類が絶滅しないことが、『それでいいじゃん(べつに完璧な何かなんてなくても)』という生き方を肯定し、説得力を増していきます)

(今の社会制度などの欠陥を)知ってるけど言わず騒がず、とりあえずうまいことそれでどうにかなるならどうにかするほうを選ぶ賢い人。
そういうことを全然知らず、疑問すら抱かず、「そういうもの」といって、躾けられた動物が餌が出るスイッチを押すことだけ覚えてそれ以上は何も考えずに餌が欲しいときにスイッチを押して、出てきた餌をただ食べる……の連続で生きてる的な愚か?な人。
内面で知ってることや分かってることは大幅に違うのに、表立って現れてくることだけを見ると違いがないように見えちゃうんですよねぇ(それの何が悪い、ということでもあるのでしょう)。

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でも、風の時代の変化はすさまじく。

これまで「いろいろあるけど、今すぐ悪化するでもなし、べつにいいじゃん」で済ませてこられた時代ではなくなりました。

まるで、日頃食べるものにいろいろ添加物が入ってて体に悪いと知りながら、今すぐ即死するわけでもないからとあえて面倒なことは考えずにそういうものを食べ続けていたら、まさかのガン発見で顔面蒼白、みたいな。

これまで「なんとかなるさ」という怠惰で、どうにか自然となっていくのに丸投げして自分たちでは何もしてこなかった、悪いと知りつつ、改善点はあるとわかっていながら放置したことのシワ寄せが、いよいよブーメランのように襲いかかってきた。
そして今度は、地球上どこのどんな偉い人でも賢い人でも、その人に丸投げしてどうにかしてもらうことはできない。

救世主は現れない。

あえていえば、各自がそれぞれ各自の救世主なのであり、その意味では、人類にとっての救世主は、いま生きている自分たち全員なのだ、的な。

自分がラクして、ゴミのポイ捨てから何から好き勝手やらかして、その後始末を完璧に一切合切、引き受けてなんとかしてくれるという”パシリ”としての救世主なんて、現れませんよ。

自分が自分の救世主として、どうにかしていく

ようじゃないとこれからの時代は、立ち行かないでしょうね。

そして、そのためには、これまで特に数十年、みんなが信じ込まされていた、あるいは見抜いてはいたけど大多数がそうしてるから静観しているだけだった「まやかし」が通用しなくなるにつれて、そのまやかしが消えた後でもどうにかできる力をつけ、発揮していくしかない。

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揚げ足取りだけみたくなってもアレなので、提言をば。

インターネットでノウハウをシェアしたりコーチングなど交流・連絡の手段が整備されたこともあり、今の時代は若い人などでも(若いからこそ?)、数ヶ月の育成で、例えばWeb制作など専門技術(手に職)を身につけてフリーランスとして仕事を請けていける”システム”がいわば成立は、しました。

個人力をつけることによって、雇われず、つまり雇い主である経営者という名の赤の他人や会社の同僚というこれまた赤の他人そして会社の経営状況やその(今後、それができたからといって職業人としての付加価値やキャリアに結びつかないのに毎日、朝から晩まで何時間でもやらされて自分には拒否権がない)業務内容といったもので自分の人生の大半の時間を棒に振らされるリスク、それによって使い物にならない老人になってしまうリスクは避けられるといえるでしょう。
そしてこれは、ある程度のトシになってしまった人であっても、必要・有用なら積極的に利用していくに越したことないでしょうね。

そして、冷蔵庫が普及したら氷屋は廃業していくしかなかったのと同じで、Web制作がお金を払ってもらえる付加価値のある職業的専門能力だとみなしてもらえる時代でなくなっていくなら、それはそれでアップデートしていかないと。
(現に今でさえ『Webサイト絶滅説』があります。Web自体はなくならないとしても、いわゆるドメインを取得してイチから独自にコーディングをしてサイトをつくり、そこにアクセスを集めて云々という流れは急速に廃れつつありますね。ツイッターなど大手プラットフォーム化したWebサービス内に公式アカウントを作成してそこでやっていく方が実際的となってきています、早くも。HTMLとCSSでゼロからデザイン起案して手入力でコーディングしていく手法自体も実はすでにとっくにオワコン化しているといえて、ジェネレーターで綺麗で実用的なフォーマットのサイトをパッと作れてしまうし、『そういったお仕着せのデザインではできない、細やかなこだわりを』とデザイナー側は言うかもしれませんが、そんなの誰が気にするかよw ですよね正直)

はい、ここなんです。
私が2つ前の段落で「仕事を請けていける”システム”がいわば成立は、しました」と、含みのある言い回しを使った理由。

時代はどんどん変わっていく。
そこで求められるもの、生き抜く手法も、変わっていく。
そこに柔軟に合わせてアップデートしていける人間が、強い。

かもしれない。

で、問題?は、「あんた誰?」「何者?」ってことなんです。

急速に変わりゆく時代に見事にキャッチアップしていけて、次々と仕事内容を変え、その都度いちばんオイシイ稼ぎ方なり暮らしぶりを実現できる……というところまで極めれば、いわば「私はカメレオンです」でいいのかもしれない。

でも、
「これ、という正体が掴めずコロコロと生き様から暮らしぶりから考え方から次々に変えていくカメレオンと、友達になりたいですか? 人間として信用できますか?」
と考えてみてください。

人は保守的な部分もあるもので、目先の得にすぐ飛びついて、たしかにいちいちうまくやって打率10割なんだろうけど「どんな人?」というイメージを掴めず、なんとラベルつけて記憶したらいいのかがわからない相手を信用できません。

誰もがやり方次第でお金でもなんでも、以前の時代よりうまくやれるノウハウが普及し、本人次第でできるもの……という考え方(というか事実)の方が多数派で常識化したら「お金持ち」なんて魅力薄?
貧しいからこそ生きていくのに不安を抱いて安心できそうなアイコン(この場合『お金持ち』という概念)を備えた人に寄らば大樹の下、とすり寄っていく弱い人たちからチヤホヤされてハーレムを形成できた時代は過去の遺物に!?

何かを多く持っているからスゲエだろ、での差別化は、「何か」がなんにせよ難しくなっていくでしょうね。

お金を個々人がどうにでもできてしまうなら、「金持ち」は魅力的なアイコンではなくなる。
お金の稼ぎ方として「いい会社で働く」が一般的・主流でなくなると、「有名上場企業で正社員」のアイコンも魅力薄。
もはや「有名上場企業で正社員」のアイコン自体が魅力薄なら、それを手に入れる可能性が高いからこそこれまでは魅力があった(のであろう)「高学歴」アイコンの魅力モネ。。。

それよりは、暇なときにスマホ開いて配信ライブ開始して、特にどうということもないくだらない雑談してるだけなのに
「可愛い!」
「今日も素敵だよ!」
「ライブ見て元気でた」
と大勢から好意的なコメントが寄せられて、おひねりたくさん、なんなら配信ライブの有料チケットを発行しても高値でバカスカ売れていく……みたいな、

生身の人間から「いいね」をもらえる人間のほうが、20世紀までは通用したアイコン各種(高学歴→一流企業の正社員→会社で出世しての役職という肩書き→お金持ち)をコンプリートできてるけどだから何、な人より魅力的であり、世渡りするにも強い

んです。

まさに、20世紀に芸能人志願者によく言われていた「個性」が問われる。一般人とされる人全員にとっても。

だから、その人となりを犠牲にしてでも、いいから勉強しろ、いい学校に行け、いい会社に就職しろ、それが人生安泰だ……という考え方は、正解どころか、大不正解の模範例になっていってしまっているわけですね。

いちばん大事な、人が人から「いいね」をもらえる普遍的にして唯一の本質的要素である「その人ならではの魂の輝き」としての個性を軽視してぶっ潰してしまうなんて。

そもそもお金が今後も通用し続けるとして(しばらくはそうでしょうね)、そのお金だって、人と人が信用なり好意なり”想い”を抱くからこそ流通するのが本質です。
これは、弱小でもなんでも(というか弱小であればあるほど)独立して、お客様としてそれまでは見知らぬ赤の他人だった人が、ほかならぬ自分のために財布を開いてくださるその瞬間に立ち会う経験をすれば、わかること。
むしろ、「月曜だりー」といって惰性で出社してようが給料日には決まった金額が振り込まれるのが当たり前、それを使う際にはコンビニの店員を人とも思わず挨拶もせず軽んじて買い物するのが当然……という生き方をしちゃうと麻痺したり、見失ったり、そもそも最初からお金の授受は人と人の心あってこそという本質を学べずにトシだけとっちゃう危険性もあるわけですね。


ここで(強引に、かもしれませんが)記事タイトル。

お金は豊かさじゃないし、欲しいものを手に入れるために働いてお金を稼ぐのは遠回りだし、「正社員で就職して副業禁止」は無能化への最短&一方通行ルート。それでいいのか、風の時代!?

「はぁ〜? 何言ってんの? バッカじゃないの?(←と抽象的に中傷はするものの(←爆笑)、どこがどうバカなのかについて論理的に説明はしてくれない。というか、言ってる本人も分かってない。普段、漠然と自分が信じてることと違うことを言われたので生理的に幼稚に愚かしく不快感を表明しただけ)」

という方はまさにその生き方を貫いたらどうなるか、参考事例にさせていただきまぁ〜〜〜す♪
(嘘。そこまでウォッチするほど興味ない)