シータヒーリング

多少なりとも不安な事もありますが、それに打ち勝てるわくわくがあり、その狭間だからこそ、上を目指せると感じました。

半年ほど継続して、シータヒーリングのレッスンを受けてくださっている方からの感想いただきました。

基礎〜応用DNA講座の受講を通じて、どうしても思考のワーク、掘り下げカウンセリング主体になってしまっている面があり、肉体的な疾患をヒーリングすることについて漠然としたイメージしかないので詳細を、との内容でレッスンしました。

ここはシータヒーリングのテキストではほとんど詳細な解説はされず、また実際
「シータヒーリングといえば掘り下げ。思考の土台を変えたり、感覚感情だかをダウンロードするってやつでしょ。最高最善とかいって」
みたいなイメージで広まり、セッションもお悩みカウンセリング的なものとして提供されることが多いのではないでしょうか。
(それが悪いわけではないのですが)

なので、基本中の基本でありながら、肉体のヒーリングって意外と苦手というか、そもそもそんなにやったことない人いるんですよね。

いつもお世話になっております。

先日はシータヒーリングのレッスンを、
ありがとうございました。

自分で自分の乾癬を治すというレッスンでしたが、
ヒーリングの最中、これまで自分が許さなかった
「自分を受け入れる」が感じられ、気付くと涙があふれていました。

直後の肉体の変化は、炎症がひどかった箇所の赤みもひいており、
じんじんする痛みが無くなりました。

今回のレッスン、掘り下げしかしてこなかった自分には、
直接的なアプローチをする事で何が起こるのかが実感でき、
とても大きな一歩になりました。

また、レッスンが進むにつれ、
今まで苦行でしかなかった練習が、純粋に楽しくなっていき、
さらりと当たり前のように、始められるようになりました。。

よく視えない時でも、現時点で視える事や感じられる事を
受け入れる事ができたり(今までそれが出来ず苦しかった)、
できないなら、どうすればできるようになるかにシフトできた事も、
ありがたかったです。

多少なりとも不安な事もありますが、
それに打ち勝てるわくわくがあり、
その狭間だからこそ、上を目指せると感じました。
うまく自分をコントロールしていきます。

シータのレッスンとしてだけでなく、
はまっていた「ダメな人間で居る恩恵ループ」から
引っ張り上げてくださったusamimiさん、
そして毎日前進させてくれたマルチプルアバンダンスには、
心から感謝しております。

長期に渡り、本当にありがとうございました!

おやっ、末尾にはマルチプルアバンダンスの恩恵の話まで。

この方が書いておられる、「ダメな人間で居る恩恵ループ」は、よほど何か大きな責任を自分が果たさないとどうにもならないというような(稀有な)シチュエーションにいる人でもない限り、メリット甚大です。

ぶっちゃけ、そんなたいした人間でなくとも、この世は渡っていけます。
日本のような衛生的な国ではとりわけ、たやすいです。

誰かしっかの好意に甘えて依存して、自分では責任をとらず、下っ端で何かを命令されたりして不服な点があるにせよ、そこは耐えるのにも慣れてるから、我慢する。
その、ちゃんとしないから耐える羽目になるつらいことを
「生きるのがつらい。ラクになりたい」
と嘆きつつ、そうやって嘆きながらも日々を生きるということを大人だと十数年、数十年してきてしまっているから、なんだかんだいって自殺もせず生きてはいる。生きてはいける。
恨めしくどんよりと暗い有様で自分勝手にいろんなものに不満を感じて嫌ったり怨んだり憎んだりはあるけれど、1日3食かそれ以上のおやつや買い食いもして、着る服にも住む場所にも困らず、冷暖房のきいた部屋ですごして、あったかいお風呂やシャワーを浴びる毎日を送っている。

そういうもんです。

しっかりした人間になるメリットは、味わった人にしかわかりません。

だから、ダメ人間でい続けるメリット甚大な人は、めんどくさいけど綺麗事としてそう言わなきゃいけないような心地で
「しっかりしなきゃ」
と捉え、同時にうんざりげんなりして
「私には無理。責任とるの怖い」
のままでいたりします。

本当に責任をとったり、上達や成長していくことがどんだけ有利で面白い充実したことかを知らないんですね。

この方はレッスンの半年間を通じて、シータヒーラーとして一人前になりたいという目標を通じて、人としてダメダメな有様から回復・改善したいということも意図しておられました。

頭でっかちに意識高くなっては心が折れて、心が折れて目標どおりに行動できない自分を責め、今度は「どうしてしっかりした人間になんて、ならなきゃいけないんだ!」と(べつに誰かから強制されたわけでもなく自分で思い立ったことのはずなのに)漠然と他人のせいにして責め、怒り、しばらくしてやっぱり今のままじゃ嫌だと思って頑張ろうとする……というようなことを、揺れに揺れまくっておられました。

で、いただいた感想にあるように、「ちゃんとできるようになる(ための練習をする、練習した能力を発揮してみる)」とはどういうことかを把握した途端、それまで面倒で怖いものでしかなかった成長やそのための練習が、楽しく面白いものに感じられるようになったというわけですね。

ここね、ヒーラー志願者だけじゃなくて、「私なんて弱くて出来そこないだからダメだよぉ、もぉマヂ無理」と思ってる人全般に、知ってもらえたら面白いんじゃないかなと個人的には思っています。
(同時に私は、その面白さを知らず、100%めんどくさくて怖くて損することばかりだという先入観に呑まれて、何かでしっかりすることから逃げ回ってる人を見るのも面白くて好きです。弱者を演じつつ面倒なことからうまいこと逃げおおせてると内心ニンマリしてる、その勘違いプライドと歪んだ自尊心が滑稽で)

感想あざした!!

あ、シータヒーリングのレッスンやってますんで気になる方はドゾー。
(やる気のない営業)
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同じようなネガティブな心理状況を何度も繰り返していたのは、 そこまでたどり着けずに根本的な解決ができていなかったから

シータヒーリングセッションの感想いただきました。

別れた相手を忘れられず後悔や怒り、相手への未練に苛まれるというゲイの方からの相談でした。

先日シータのセッションでお世話になったものです。この度はありがとうございました。

数日たってしまいましたが、お礼と感想をお送りしたくご連絡差し上げます。



セルフワークでの創造主とのチャネリングで、「自尊心の問題」と読み取ってはいたものの、

そこから先がどうしても進まず限界を感じてしまい、今回のセッションを依頼させていただきました。

セッションのなかで自尊心に関わるキーワードが出てきたときに(やっぱりそこか)とは思ったのですが、

まさかアスラの亜種がかかわっていたとは思いもよらず驚きでした。

セルフワークで取り組んでも、同じようなネガティブな心理状況を何度も繰り返していたのは、

そこまでたどり着けずに根本的な解決ができていなかったからなのでしょうね。

また、相手の人と今生で交わしたエネルギー的な契約や繋がりは、セルフワークで解消していたつもりだったのですが、

前世での契約が残っていたのには気が付きませんでした。

自身のワークでそこまで読み解いていくのは今の私には難しいようで、やはり信頼ができる方にお願いして正解でした。



セッションの流れも無駄な部分を一切感じずスムーズで、掘り下げも脱線せず、手際の良さには感動すら覚えました。

また、相談内容や私の発言に対して、会話や表情の中にusamimiさん自身のジャッジがまったく入らないので、

相談する側としてとても安心感、信頼感がありました。

相談内容が特殊(?)な痴情のもつれ系だったことと、自身の起こした行動に対する負い目もあり、

セッションを申し込むさいに散々迷ったのですが杞憂だったようです。

とてもリラックスしながらセッションを受けさせていただいたことで、自分の内面にも集中することができました。

ほんとうに助けられました。

ありがとうございました。



その後、連日続いていた、自分でコントロールができなくなるほどの強い感情のぶり返しは起きていません(多少の揺れはまだありつつも)。

今回の件に関しては、これでようやく気持ちの面で解決に向かうようです。

今後は経過を観察しながら、必要なときはセルフワークに取り組みつつ、前に進んでいきたいと思います。



この度は当日の急な依頼にも関わらず、セッションの快諾をしてくださりありがとうございました。

また折にふれお世話になることがあるかと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


あざっす。

記事タイトルにもさせてもらいましたが、わりと

「さんざんワークしましたよ? でも解消しないんです」

と言い、それはつまり

「この悩みは、問題の原因を掘り下げて特定して対処しても治らない、特別に厄介なものなんです」

という意味の主張になっている人がいます。
(この感想をくださった方はそういう方ではないのですが、あくまで一般論として)

で、よくよく見ていくと、必ず、取り残し、やり残しがあるんですね。

できていない人ほど、「自分はさんざんやった(=できているはず)」と胸を張ります。
(ついでにいうと、口もとがらせますw)

同時に、自分をあれだけ消耗させ労力を使わせたのだから、物事は解消に向かっていて当然、というような、迷信めいた思い込みも持っています。
でも、どれだけ何をしようが、できていなかったら、成果0なんです。
たいていそういう人は、「やった」と自分が思う行為の量をカウントしています。
それで、たくさんの行為量がカウントされていっているのに、成果が0のままだと、それがとても理不尽なことであるかのように嘆いたり憤ったりする。

「どれだけ行動したところで、成果0のままの結果にしか結び付けられないダメな下手くそがどれだけやっても、それは全然やったことにならない」

という正論を聞くと、聞かなかったフリしてとぼけたり、相手を睨みつけて憤慨したりします。
そういうことやってるからいつまでたってもできないんだよ、ということに気づかないんですね。
そして「失礼な!傷ついた!」と、相変わらず被害者意識ぶちまけ放題で、自分のほうが正しいという立ち位置を崩さない。
自分から成長の機会もきっかけも全部、捨てておいて、褒めてほしい認めてほしいという承認欲求だけは捨てない。
(この感想をくださった方はそういう方ではないのですが、あくまで一般論として)



これだけ書くとただの精神論というか、安易なお説教みたいなのでもう1つ。

シータヒーリングを習ったばかりの初心者は、なにもかもをビリーフワークで、しかもほんとにビリーフとフィーリングだけで解消していこうとしてしまいます。
場合によりますが、それだけだと、(確かに信念体系という範囲内での土台にはたどり着いて解消できる可能性はありますが)信念や感覚とは別のところに(も)原因がある場合、問題を根本からは解消できない可能性があるんです。

シータヒーリング実践者でも応用以降のクラスに出るとわかるかと思いますが、現実に起こる問題って、なにも信念(Belief)と感覚感情(Feeling)の問題だけじゃないんですよね。

呪術とか、契約とか、その他もろもろのいろんな霊的事象が絡まって起きてます。

基礎DNA修了だけでシータヒーリングのエッセンスは学び完了……とは、創始者ヴァイアナが言います。
私もそう思います。

ただ、それはエッセンスであって、たしかに本質的ではあるけれど、応用以降のテキストで出てくる新情報を

「へぇ〜、知らなかった(=自力で創造主とのチャネリングを通じて見出すに至っていなかった)」

という人は、普通にクラスを受講していけばいいと思います。

(かくいう私は、新設されたどのセミナーに出ても『うん、前々から知ってた。ようやく気付いた?』と、幼稚園児の発育を見守るような心地になっていることもあり、ちょっともう単に新しいセミナーだからという理由では出る気が起きなくなりつつあるというのもあるのですが)

信念と感覚以外の霊的エネルギー要因をすべて視野に入れたうえでチャネリングでの想念情報のやりとりを総動員して、お客様の問題をしかるべく紐解けるだけの力量を、ヒーラーなら身につけていきたいものですね。

ってなにこの前向きな〆w

満足度120%セッション

タイトル見ただけでカチンとくる人いそうですが、シータヒーリングセッションの感想いただきました。

先日は、セッションをありがとうございました。

直感リーディングの素早さとエネルギーチェックの的確さ、素晴らしかったです。

時間の調整コマンドも感動もので、1時間セッションでしたが、
過去生をusamimiさんが視てくださったり、誘導で自分で視に行ったり、
また『今後これをやることにしました』とお伝えしたことに関して、
さり気なくディバインタイミングのチェックをしてくださって、ダウンロードもしてくださるなど、
シータヒーリングで出来ることのアレヤコレヤが、盛り沢山に堪能できて、
『本当においしかったです。ごちそうさまでした。m(_ _)m 』の満足度120%セッションでした。

今回は、イシューの解消というよりは(大筋)「見極め」と言われ、自分でもセルフやペアワーク等でしていて、
それでも「なんかコレしつこくあるなーひっぱるなー自分」という感じがしていたネタだったので、
確認していただいて「ああ、やっぱココか(笑)」と、本当に腑に落ちて納得できました。

心から今は「もう大丈夫」な感じがしています。
お願いして、本当によかったです。

その人のその時点で必要なこと、そして出来ることを、
まるで本人になったかのようにエネルギーに添った上で創造主チャネリングされるので、
無駄がなくて安心感があり、一言で裏側をわかってもらった感じです。
その上面白かったです(笑)

また顕在意識でも確認しておくことが重要な『なぜこのパターンをやめて大丈夫なのか』も、
自分でしっかりと確認することが出来ました。


創始者がそう言ったからのルール云々の方ではなく、
シータヒーリングの根本的な基本(何があっても創造主チャネリング→翻訳で進める。正直に伝える)を、
これでもかくらいきちんと実践しているセッション
で、且つ個性的という

『一言で言い表せないので、一回受けてみて?(笑)』と、

(私が言うのもおこがましいですが・笑)
太鼓判で人に教えたくなっちゃうセッションでした。

usamimiさんのヒーラーとしての在り方、というか人として(?)も、
セッションを通じて見せていただくことが出来て、感謝の気持ちでいっぱいです。


セッション後ですが『時間を有効に使って、心軽やかにサクサクと進めるようになりたい』が、
安心感と共にキープできていると思います。

&創造主に繋がった時の体感・感覚にも変化が出るなど、嬉しいセッション効果もありました。

すごく助かりました!

usamimiさんも、お忙しいようなので、大事になさってお過ごしくださいね。
また何かありましたら、お願いしたいと思います。

本当にありがとうございました。

あざっす。

ピンクの太字にしたところは、創始者ヴァイアナがちゃんとセミナーの最中に大事だと口頭で教えており、かつ私自身、大事だと思っている、シータヒーリングセッションを行うプラクティショナーとして大切なポイントです。

順に、ざっと解説しましょう。

・時間を操作する

 シータヒーラーは、同じ1時間でも、時間の法則に働きかけて、数時間や十数時間、あるいはそれ以上もしくはいわゆる1時間未満の長さに時間を曲げることができます。セッションの最初に「このセッションが最高最善になるように」というコマンドを、「時間がちょうどセッション完結しておさまるように」という意味合いも含めてしっかり行うことで、そうなります。というか、そうします。
(注:プラクティショナーが、時間の法則に時間を曲げてもらえるだけの免許証としての美徳各種をしかるべく持っておいたうえでコマンドしないと効きません)

・クライアント(=客)のパラダイムに立ってエネルギー霊視・チャネリングを行う

よく、「相手の立場に立って考える」ということを、「私だったらAさんの立場に立ったら、 Aさんと違ってこう考える」というふうに、立場だけ相手と同じにして、自分なりの思考パターンで考えてしまう人がいます。これ、相手のことを理解するという観点からすれば、ほとんど意味ありません。むしろ、相手の考え方を否定して「私なら!こう思う!」と対立させてぶつけるようなものです。
それと同じで、シータヒーリングでクライアントの置かれた状況について霊視やチャネリングしていくときは、クライアントと同じ思考パターンに立ちます。
というか、自分自身が、クライアントさん本人になったかのように、まるで俳優が役作りをするように、します。自分自身の価値観ではこう考える、という意見は、脇に置いておくのです。
(エゴイスティックな要素が強く、自分は自分はとなってしまう人は、これができません。自分を捨てることができるかどうかが問われます)
もう少し具体的にいうと、クライアントの思考パターン全体をまるまる、スキャンしてコピーして、自分自身に一時的にダウンロードします。まるっきり、クライアント本人の思考パターンになりきってしまうのです。
ほんとのダウンロードとは異なり、着ぐるみを着たり脱いだりするかのように、
 ・自分自身のパラダイム(といってもセッション中は書記として存在しており、主張することはまずありません。し、させるべきでもありません)
 ・創造主の観点
 ・クライアントのパラダイム
を行ったり来たり、同時に3つのパラダイムから見たりします。(これは私の独自のやり方ではなくヴァイアナがちゃんと推奨してるやり方です)

主に、創造主の観点とクライアントのパラダイムの2つの視点のみを切り替えていきます。

相手の立場には立ったものの自分のパラダイムで観えたエネルギーを解釈するというのは、シータヒーラーであれば絶対にするべきではありません。というか、する必要がありませんし、そういうことをするテクニックはすでにシータヒーリングとは呼べません。
(が、これをやってしまう人は、大勢います!)

・思考パターンは霊的に変えればそれでいいのではなく、顕在意識でも考えて納得したうえで置き換える

エネルギーとしての思考パターンさえ変えてしまえば、べつに顕在意識で話して教える必要はないと勝手に決め付けている人がいますが、そんなことは少なくともヴァイアナは言ってませんし、またヴァイアナが言ったか言わないかとはべつに、そもそもナンセンスであることが論理的に考えてみればわかりそうなもの。
どうしてかというと、シータヒーリングのコマンドで想念エネルギーとしてのbeliefを置き換えたとしても、記憶はいじってませんし、顕在意識で何度も何度も相変わらず、記憶を再生して想念を生み出すことで、土台から再生してしまうことが考えられます。
だからです。単にエネルギーを置き換えるだけでなく、考えることや話す言葉に注意して自制せよというのはテキストにもありますね。
ほか、(日本ではこれはとりわけ、論じられることがないのですが)どれだけ思考パターンをコマンドで変えようと、実際に物理的に行動を起こさなければ現実は何も変わりません(←アメリカ本国ではこのことの重要性をものすごく強調してヴァイアナは話すのですが、どういうわけか日本人はほとんど馬耳東風)。

・自分の意見は絶対に、一切、微塵も混ぜず、創造主とチャネリングして得られたことのみを話す


いうまでもないことのはずなのに、堂々と
「はい?なにを習ってきたの?w 創造主の言葉を告げるのは、『今から七層に行って創造主から言葉をもらってきまーす』といって貰いにいった場合だけ。それ以外は、プラクティショナーが自分の意見を話し、掘り下げテクニックで教わったやり方に沿って頭を使って掘り下げていくに決まってるじゃないの。セッションの最初から最後まで七層と繋がってるだなんてバカ言わないでよ」
と言う人がけっこういます。どうなってんだ。



シータヒーリングでは、ともすればシータヒーリングを習った者同士の間で

「お前のやり方はガイドラインどおりじゃない!間違っている!」

の糾弾合戦が始まってしまいます。

アメリカなどへ出向いてヴァイアナから直接、教えを受けたという人なら間違いないかというとそうでもなく、たとえばセミナー中にガン寝していたり(←その人が受け入れられない波動や内容のことを話すときだけみんな的確に寝ます)、英語を直接聞くのではなく通訳頼みだったり(しかも同時通訳というのは、どこまで器用に行っても情報に漏れは出るものです、ニュアンスも変化しますし)、単純に記憶違いだったり、いろいろな理由で間違えます。

私自身、ヴァイアナと1mと離れていない距離で、

ヴァイアナ「〜はできない。してはいけないから注意してね」

普段から〜はできると教えてきてしまっている日本人A「え、いまなんて言った?できないっていったの?(気まずい)」

日本人B「え、ごめん寝てた。聞いてなかった」

日本人A「〜してもいい、って言ったよね?」

日本人B「あ、、、うん。たぶんそう」

日本人A「できるできる!できるって言ったよ、絶対!」

日本人B「あ、ありがとう!〜はできる、と(ノートにメモ)」

となるのを何度も目撃しました。

受講生が至らないせいでそうなってしまう場合もありますし、明確に悪意を持って相手を間違ってると糾弾して攻撃したい人となると、火のないところに煙が立ったことにでっちあげてでも、なんとしても屁理屈こねて糾弾してきます。

私個人のスタンスでいうと、他の人ができてなかろうが実は究極をいえば私にとってはどうでもいいので、いちいち余計な口出しはしません。

で、私のやり方が間違ってると糾弾してきた人を相手にすることも、ほとんどないです。

というか、こういうガイドライン云々でぎゃあぎゃあ言う人って、

発売されている書籍やセミナーで配布されるテキストを、ろくすっぽ読んでない

んですよね。知識が歯抜けだし、曖昧。

エネルギーワークだからテキストなんかテキトーでいい、とか思ってるとしたら、エネルギーワーカーとかスピリチュアルヒーラーという以前に、人間として、物事への取り組み方がいい加減でダメなんじゃないでしょうかね。
(……ということを実際にシータヒーラーやインストラクターに言うと、『すべては愛!べつに本を読んだかどうかじゃないの!愛なの!感じて!あなたにはまだわからないでしょうけどw 愛を知らないんでしょうね。そのうちわかるわよ』とかなんとか、信じられないようなことをいけしゃあしゃあと言い返してきます)

あと、

創造主を、「(個人としての性格を持ち、意見を言う)人物」と捉えている人

はもう、シータヒーラー名乗るのやめれば?って感じです。

(でもこないだ、信じられないことに、『創造主っていうと単語からして、まるで人みたいに感じられちゃうじゃないですか!だから私の中では創造主は人です。それ以上、口を挟まないでください!私は創造主を人物として捉え、そんな人物としての創造主なら信頼できないというスタンスを崩すつもりはありません!でもシータヒーリングを完全にやめるとかやらないということもなく、創造主の機嫌がいいときにいちおうお願いしてみるという手段はとっておきたいので、信用もしてないし疑ってますけど、いちおうシータヒーラーとしてセッションとかは、します』と明言した人がいました。これ、厳密にいえば、もし『創造主は人物ではない』のが真実だとすれば、『創造主を人物だと捉え、それを信頼に値しない存在だと評価する。ゆえに、シータヒーリングはいい加減で胡散臭い』という反論は、前提部分がズレてるので、そもそも成立しないってことがわからないんでしょうか……。ていうか、こういうこと言ってて本人は恥ずかしがってる気配もなくむしろ、『シータヒーリングなんて新興宗教に騙されずに上手にヒーリングテクニックを使い分けてる賢い人間』くらいのドヤ顔をしてたのが印象的でした。脳みそにウジがわいてるって、こういう人のことを言うんでしょうか)

ただ、本当に自分のやり方・理解がシータヒーリングというモダリティのガイドラインに照らして間違っているのかどうかについては、既存のテキストや出版された書籍に記述があるかどうかを何よりの拠り所にすることにしています。

続いて、ヴァイアナから直接セミナーを受講して彼女が話した内容(これは、私の記憶やメモが頼りとなる分、証拠としては弱くなるので、せめて信頼できるシータヒーリングインストラクターの知人に口頭で確認するなどはします。それでも厳密にいえば、絶対の証拠とはなり得ないのですが)。

自分でセミナーを開催するときは、このようにして物理的現実的には、教え方がブレないように注意します。

ただね。

創造主につながってチャネリングしたりコマンドした内容が、ほんとに物理現実でそっくりそのまま寸分のブレなく成立してれば、人間が制定したガイドラインすら、本当をいえばどうでもいいんですよね。理解が正しければ現実がそうなるし、間違ってればコマンドが効かないだけの話。シンプルシンプル!人間同士の議論の余地なんかない。エネルギーワークですもの。

いちおう、人様に教える場では常識的対応を心がけていますが、自分で使う場合や、あらかた習熟した受講生の方には、雑談的にこのように伝えたりもしています。

私自身、ようやく第六層の法則としての波動帯域およびそれらが構成するこの物理的宇宙空間の成り立ちを以前よりはっきり理解できるようになってきました。
傷を瞬時に治したりという物理的な変化を起こすコマンドは、テトリスのように、あるいはPhotoshopで画像を修正するように、明確に法則たちが物理空間や物質を構成するエネルギーに対して、分子構造の変化という結果につながる変容を見届けてこそなのだなとわかってきたのです。

「言われたとおり、上昇法で七層とつながったから、あとはお祈りすれば、創造主様がなんとかしてくれるだろう。お願いします!」

みたいな願掛けレベルのコマンドだと、たぶん、骨折や末期がんを一瞬で治すとかは、無理なんじゃないかな。。。

存在の層クラスで明らかにされた美徳というハードルもそう。
仮に瞑想状態や思考パターン(belief)が完璧でも、その人がそのコマンドを成就させるのに必要な美徳をすべて十分なクオリティで持っていないと、コマンドは効かないのです。

シータヒーリングはインチキだ、という人のほぼ100%が、この、

自分が美徳ボロボロだからコマンドが効かないだけのくせに、シータヒーリングというモダリティ自体の信憑性を疑い、好き勝手な憶測でdisって、いい気になってる

だけぽいぞ、と個人的には思っています。

それも自由ですけどね(笑顔)。

一番驚いた身体的な変化は胡座ができるようになった事

アフロディーテ・ビューティレイとシータヒーリングセッションの感想いただきました。

お世話になっております。
アフロディーテのアチュートメントとシータヒーリングを申し込んだ者です。

今回も女性の方に耳が痛い事をズバズバ言われると覚悟して行ったのですが
終始楽しく和やかに終わった印象がありました。


感想というかその後の変化です。

アフロディーテアチュートメントの際にネガティブな
感情を思い返して暇つぶしに使ってますね。と、言われたのは刺さりました。
気づいたらストップを掛けるようにしています。
あと、自分の人生の中で一番ネガティブじゃない自己肯定感があるのを感じます。
美って他人と比べることじゃなくて、自分を肯定することなんですね。

ここからはシータヒーリングの感想です。

一番驚いた身体的な変化は胡座ができるようになった事です。
たいした事では無いと思うかも知れませんが、7歳ぐらいから
28歳の今までずーーーと出来なかったのがするっと出来て
本当にビックリしました。セッション中に子宮からネガティブな
エネルギーを取ったから?

また、セッションが終わった後にぐるぐると昔の事を思い出して
(虐められてたこととか、昔の恋人に対する怒りを覚える出来事とか)
これじゃあセッション中に指摘された、暇つぶしに昔のネガティブなことを
思い出して楽しんでる癖が治ってない・・・と思ったんですが、ふと
これって過去の出来事を思い出して、今の自分の感覚で過去の出来事を
再定義し直す事が出来るってことじゃん!!と気づいたあと、
私はああ言いたかった、こう扱われたかった、と一度考えたらそれ以降
ぐつぐつと感情が湧いてくることも少なくなりました。

普段の生活では人と対面で話している時に警戒心とか自分の中の緊張感が
無くなっていて人と話すのが恐くないし、多分、今私感じのいい人になってる!
という確信が持ててます(笑)

今までは未来が恐かったのですが、これから色々なことを体験していくこと、
色々な人に出会えること、自分の未来が肯定出来る物と信じれるようになったのが
とても良かったなぁ、と思ってます。
(セッションが終わった後、子どもを持つことに対する恐怖心が
無くなったのも驚きました。むしろ今はいつか会える日が楽しみです。)

感想は以上です。

今回3ヶ月ぶりにusamimiさんにお会いしましたが、本当に若返っていてビックリしました。
あと周りの空気というかオーラが聖人というか清々しい!!美の波動というか
居心地が良い空気ってこんな感じ、と良いお手本を見せて頂いて本当に感謝です。
お手本にして頑張ります!

ありがとうございます。

ヒマなとき、かつて味わった不幸体験を脳内で再生して(それがネガティブな感情であっても呼び起こして)興奮する、退屈しのぎに使う

というのは、満ち足りた幸せを好きなときすぐ創り出せる(だけの波動への到達や現実世界でのそれまでの行いを通じて環境を培ってきている)人でもない限り、ショボめの庶民が何千年も十八番(おはこ)にしてきたエンターテインメントです。
一人で思い出して楽しむ、こっそりオナニー的な不幸体験再生プレイもあれば、2人以上になると、お互いの体験や知人の愚痴を(クリエイターの本領発揮!とばかりに大げさに尾ひれをつけて)ゴシップ!ゴシップ!!(相手より見事な不幸エピソードを語れたり、相手から同情してもらえたらそれを称賛と捉えて誇りを感じて自尊心UP!!!)

そこから脱却するための膨大な「まだですか?もっとですか?これまでさんざんやったのに!!」的な努力と行動、しかもそれをちゃんと成果に結びつける作業が必要です。
たいていの人は、そんな大変なことにチャレンジするなんてまさかまさか。慣れ親しんだショボめの不幸ゾーンで、慣れ親しんだがゆえの安心を感じ続けることを(多少以上につらさがあろうとも、そのつらさや苦労に耐えるのも、それはそれで何千年も先祖由来でやってきて十八番と化しているので)選びます。選んでいるということすら忘れ、あるいは認めずに「しゃあない」「世の中、そういうもんだから」「選ばれた恵まれた一握りの人に、私は入れなかったから」と他人や世の中のせいにして、しれっと自分を正当化して、堂々と思考停止。

でも、今回、感想をくださった方のように、そこから脱却するほうを選ぶという方は、ほんとすごいよなぁと思います。

この方の感想のなかにありますが、かつて誰かに裏切られたりいじめられたりして酷い思いをし、その相手を恨んだり怒ったりの感情を溜め込んでいると、その恨みや怒りは、「匂い」のように、周囲に伝わります。
湿布を貼ったり、ウンコ漏らしたりしたら、服に隠れて直接はそれが見えなくても、漂ってくる匂いで「!?」となりますよね。
それと同じで、誰かを恨んだり怒っている人間というのは、表面上、笑顔でも、いま目の前にいて話している相手に対してはべつに恨んでも怒ってもいない場合であっても、なにより相手側が自分のかつての思い出のことを何も知らないとしても、わかるものなんです。

人は誰しも、弱い動物としての側面を持っており、そこは理性ではなく動物的な直感で「反応」する部分を持っています。
よほど自分に余裕があったり、危険かもしれないことも怖れずに取り組んでいくところまで修練を積んだ人間でもない限り、得体のしれない攻撃性や残酷さ、怒り、恨みといったエネルギーを感じ取ると、それを発している相手を警戒しますし、「やられるより先にやっちまえば安心」という本能から、攻撃したくなります(動物が、恐怖を感じる相手にシャーっと唸るように)。

このことを自覚していない、かつてのいじめられっ子とか、すぐ他人を恨んで長く引きずるタイプの人は、自分が発しているネガティブなエネルギーのことに気づかず、(それまで人間関係がうまくいっていなかった分、次からはうまくいかせたいという思いが過剰になることもあって)新しく知り合った人には、わざとらしい笑顔で本音を隠して接します。仲良くなろうとする素直な気持ちがないわけではないのですが、かつて溜め込んだ怒りや恨みのエネルギーが周囲に漏れたまま、本音を伏せてニッコリ微笑んで近づいてくる人というのは、相手からしたら不気味でしかない。
そして、自分は嫌われやすいとか、人間関係がうまくいかないと体験を通じて感じ、そのことにやり場のない怒りを感じている人ほど、新しく知り合った人に笑顔で接したのに、引かれたような対応をされると、
「あ、そう!あんたもそのクチ?そうやって私のことを嫌うんだ?あーそうかよ。わかったよ勝手にしろよ!」
的に、また攻撃的になります。
(そもそも、自分のことを相手が好きになるか嫌いになるかは、相手側の自由意思の選択であるわけで。『私が笑顔で接したんだから私のことを好きになって感じよく接しろ』と強要する気持ちを持っていること自体、コミュニケーションというよりは支配のための主導権争いになってるんですよね)

この悪循環。

これからは現実をうまくいかせたい、と思ってはいるが、結局は「自分の思い通りにしろ」と周囲の人間に都合のいい要求を暗に押し付けている。しかも、堂々と相手にそう告げるならまだしも、表明せず、心の中でだけ、思っている。……だからうまくいかない。
人間関係がうまくいってない人あるあるです。

行動のほうは、ここに書いたようなノウハウというかに頭で気づいていき、行動を修正・改善していくという顕在意識での努力が継続的に必要になります。

が、潜在意識で抱えている、かつての嫌な体験に基づく怒りや恨みなどのネガティブな感情エネルギーの解放という点では、スピリチュアルヒーリングの真骨頂。

両方の良さをわかる方、車輪の両輪のように両方から現実を改善していきたい方に、スピリチュアルヒーリングを上手に活用していってほしいと思います。

裏を返せば、顕在意識での学習や気づき、行動の継続や修正といったことを抜きにして、
「いいからスピリチュアルなエネルギーとやらでスパーンと私の現実を何もかも変えてちょうだい」
と言う人には、実はスピリチュアルヒーリングは向いていません。
感想をくださった方は、胡座をかけるようになったという変化に気づかれましたが、現実で何が変わったのかをウォッチする気持ちもない場合は、
「ちょっとー、ヒーリングセッションうけたのに、どこも変わらないじゃないの」
と思うでしょうし、また何かが変わったとしても
「そんだけ?w ていうかべつにそこをそう変えたいなんて、思ってないんですけど〜?」
みたいに、否定的に捉えておしまいになります。

ヒーリングセッションでは見えないエネルギーを確かに動かしますが、そのことがその人にとってどれだけの恩恵とするかしないかは、半分は自然とそうなるかもしれませんが、もう半分は自分次第……くらいに考えてたほうが、(過剰に期待だけして何もせず、何も起こらないことにがっかりするよりは)健全かも、と思います。

長々と書いちゃいましたが、感想ありがとうございました!!

スピに抵抗ありまくりだった私もすんなり腹落ちし、 ここまで出来るようになった

シータヒーリング基礎DNA講座の感想いただきました。

基礎DNAでは大変お世話になりました。
講習後、お姑さんとの関係を変えようと思いました。
基礎を受けるまでは、

お姑さんとの仲を改善したら
されてきたあんなこと、こんな事が無かった事になってしまう・・・
一生手放さずに生きていこう

そう思っていたので、
“変えよう”と思う事さえ驚きです。
ワーク中にもこれらに関係する思い込みを解消して
いただいたせいか、残りの問題も解消しやすく、
人生の中でこんなに根深いものはなかったくらいの
人間関係でしたが、結構あっさり・・・。

お姑さんに対する恐怖もなくなり、
お姑さんに“された”ことも自分が同意していた事なのだと、
あれだけ納得したくなかったことが、
すんなり受け入れる事ができていました。

また、主人の父の肺がんの手術があり、
癒着していて難しい手術という事でしたが、
無事終わり、二週間入院予定でしたが、
手術の翌日から歩き、「お父さん元気、ピンピンしてる」
とのメールがきて、5日で退院できました。

更に、講習中には主人の店の客層が大きく変わり、
主人ものびのび出来るようになったそうです。
私も、シータを提供していくイメージがしやすくなりました。

日々、ぼこぼこブロックが出ていますが、
いちいち「うっ」と詰まるというよりは、
「そうなんだ、じゃあこうしよう」など、
以前では考えられない程、冷静に淡々と対応出来るようになり、
(むしろブロックに対応する時、楽しいとさえ思う)
生きる事が楽になりました。

ちなみに、

・指、膝、胃、腸など、痛い思いをしても1分以内に痛みが消えた
・たまに原因の解らない子供の夜泣きも、解るようになった
・電車で乗り過ごさなくなった
・渋滞に巻き込まれる事が多かったが、設定した時間ぴったりに
 着けるようになった(18日の雪の日もスムーズ)
・じゃんけんで相手のだす手が分かり勝つ
・年賀状のお年玉、最高切手シート1枚だったのが、
 今回3枚と、初めて2等の「ふるさと小包」が当たった
 (1等の10万円!と思ったが、まだタダでお金がもらえるという事に抵抗があり、解決したら再びやろうと思った)
・PC動作重くなり、思い当たる感情を解放したらPC問題解決し動いた
・人の顔が思い出せず、情報を求めたら2分後に電話がかかってきて、
 声を聞いて思い出せた

などなど、シータ便利です。

地に足がついていて、現実に活かしている。
そんなusamimiさんが講師だったから、
スピに抵抗ありまくりだった私もすんなり腹落ちし、
ここまで出来るようになったのだとお思います。

本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

現世的にみて、小さなことだけどできると便利、ということを思いついて実行して成果が出ているというのが、なにより嬉しいです。

シータヒーリングの技法は、創造主と呼ばれるエネルギー(←あくまでも人物ではないし、霊的存在でもない!)との共同創造をするということだけが根幹なので、要はなんでもできちゃうんですよ。

創始者ヴァイアナも、基礎さえ受ければ、どんなコマンドでも同じ要領でかけられるようになる(ただし効くかどうかはその人やクライアント次第)と言ってますね。

ごく?一部には、

「このクラスを受講しないと、このコマンドは使えるようにならない」

「テキストに載っていない内容のコマンドは、できない。もし勝手にやったらガイドライン違反」

など、もうどこから突っ込めばいいのか的になってる人もいるぽいんですが、まぁ、それぞれ自分が正しいと信じることを信じていればいいんでしょうね(笑顔)。

べつにヒーリングだからって、心身が病んでるのを回復させることにしか使っちゃいけないなんて決まりは、ないんです。

ごく当たり前の日常生活を、望ましく送るために、使う。

そのために、

「シータヒーリングを使って、日常生活をどんなふうによりよくできるだろうか」

を、楽しく考えて、やってみる。

できたら自信をつけて実力を上げてさらに応用の余地を探る。

できなかったら、何が原因でうまくいかないかを(創造主に尋ねるでもなんでもまたシータヒーリングを使えるなら使って)調べる(←これ、重要です!人間が頭で考えて、できるだろう・できたらいいなと思っている内容のコマンドが、霊的な摂理に照らして整合性がとれないためにコマンドが成就しないという場合があります。そういうことがあるということ、なぜそういうことが起きるのかを学んでいくことで、より霊的な仕組みについて詳しくなっていくことができ、どういうときに超感覚的な能力が有効なのかそうでないのかの見極め力がアップします。つまり(問題の対処方法の切り分けができるので)現実への対処能力がアップするということ。そして、超感覚的な能力一辺倒ではダメで、あくまでも肉体を使って物理的行動を伴って現実的に経験をすることの尊さと意義がより際立って把握できるようになります。それはつまりは、この世界について、そしてなにより人間についての理解が深まることになり、この世に人間として生きるということの意義と恩恵、可能性についてより深く知っていけるということでもあります。そしてそうなっていけるということは、より人生を満喫できるようになっていけるということですね)。



この方が参加された回は、

「シータヒーリングと名前はついてるけど、『そういう説、理論』じゃないよ。霊的な真実・霊的な仕組みそのものについて学び、それを使いこなせるようになるための実習をしてるんだよ」

ということを強調する言葉がやけに重点的に降りてきたのが個人的には印象的でした。
(セミナー中に何を話すかは私自身、そのときになってみないとわからないし、ましてや自分の意見を話すわけではないので。だから自分で話してることを聞いてる自分の人格としての意識が、『へぇ〜、そうなんだ』と、感心したり驚いたりすることも多いです)

よく、まるで宗教の宗派について話すみたいに、

「あ、あなたはシータを信じてる人だっけ?えーと、創造主の定義が最高最善!ってやつね。で、自分の人生に起こることはすべて自分の意図がつくっている、という100%自分原因説をとってるんでしたっけ?ほんとにそう信じてるわけですよね?シータをやる人たちはw」

みたいな、「あくまで、そういう信条・意見なんでしょ?」という言い方をする人がいます。

これなー、、、論争とか水掛け論、泥仕合になりやすい話題なので、あんまり言及みたいのをしたくないんですが、そうじゃないんですよね。。。

たとえば重力の法則って、あるじゃないですか。

それってべつに、国籍がどことか、人種が何とか、年齢とか性別とか、ましてやどんな思想の持ち主かに関係なく、「鉛直方向に物を吸引する(=落ちる)」という働き方をしますよね。

建築などは、その法則に即して、建物を建てる技術を発達させてきているわけです。飛行機の技術もそう。重力の法則は世界共通でこうある、というのを基にして、だからこそできることを発達させて今に至っているわけです。(もし重力の法則が場所やタイミング、人により働きかけ方がコロコロ変わってしまうとしたら、飛行機なんて危なっかしくて飛ばせないし、そもそも開発なんて無理ですよね)

それと同じで、シータヒーリングで学ぶ、霊的な仕組みというのは、「たまたまこの流派は、そう信じる。そういうことにする」という思想的なものではないんです。重力の法則みたいに、万人に共通の、いわば霊的に働いている物理原則について触れているんです。

なので、ある人が心のなかでそう信じていれば(どれだけ現実の事象とは異なることをその人が信じていても)いい。自由じゃないか……という精神世界の話ではなく、物理的にたとえば念動力で物を動かすとか、怪我や病気を物理的に治癒する(病院で検査してレントゲンや血液検査など科学技術で調べても完治したと評価される物理現実を創り出す)ことを到達点にしているわけです。

シータヒーリングは思想の話じゃない。

現実に通用する、あくまで「技術」「技法」なんだ。


ということ。

ここがねー、認めたくない人(=あくまでシータヒーリングを思想の話だと捉えており、その人が信じたい思想の敵だから攻撃して倒したいと願っている)からすると、どうしてもなんていうかこう、突っ込みたくなっちゃうところなんでしょうねぇ……。
(ましてや、その人が信じている思想のほうが現実の事象からずれた、妄想というか、勝手な屁理屈だった場合はなおさら。シータヒーリングを認めてしまうと、自分の信じていることがデタラメだということを認めることになってしまうので、なんとしても自分の信じていることのほうをホンモノとし、シータヒーリングをニセモノとしないと、とても冷静ではいられなくなり混乱、その人の世界観が崩壊してしまうのでしょうね)

ぶっちゃけ、私だって、シータヒーリングという名前を標榜するのが面倒なときがあります。

なんていうか、ほんとのことなわけでしょう?シータヒーリングで述べられていることは。
ということは裏を返せば、商標登録とか関係ないわけで、普遍的な真理として話したい伝えたいとも思うわけです。

なんで霊的な真実について語るのに、とあるアメリカ人のつくった商標に縛られてシータヒーリングなんて名称つきで語らにゃあならんのだ、という気持ちが、ないわけではありません。
(それでもちゃんと商標を名乗り、そのガイドラインに沿った活動をしているのは、あくまで人間界のルールを私が自主的に(物好きにもほどがあるが)守ろうとしているという、ただその1点だけです)

私は私で、どの流派とかそういうことではなくて、霊的物理学とでもいうべき、(思想や意見、哲学といった人間の頭だか心だかが繰り広げた好き勝手な意見じゃない)「ほんとのこと」を、もっともっとストレートに追究していきたいんです。

それを、「シータヒーリング信奉者とアンチの戦い」みたいな図式に、巻き込まれているみたいな立ち位置にいさせられるのが単純に鬱陶しいというか。
そんな商標どうでもいいから、ちゃんと霊的な仕組みを理解して、それらを操作できるところまで心身霊魂を高めて清めて、できることをあれこれやって楽しく生きようぜ、というのが本音です。

なんか、アホみたいじゃないですか。とあるアメリカ人が提唱した商標をアンチで叩きたくて仕方がない(糞と味噌の区別もつかない)連中に、「ついで」みたいな形で悪く言われたり邪魔されたりするような立ち位置にいるのって。
(実害を被ってない、というのがせめてもの救いなんですが)

西日本在住の方からよく聞くんですが、

「シータヒーリングは、ダメな、まがいもの。ニセモノ。嘘。デタラメ。スピがわかっていないおかしい人がハマる、邪悪な宗教」

的な話、一定数?あるみたいですね。

でもそんなの、どこの何・誰をとっても、探せば良く言う人と悪く言う人、両方いますもんねぇ。

(そもそも、そういう話を聞いて不安になったり、意地悪っぽくニヤニヤ笑って『ほーら、シータヒーリング、評判悪いよー?やばいよー?』みたいにシータヒーリング信奉者を探してネチネチいびるみたいな人格の人の言うことが信頼に足るのか、って話だと思いますしおすし)

不思議なのは、ちゃんとできていさえすれば、どんな悪い噂を聞こうが、

「だって自分はできるし」

という点で、揺らがないものなんじゃ……。

(でも確かに、シータヒーリングを悪く言う人って、『そもそも創造主なんていない。シータヒーリングを使ってもガンは治らない。念動力も嘘っぱち。あんなのそもそも存在しないから効かない』と、要は効果というかを否定するんです。でもそれって、習ってみてやってみてできたら、速攻で論破されるわけですよねぇ?証拠つきで。ということは、そういうことを言う人というのは、シータヒーリングをできてないってことなんでしょうね。できている例を見た試しもないということなんでしょう。あるいは、思考のイシューの掘り下げカウンセリングみたいに、目に見える証拠がないからなんとでもイチャモンをつけられる分野でのシータヒーリングしか、見たことがないってことなんでしょうか。しかもイチャモンをつける余地があるってことは、その思考のワークを担当したシータヒーリングプラクティショナーは下手だった・できていないということになるわけですよね……。なんていうか、『そんなふうに疑ってかかるから、その意図が叶って、へっぽこなプラクティショナーやインストラクター、理解がズレているシータヒーリング信奉者を引き寄せ、その人たちのダメっぷりをみて、やっぱりシータヒーリングはダメだと喜ぶという現実が成立しただけなんじゃないの』としか思わないんですよね)

「シータヒーリング界で大御所とされるインストラクターがガンで死んだから、シータヒーリングが嘘だと証明された」

と言う人もいました。

証明、って単語の意味が、わかってるんでしょうか。

そもそもシータヒーリングは絶対にどんな場合もガンを確実に治すなんて、どこの誰が言ってるんでしょうね?
それどころか、治る場合と治らない場合があり、それはこれこれこういう仕組みによるものである……という解説を、ことこまかにされてます。
(私は、シータヒーリング信奉者という立場からはもっとも縁遠い、『ほんとにシータヒーリングにダメなところがあれば速攻、見限るよ』とドライに捉えている立ち位置なのですが、それでも、この解説は真理だと認めざるを得ず、1つも例外がないので『じゃあ正しいってことみたいだよね』として、使っているに過ぎないんです)

それから、私が残念に思うのは、シータヒーリングアンチの人じゃなくて、シータヒーリングを「(技法の理解がズレてるのに)信仰」しちゃってる側の人。

「私なりのシータヒーリング」になっちゃってるんですよね。
あと、創始者ヴァイアナのファンクラブみたいな様相を呈していて。

私はシータヒーリング信奉者でもなければましてや信仰なんてしてないので、シータヒーリング信者集合!みたいな場では、ドン引きしてますし、周囲からは不届き者扱いされます。

「ちょっと!あんたもシータヒーリングの信者でしょ!ちゃんとヴァイアナを褒め称えなさいよ!創造主を信仰しなさい!!」

とか言ってくる人、いんのね。(『何様のつもりだコラァ!つか、そんな理解のズレでインストラクターとかいって人様から金とってんじゃねえよ!』と笑顔でそいつの顔面ガンガン殴りながら首の骨をへし折ってやりたい衝動を笑顔で抑えてるけど←なあんてね♡ 冗談冗談♪)

うーん、やっぱ正直、シータヒーリングって標榜に縛られるのって、足かせっぽいなぁ、もはやw

だってさ、シータヒーリングなんて名前がついてるかどうかじゃなくて、いわゆる「ほんとの霊的なこと」をやってる人は、古今東西、いまシータヒーリングと呼ばれているやり方を、やってるわけ。
それは宗教とかヴェーダみたいな、それっぽい書物を紐解けばバレバレだし、仏像が半目なのとか、世界各地で「ほんとの霊的なこと」に到達したら、おんなじこと言ってる・やってるわけですよ。
しかも、ある思想を良しとしてその方向に行くという宗教とはまた別で、念動力を発揮するとか、シータヒーリングで創造主と呼ばれるユニバーサルエネルギーを活用して奇跡を実現するとかの、まさに「技法」寄りの話でいえばみんな1つに辿り着くのね。

しかもしかも、それこそ黒魔術とか、精霊に願いを託して叶えてもらうとか、スピリチュアルといってもいろんな手法なりがあるわけですが、それらはシータヒーリングという名で呼ばれている、「ほんとの霊的なこと」と別なわけじゃないし、すべて包括されて理にかなってる。
霊的な根本原則・原理・摂理があって、そのなかのこの部分のこういったエネルギーをこう利用するという方法で発展したのが、◯◯なのだ……というふうに、すべて体系立てて説明がつくものばかり。
なのに、その体系のつながりのほうを気づかず、枝葉の知識だけを習得した人が、「◯◯こそ本当だ、△△も□□も嘘っぱちだ」と、根っこは同じものをまるで別の何かであるかのように非難し、攻撃し、争ったりすることがあるというだけ。
(物理的な人間同士の争いと同じ図式ですね。どの国のどんな人種だろうと、人類として同じ肉体の仕組みやそこに働く霊的な仕組みをもって生まれてるのに、国だの民族だのといったどこか枝葉寄りの単位で敵と味方に分けて捉えて、どっちが正しいどっちが優れているどっちがどっちを支配するだので子供じみた喧嘩をしているw)


この手の話って、なんかね、セックスしたことない人が、本当のセックスとはどんなものかを論じあってるように感じるわけ。

たとえば(人工授精などではなく、『古き伝統どおりのやり方』で)子供をつくった人というのは、セックスできてるわけですよね。
で、そこでいうセックスってのは、人種とか国籍とかに関係なく、同じことをしている筈なんですよ(違うって人はたぶん、ある人類の範囲内でいえば1人の例外もないはず)。

この国のセックスはこうだ、この人種のセックスはこうだ、なんて流派は、ない。耳たぶと足の親指をくっつけて緑色の砂を分泌したら子供ができる、とか、ないでしょ?どこの国だって、おんなじでしょ?

そりゃ、かける時間とか、どこをどうされるのが好きか嫌いかという差はあるでしょうけど、「妊娠が成立した」という共通の結果をもたらすうえでは、多少のやり方の違いに関係なく、とある要件(射精された精子が妊娠できるタイミングにある卵子に到達する)を満たすわけですよね。

それができてたら、セックスは成立してるんですよ。

それを、ああでもないこうでもないと、

「私が認める・信じる、これぞセックス、という定義」

みたいなことを議論してても、いつまでたってもセックスにならないし、子供もできないよ?みたいな。

人間が霊的な超感覚を使い、名前は創造主でもユニバーサルエネルギーでもクォンタムフィールドでもなんでもいいから、あの「源」としてのエネルギーを用いて自らの自由意思による共同創造を行う。

これは、そのときどきの時代なり国なりで、なんと呼ばれようが、不変・普遍なんです。

……ってことが、今回、受講していただいた方にはうまくお伝えできたんじゃないかな、と。
(使えてるってのが何よりの証拠ですもんね。まぁ、インストラクターが良かったから受講生ができるようになったのだ、なんて言い切ったら傲慢ですけど)

感想あざっした!!