シータヒーリング

「要するに私は異常者で欠陥品なんだ」と思っていました

シータヒーリングのセッションを受けてくださった方から感想いただきました。

先日はすばらしいセッションをありがとうございました。

今までシータヒーリングを含めいくつかのセッションを受けたことがありますが、これほどまでに受けた後で充実感と爽快感があったセッションはありませんでした。

現状の説明と、それの土台となっている契約とその背景、どう解除していくか、どれもとてもしっくりきました。

自分を隠そうとする、自分の中に閉じこもりがちと指摘されることが多いですが、
「それがどうマズいの?」
「それは変更可能?本来の私の質?」
「結局どうすればいい?」
と疑問が湧き、それに対する回答も
「敏感な人だから…」
「本当は人と関わりたい人だから関わりましょう」
と言われても、それがうまくいかないから相談してます^^;とモヤモヤしたままでした。

私が何を考えているかわからない人、つまらない人に見えている、誰の心もつかめていないと言われ、今の私をズバッと指摘していただけてとても嬉しかったです。
納得できました。

沈黙の誓いの契約、ありのままに生きると殺されるという思考パターンも、自分を探ると奥深くに確かに存在していて、今までの人生を振り返ってみて この契約に忠実に則って生きてきた!と気づきました。

契約解除と置き換えをしていただいて4日ほど経ちましたが、細かい変化が出てきています。

私は咳やあくび等人の生理音や笑い声、子供の声がとても苦手でイライラしてしまうのですが、これは沈黙の誓いに抵触するからでは?と思うようになってから前ほど音が気にならなくなりました。

また、私は人嫌いで、それが問題で人と関われないのではと思っていました。
(自分も悩んでいましたし、シータの掘り下げ実践会でよく土台として指摘されました)
でもusamimi様に それはみんな持っていて、それほど問題になるほどではないと言っていただいてこれも理屈なしで腑に落ちました。
みんな不安だし怖いし一緒なんですね。
そう思えるようになってから人が怖い、気後れするという気持ちが少なくなりました。

私は人とちょっと違う感覚で生きているという指摘もよくされるのですが、人の中に飛び込んでも人が言っていることがよくわからない、馴染めないという体験を繰り返して「要するに私は異常者で欠陥品なんだ」と思っていました。
勇気を出して人の中に飛び込む→よくわからなくて浮く→異常者→もういい→やっぱり寂しい→飛び込む
の繰り返しで疲弊していました。

私にも合う人はちゃんといて、その人達に心を開けるようにしていけばいいんだと教えていただけ救われました。
自分がどうしていけばいいか理解できました。
今は理解できたことや合う話題のときにできるだけ感情表現するよう心がけています。
大根役者になっていないことを祈ります(笑)


過去のや意見や過去生を突っ込むと物語を紡ぎ出すと習ったことがありますが、やっぱり人間頭でも納得しないと根本から変化できないと思います。
物語に浸からず、適切に解説していただけ、スムーズに問題を見つめることができました。

セッションを通して納得できないことやモヤモヤすることがほとんどなく、とてもわかっていただけた感がありました。
ぜひ またセッションを受けさせていただきたいと思います。

長文失礼しました。
本当にありがとうございました。

ありがとうございマウス。
こういうの、シータヒーラー冥利よねぇ……。
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多少なりとも不安な事もありますが、それに打ち勝てるわくわくがあり、その狭間だからこそ、上を目指せると感じました。

半年ほど継続して、シータヒーリングのレッスンを受けてくださっている方からの感想いただきました。

基礎〜応用DNA講座の受講を通じて、どうしても思考のワーク、掘り下げカウンセリング主体になってしまっている面があり、肉体的な疾患をヒーリングすることについて漠然としたイメージしかないので詳細を、との内容でレッスンしました。

ここはシータヒーリングのテキストではほとんど詳細な解説はされず、また実際
「シータヒーリングといえば掘り下げ。思考の土台を変えたり、感覚感情だかをダウンロードするってやつでしょ。最高最善とかいって」
みたいなイメージで広まり、セッションもお悩みカウンセリング的なものとして提供されることが多いのではないでしょうか。
(それが悪いわけではないのですが)

なので、基本中の基本でありながら、肉体のヒーリングって意外と苦手というか、そもそもそんなにやったことない人いるんですよね。

いつもお世話になっております。

先日はシータヒーリングのレッスンを、
ありがとうございました。

自分で自分の乾癬を治すというレッスンでしたが、
ヒーリングの最中、これまで自分が許さなかった
「自分を受け入れる」が感じられ、気付くと涙があふれていました。

直後の肉体の変化は、炎症がひどかった箇所の赤みもひいており、
じんじんする痛みが無くなりました。

今回のレッスン、掘り下げしかしてこなかった自分には、
直接的なアプローチをする事で何が起こるのかが実感でき、
とても大きな一歩になりました。

また、レッスンが進むにつれ、
今まで苦行でしかなかった練習が、純粋に楽しくなっていき、
さらりと当たり前のように、始められるようになりました。。

よく視えない時でも、現時点で視える事や感じられる事を
受け入れる事ができたり(今までそれが出来ず苦しかった)、
できないなら、どうすればできるようになるかにシフトできた事も、
ありがたかったです。

多少なりとも不安な事もありますが、
それに打ち勝てるわくわくがあり、
その狭間だからこそ、上を目指せると感じました。
うまく自分をコントロールしていきます。

シータのレッスンとしてだけでなく、
はまっていた「ダメな人間で居る恩恵ループ」から
引っ張り上げてくださったusamimiさん、
そして毎日前進させてくれたマルチプルアバンダンスには、
心から感謝しております。

長期に渡り、本当にありがとうございました!

おやっ、末尾にはマルチプルアバンダンスの恩恵の話まで。

この方が書いておられる、「ダメな人間で居る恩恵ループ」は、よほど何か大きな責任を自分が果たさないとどうにもならないというような(稀有な)シチュエーションにいる人でもない限り、メリット甚大です。

ぶっちゃけ、そんなたいした人間でなくとも、この世は渡っていけます。
日本のような衛生的な国ではとりわけ、たやすいです。

誰かしっかの好意に甘えて依存して、自分では責任をとらず、下っ端で何かを命令されたりして不服な点があるにせよ、そこは耐えるのにも慣れてるから、我慢する。
その、ちゃんとしないから耐える羽目になるつらいことを
「生きるのがつらい。ラクになりたい」
と嘆きつつ、そうやって嘆きながらも日々を生きるということを大人だと十数年、数十年してきてしまっているから、なんだかんだいって自殺もせず生きてはいる。生きてはいける。
恨めしくどんよりと暗い有様で自分勝手にいろんなものに不満を感じて嫌ったり怨んだり憎んだりはあるけれど、1日3食かそれ以上のおやつや買い食いもして、着る服にも住む場所にも困らず、冷暖房のきいた部屋ですごして、あったかいお風呂やシャワーを浴びる毎日を送っている。

そういうもんです。

しっかりした人間になるメリットは、味わった人にしかわかりません。

だから、ダメ人間でい続けるメリット甚大な人は、めんどくさいけど綺麗事としてそう言わなきゃいけないような心地で
「しっかりしなきゃ」
と捉え、同時にうんざりげんなりして
「私には無理。責任とるの怖い」
のままでいたりします。

本当に責任をとったり、上達や成長していくことがどんだけ有利で面白い充実したことかを知らないんですね。

この方はレッスンの半年間を通じて、シータヒーラーとして一人前になりたいという目標を通じて、人としてダメダメな有様から回復・改善したいということも意図しておられました。

頭でっかちに意識高くなっては心が折れて、心が折れて目標どおりに行動できない自分を責め、今度は「どうしてしっかりした人間になんて、ならなきゃいけないんだ!」と(べつに誰かから強制されたわけでもなく自分で思い立ったことのはずなのに)漠然と他人のせいにして責め、怒り、しばらくしてやっぱり今のままじゃ嫌だと思って頑張ろうとする……というようなことを、揺れに揺れまくっておられました。

で、いただいた感想にあるように、「ちゃんとできるようになる(ための練習をする、練習した能力を発揮してみる)」とはどういうことかを把握した途端、それまで面倒で怖いものでしかなかった成長やそのための練習が、楽しく面白いものに感じられるようになったというわけですね。

ここね、ヒーラー志願者だけじゃなくて、「私なんて弱くて出来そこないだからダメだよぉ、もぉマヂ無理」と思ってる人全般に、知ってもらえたら面白いんじゃないかなと個人的には思っています。
(同時に私は、その面白さを知らず、100%めんどくさくて怖くて損することばかりだという先入観に呑まれて、何かでしっかりすることから逃げ回ってる人を見るのも面白くて好きです。弱者を演じつつ面倒なことからうまいこと逃げおおせてると内心ニンマリしてる、その勘違いプライドと歪んだ自尊心が滑稽で)

感想あざした!!

あ、シータヒーリングのレッスンやってますんで気になる方はドゾー。
(やる気のない営業)

同じようなネガティブな心理状況を何度も繰り返していたのは、 そこまでたどり着けずに根本的な解決ができていなかったから

シータヒーリングセッションの感想いただきました。

別れた相手を忘れられず後悔や怒り、相手への未練に苛まれるというゲイの方からの相談でした。

先日シータのセッションでお世話になったものです。この度はありがとうございました。

数日たってしまいましたが、お礼と感想をお送りしたくご連絡差し上げます。



セルフワークでの創造主とのチャネリングで、「自尊心の問題」と読み取ってはいたものの、

そこから先がどうしても進まず限界を感じてしまい、今回のセッションを依頼させていただきました。

セッションのなかで自尊心に関わるキーワードが出てきたときに(やっぱりそこか)とは思ったのですが、

まさかアスラの亜種がかかわっていたとは思いもよらず驚きでした。

セルフワークで取り組んでも、同じようなネガティブな心理状況を何度も繰り返していたのは、

そこまでたどり着けずに根本的な解決ができていなかったからなのでしょうね。

また、相手の人と今生で交わしたエネルギー的な契約や繋がりは、セルフワークで解消していたつもりだったのですが、

前世での契約が残っていたのには気が付きませんでした。

自身のワークでそこまで読み解いていくのは今の私には難しいようで、やはり信頼ができる方にお願いして正解でした。



セッションの流れも無駄な部分を一切感じずスムーズで、掘り下げも脱線せず、手際の良さには感動すら覚えました。

また、相談内容や私の発言に対して、会話や表情の中にusamimiさん自身のジャッジがまったく入らないので、

相談する側としてとても安心感、信頼感がありました。

相談内容が特殊(?)な痴情のもつれ系だったことと、自身の起こした行動に対する負い目もあり、

セッションを申し込むさいに散々迷ったのですが杞憂だったようです。

とてもリラックスしながらセッションを受けさせていただいたことで、自分の内面にも集中することができました。

ほんとうに助けられました。

ありがとうございました。



その後、連日続いていた、自分でコントロールができなくなるほどの強い感情のぶり返しは起きていません(多少の揺れはまだありつつも)。

今回の件に関しては、これでようやく気持ちの面で解決に向かうようです。

今後は経過を観察しながら、必要なときはセルフワークに取り組みつつ、前に進んでいきたいと思います。



この度は当日の急な依頼にも関わらず、セッションの快諾をしてくださりありがとうございました。

また折にふれお世話になることがあるかと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


あざっす。

記事タイトルにもさせてもらいましたが、わりと

「さんざんワークしましたよ? でも解消しないんです」

と言い、それはつまり

「この悩みは、問題の原因を掘り下げて特定して対処しても治らない、特別に厄介なものなんです」

という意味の主張になっている人がいます。
(この感想をくださった方はそういう方ではないのですが、あくまで一般論として)

で、よくよく見ていくと、必ず、取り残し、やり残しがあるんですね。

できていない人ほど、「自分はさんざんやった(=できているはず)」と胸を張ります。
(ついでにいうと、口もとがらせますw)

同時に、自分をあれだけ消耗させ労力を使わせたのだから、物事は解消に向かっていて当然、というような、迷信めいた思い込みも持っています。
でも、どれだけ何をしようが、できていなかったら、成果0なんです。
たいていそういう人は、「やった」と自分が思う行為の量をカウントしています。
それで、たくさんの行為量がカウントされていっているのに、成果が0のままだと、それがとても理不尽なことであるかのように嘆いたり憤ったりする。

「どれだけ行動したところで、成果0のままの結果にしか結び付けられないダメな下手くそがどれだけやっても、それは全然やったことにならない」

という正論を聞くと、聞かなかったフリしてとぼけたり、相手を睨みつけて憤慨したりします。
そういうことやってるからいつまでたってもできないんだよ、ということに気づかないんですね。
そして「失礼な!傷ついた!」と、相変わらず被害者意識ぶちまけ放題で、自分のほうが正しいという立ち位置を崩さない。
自分から成長の機会もきっかけも全部、捨てておいて、褒めてほしい認めてほしいという承認欲求だけは捨てない。
(この感想をくださった方はそういう方ではないのですが、あくまで一般論として)



これだけ書くとただの精神論というか、安易なお説教みたいなのでもう1つ。

シータヒーリングを習ったばかりの初心者は、なにもかもをビリーフワークで、しかもほんとにビリーフとフィーリングだけで解消していこうとしてしまいます。
場合によりますが、それだけだと、(確かに信念体系という範囲内での土台にはたどり着いて解消できる可能性はありますが)信念や感覚とは別のところに(も)原因がある場合、問題を根本からは解消できない可能性があるんです。

シータヒーリング実践者でも応用以降のクラスに出るとわかるかと思いますが、現実に起こる問題って、なにも信念(Belief)と感覚感情(Feeling)の問題だけじゃないんですよね。

呪術とか、契約とか、その他もろもろのいろんな霊的事象が絡まって起きてます。

基礎DNA修了だけでシータヒーリングのエッセンスは学び完了……とは、創始者ヴァイアナが言います。
私もそう思います。

ただ、それはエッセンスであって、たしかに本質的ではあるけれど、応用以降のテキストで出てくる新情報を

「へぇ〜、知らなかった(=自力で創造主とのチャネリングを通じて見出すに至っていなかった)」

という人は、普通にクラスを受講していけばいいと思います。

(かくいう私は、新設されたどのセミナーに出ても『うん、前々から知ってた。ようやく気付いた?』と、幼稚園児の発育を見守るような心地になっていることもあり、ちょっともう単に新しいセミナーだからという理由では出る気が起きなくなりつつあるというのもあるのですが)

信念と感覚以外の霊的エネルギー要因をすべて視野に入れたうえでチャネリングでの想念情報のやりとりを総動員して、お客様の問題をしかるべく紐解けるだけの力量を、ヒーラーなら身につけていきたいものですね。

ってなにこの前向きな〆w

満足度120%セッション

タイトル見ただけでカチンとくる人いそうですが、シータヒーリングセッションの感想いただきました。

先日は、セッションをありがとうございました。

直感リーディングの素早さとエネルギーチェックの的確さ、素晴らしかったです。

時間の調整コマンドも感動もので、1時間セッションでしたが、
過去生をusamimiさんが視てくださったり、誘導で自分で視に行ったり、
また『今後これをやることにしました』とお伝えしたことに関して、
さり気なくディバインタイミングのチェックをしてくださって、ダウンロードもしてくださるなど、
シータヒーリングで出来ることのアレヤコレヤが、盛り沢山に堪能できて、
『本当においしかったです。ごちそうさまでした。m(_ _)m 』の満足度120%セッションでした。

今回は、イシューの解消というよりは(大筋)「見極め」と言われ、自分でもセルフやペアワーク等でしていて、
それでも「なんかコレしつこくあるなーひっぱるなー自分」という感じがしていたネタだったので、
確認していただいて「ああ、やっぱココか(笑)」と、本当に腑に落ちて納得できました。

心から今は「もう大丈夫」な感じがしています。
お願いして、本当によかったです。

その人のその時点で必要なこと、そして出来ることを、
まるで本人になったかのようにエネルギーに添った上で創造主チャネリングされるので、
無駄がなくて安心感があり、一言で裏側をわかってもらった感じです。
その上面白かったです(笑)

また顕在意識でも確認しておくことが重要な『なぜこのパターンをやめて大丈夫なのか』も、
自分でしっかりと確認することが出来ました。


創始者がそう言ったからのルール云々の方ではなく、
シータヒーリングの根本的な基本(何があっても創造主チャネリング→翻訳で進める。正直に伝える)を、
これでもかくらいきちんと実践しているセッション
で、且つ個性的という

『一言で言い表せないので、一回受けてみて?(笑)』と、

(私が言うのもおこがましいですが・笑)
太鼓判で人に教えたくなっちゃうセッションでした。

usamimiさんのヒーラーとしての在り方、というか人として(?)も、
セッションを通じて見せていただくことが出来て、感謝の気持ちでいっぱいです。


セッション後ですが『時間を有効に使って、心軽やかにサクサクと進めるようになりたい』が、
安心感と共にキープできていると思います。

&創造主に繋がった時の体感・感覚にも変化が出るなど、嬉しいセッション効果もありました。

すごく助かりました!

usamimiさんも、お忙しいようなので、大事になさってお過ごしくださいね。
また何かありましたら、お願いしたいと思います。

本当にありがとうございました。

あざっす。

ピンクの太字にしたところは、創始者ヴァイアナがちゃんとセミナーの最中に大事だと口頭で教えており、かつ私自身、大事だと思っている、シータヒーリングセッションを行うプラクティショナーとして大切なポイントです。

順に、ざっと解説しましょう。

・時間を操作する

 シータヒーラーは、同じ1時間でも、時間の法則に働きかけて、数時間や十数時間、あるいはそれ以上もしくはいわゆる1時間未満の長さに時間を曲げることができます。セッションの最初に「このセッションが最高最善になるように」というコマンドを、「時間がちょうどセッション完結しておさまるように」という意味合いも含めてしっかり行うことで、そうなります。というか、そうします。
(注:プラクティショナーが、時間の法則に時間を曲げてもらえるだけの免許証としての美徳各種をしかるべく持っておいたうえでコマンドしないと効きません)

・クライアント(=客)のパラダイムに立ってエネルギー霊視・チャネリングを行う

よく、「相手の立場に立って考える」ということを、「私だったらAさんの立場に立ったら、 Aさんと違ってこう考える」というふうに、立場だけ相手と同じにして、自分なりの思考パターンで考えてしまう人がいます。これ、相手のことを理解するという観点からすれば、ほとんど意味ありません。むしろ、相手の考え方を否定して「私なら!こう思う!」と対立させてぶつけるようなものです。
それと同じで、シータヒーリングでクライアントの置かれた状況について霊視やチャネリングしていくときは、クライアントと同じ思考パターンに立ちます。
というか、自分自身が、クライアントさん本人になったかのように、まるで俳優が役作りをするように、します。自分自身の価値観ではこう考える、という意見は、脇に置いておくのです。
(エゴイスティックな要素が強く、自分は自分はとなってしまう人は、これができません。自分を捨てることができるかどうかが問われます)
もう少し具体的にいうと、クライアントの思考パターン全体をまるまる、スキャンしてコピーして、自分自身に一時的にダウンロードします。まるっきり、クライアント本人の思考パターンになりきってしまうのです。
ほんとのダウンロードとは異なり、着ぐるみを着たり脱いだりするかのように、
 ・自分自身のパラダイム(といってもセッション中は書記として存在しており、主張することはまずありません。し、させるべきでもありません)
 ・創造主の観点
 ・クライアントのパラダイム
を行ったり来たり、同時に3つのパラダイムから見たりします。(これは私の独自のやり方ではなくヴァイアナがちゃんと推奨してるやり方です)

主に、創造主の観点とクライアントのパラダイムの2つの視点のみを切り替えていきます。

相手の立場には立ったものの自分のパラダイムで観えたエネルギーを解釈するというのは、シータヒーラーであれば絶対にするべきではありません。というか、する必要がありませんし、そういうことをするテクニックはすでにシータヒーリングとは呼べません。
(が、これをやってしまう人は、大勢います!)

・思考パターンは霊的に変えればそれでいいのではなく、顕在意識でも考えて納得したうえで置き換える

エネルギーとしての思考パターンさえ変えてしまえば、べつに顕在意識で話して教える必要はないと勝手に決め付けている人がいますが、そんなことは少なくともヴァイアナは言ってませんし、またヴァイアナが言ったか言わないかとはべつに、そもそもナンセンスであることが論理的に考えてみればわかりそうなもの。
どうしてかというと、シータヒーリングのコマンドで想念エネルギーとしてのbeliefを置き換えたとしても、記憶はいじってませんし、顕在意識で何度も何度も相変わらず、記憶を再生して想念を生み出すことで、土台から再生してしまうことが考えられます。
だからです。単にエネルギーを置き換えるだけでなく、考えることや話す言葉に注意して自制せよというのはテキストにもありますね。
ほか、(日本ではこれはとりわけ、論じられることがないのですが)どれだけ思考パターンをコマンドで変えようと、実際に物理的に行動を起こさなければ現実は何も変わりません(←アメリカ本国ではこのことの重要性をものすごく強調してヴァイアナは話すのですが、どういうわけか日本人はほとんど馬耳東風)。

・自分の意見は絶対に、一切、微塵も混ぜず、創造主とチャネリングして得られたことのみを話す


いうまでもないことのはずなのに、堂々と
「はい?なにを習ってきたの?w 創造主の言葉を告げるのは、『今から七層に行って創造主から言葉をもらってきまーす』といって貰いにいった場合だけ。それ以外は、プラクティショナーが自分の意見を話し、掘り下げテクニックで教わったやり方に沿って頭を使って掘り下げていくに決まってるじゃないの。セッションの最初から最後まで七層と繋がってるだなんてバカ言わないでよ」
と言う人がけっこういます。どうなってんだ。



シータヒーリングでは、ともすればシータヒーリングを習った者同士の間で

「お前のやり方はガイドラインどおりじゃない!間違っている!」

の糾弾合戦が始まってしまいます。

アメリカなどへ出向いてヴァイアナから直接、教えを受けたという人なら間違いないかというとそうでもなく、たとえばセミナー中にガン寝していたり(←その人が受け入れられない波動や内容のことを話すときだけみんな的確に寝ます)、英語を直接聞くのではなく通訳頼みだったり(しかも同時通訳というのは、どこまで器用に行っても情報に漏れは出るものです、ニュアンスも変化しますし)、単純に記憶違いだったり、いろいろな理由で間違えます。

私自身、ヴァイアナと1mと離れていない距離で、

ヴァイアナ「〜はできない。してはいけないから注意してね」

普段から〜はできると教えてきてしまっている日本人A「え、いまなんて言った?できないっていったの?(気まずい)」

日本人B「え、ごめん寝てた。聞いてなかった」

日本人A「〜してもいい、って言ったよね?」

日本人B「あ、、、うん。たぶんそう」

日本人A「できるできる!できるって言ったよ、絶対!」

日本人B「あ、ありがとう!〜はできる、と(ノートにメモ)」

となるのを何度も目撃しました。

受講生が至らないせいでそうなってしまう場合もありますし、明確に悪意を持って相手を間違ってると糾弾して攻撃したい人となると、火のないところに煙が立ったことにでっちあげてでも、なんとしても屁理屈こねて糾弾してきます。

私個人のスタンスでいうと、他の人ができてなかろうが実は究極をいえば私にとってはどうでもいいので、いちいち余計な口出しはしません。

で、私のやり方が間違ってると糾弾してきた人を相手にすることも、ほとんどないです。

というか、こういうガイドライン云々でぎゃあぎゃあ言う人って、

発売されている書籍やセミナーで配布されるテキストを、ろくすっぽ読んでない

んですよね。知識が歯抜けだし、曖昧。

エネルギーワークだからテキストなんかテキトーでいい、とか思ってるとしたら、エネルギーワーカーとかスピリチュアルヒーラーという以前に、人間として、物事への取り組み方がいい加減でダメなんじゃないでしょうかね。
(……ということを実際にシータヒーラーやインストラクターに言うと、『すべては愛!べつに本を読んだかどうかじゃないの!愛なの!感じて!あなたにはまだわからないでしょうけどw 愛を知らないんでしょうね。そのうちわかるわよ』とかなんとか、信じられないようなことをいけしゃあしゃあと言い返してきます)

あと、

創造主を、「(個人としての性格を持ち、意見を言う)人物」と捉えている人

はもう、シータヒーラー名乗るのやめれば?って感じです。

(でもこないだ、信じられないことに、『創造主っていうと単語からして、まるで人みたいに感じられちゃうじゃないですか!だから私の中では創造主は人です。それ以上、口を挟まないでください!私は創造主を人物として捉え、そんな人物としての創造主なら信頼できないというスタンスを崩すつもりはありません!でもシータヒーリングを完全にやめるとかやらないということもなく、創造主の機嫌がいいときにいちおうお願いしてみるという手段はとっておきたいので、信用もしてないし疑ってますけど、いちおうシータヒーラーとしてセッションとかは、します』と明言した人がいました。これ、厳密にいえば、もし『創造主は人物ではない』のが真実だとすれば、『創造主を人物だと捉え、それを信頼に値しない存在だと評価する。ゆえに、シータヒーリングはいい加減で胡散臭い』という反論は、前提部分がズレてるので、そもそも成立しないってことがわからないんでしょうか……。ていうか、こういうこと言ってて本人は恥ずかしがってる気配もなくむしろ、『シータヒーリングなんて新興宗教に騙されずに上手にヒーリングテクニックを使い分けてる賢い人間』くらいのドヤ顔をしてたのが印象的でした。脳みそにウジがわいてるって、こういう人のことを言うんでしょうか)

ただ、本当に自分のやり方・理解がシータヒーリングというモダリティのガイドラインに照らして間違っているのかどうかについては、既存のテキストや出版された書籍に記述があるかどうかを何よりの拠り所にすることにしています。

続いて、ヴァイアナから直接セミナーを受講して彼女が話した内容(これは、私の記憶やメモが頼りとなる分、証拠としては弱くなるので、せめて信頼できるシータヒーリングインストラクターの知人に口頭で確認するなどはします。それでも厳密にいえば、絶対の証拠とはなり得ないのですが)。

自分でセミナーを開催するときは、このようにして物理的現実的には、教え方がブレないように注意します。

ただね。

創造主につながってチャネリングしたりコマンドした内容が、ほんとに物理現実でそっくりそのまま寸分のブレなく成立してれば、人間が制定したガイドラインすら、本当をいえばどうでもいいんですよね。理解が正しければ現実がそうなるし、間違ってればコマンドが効かないだけの話。シンプルシンプル!人間同士の議論の余地なんかない。エネルギーワークですもの。

いちおう、人様に教える場では常識的対応を心がけていますが、自分で使う場合や、あらかた習熟した受講生の方には、雑談的にこのように伝えたりもしています。

私自身、ようやく第六層の法則としての波動帯域およびそれらが構成するこの物理的宇宙空間の成り立ちを以前よりはっきり理解できるようになってきました。
傷を瞬時に治したりという物理的な変化を起こすコマンドは、テトリスのように、あるいはPhotoshopで画像を修正するように、明確に法則たちが物理空間や物質を構成するエネルギーに対して、分子構造の変化という結果につながる変容を見届けてこそなのだなとわかってきたのです。

「言われたとおり、上昇法で七層とつながったから、あとはお祈りすれば、創造主様がなんとかしてくれるだろう。お願いします!」

みたいな願掛けレベルのコマンドだと、たぶん、骨折や末期がんを一瞬で治すとかは、無理なんじゃないかな。。。

存在の層クラスで明らかにされた美徳というハードルもそう。
仮に瞑想状態や思考パターン(belief)が完璧でも、その人がそのコマンドを成就させるのに必要な美徳をすべて十分なクオリティで持っていないと、コマンドは効かないのです。

シータヒーリングはインチキだ、という人のほぼ100%が、この、

自分が美徳ボロボロだからコマンドが効かないだけのくせに、シータヒーリングというモダリティ自体の信憑性を疑い、好き勝手な憶測でdisって、いい気になってる

だけぽいぞ、と個人的には思っています。

それも自由ですけどね(笑顔)。

一番驚いた身体的な変化は胡座ができるようになった事

アフロディーテ・ビューティレイとシータヒーリングセッションの感想いただきました。

お世話になっております。
アフロディーテのアチュートメントとシータヒーリングを申し込んだ者です。

今回も女性の方に耳が痛い事をズバズバ言われると覚悟して行ったのですが
終始楽しく和やかに終わった印象がありました。


感想というかその後の変化です。

アフロディーテアチュートメントの際にネガティブな
感情を思い返して暇つぶしに使ってますね。と、言われたのは刺さりました。
気づいたらストップを掛けるようにしています。
あと、自分の人生の中で一番ネガティブじゃない自己肯定感があるのを感じます。
美って他人と比べることじゃなくて、自分を肯定することなんですね。

ここからはシータヒーリングの感想です。

一番驚いた身体的な変化は胡座ができるようになった事です。
たいした事では無いと思うかも知れませんが、7歳ぐらいから
28歳の今までずーーーと出来なかったのがするっと出来て
本当にビックリしました。セッション中に子宮からネガティブな
エネルギーを取ったから?

また、セッションが終わった後にぐるぐると昔の事を思い出して
(虐められてたこととか、昔の恋人に対する怒りを覚える出来事とか)
これじゃあセッション中に指摘された、暇つぶしに昔のネガティブなことを
思い出して楽しんでる癖が治ってない・・・と思ったんですが、ふと
これって過去の出来事を思い出して、今の自分の感覚で過去の出来事を
再定義し直す事が出来るってことじゃん!!と気づいたあと、
私はああ言いたかった、こう扱われたかった、と一度考えたらそれ以降
ぐつぐつと感情が湧いてくることも少なくなりました。

普段の生活では人と対面で話している時に警戒心とか自分の中の緊張感が
無くなっていて人と話すのが恐くないし、多分、今私感じのいい人になってる!
という確信が持ててます(笑)

今までは未来が恐かったのですが、これから色々なことを体験していくこと、
色々な人に出会えること、自分の未来が肯定出来る物と信じれるようになったのが
とても良かったなぁ、と思ってます。
(セッションが終わった後、子どもを持つことに対する恐怖心が
無くなったのも驚きました。むしろ今はいつか会える日が楽しみです。)

感想は以上です。

今回3ヶ月ぶりにusamimiさんにお会いしましたが、本当に若返っていてビックリしました。
あと周りの空気というかオーラが聖人というか清々しい!!美の波動というか
居心地が良い空気ってこんな感じ、と良いお手本を見せて頂いて本当に感謝です。
お手本にして頑張ります!

ありがとうございます。

ヒマなとき、かつて味わった不幸体験を脳内で再生して(それがネガティブな感情であっても呼び起こして)興奮する、退屈しのぎに使う

というのは、満ち足りた幸せを好きなときすぐ創り出せる(だけの波動への到達や現実世界でのそれまでの行いを通じて環境を培ってきている)人でもない限り、ショボめの庶民が何千年も十八番(おはこ)にしてきたエンターテインメントです。
一人で思い出して楽しむ、こっそりオナニー的な不幸体験再生プレイもあれば、2人以上になると、お互いの体験や知人の愚痴を(クリエイターの本領発揮!とばかりに大げさに尾ひれをつけて)ゴシップ!ゴシップ!!(相手より見事な不幸エピソードを語れたり、相手から同情してもらえたらそれを称賛と捉えて誇りを感じて自尊心UP!!!)

そこから脱却するための膨大な「まだですか?もっとですか?これまでさんざんやったのに!!」的な努力と行動、しかもそれをちゃんと成果に結びつける作業が必要です。
たいていの人は、そんな大変なことにチャレンジするなんてまさかまさか。慣れ親しんだショボめの不幸ゾーンで、慣れ親しんだがゆえの安心を感じ続けることを(多少以上につらさがあろうとも、そのつらさや苦労に耐えるのも、それはそれで何千年も先祖由来でやってきて十八番と化しているので)選びます。選んでいるということすら忘れ、あるいは認めずに「しゃあない」「世の中、そういうもんだから」「選ばれた恵まれた一握りの人に、私は入れなかったから」と他人や世の中のせいにして、しれっと自分を正当化して、堂々と思考停止。

でも、今回、感想をくださった方のように、そこから脱却するほうを選ぶという方は、ほんとすごいよなぁと思います。

この方の感想のなかにありますが、かつて誰かに裏切られたりいじめられたりして酷い思いをし、その相手を恨んだり怒ったりの感情を溜め込んでいると、その恨みや怒りは、「匂い」のように、周囲に伝わります。
湿布を貼ったり、ウンコ漏らしたりしたら、服に隠れて直接はそれが見えなくても、漂ってくる匂いで「!?」となりますよね。
それと同じで、誰かを恨んだり怒っている人間というのは、表面上、笑顔でも、いま目の前にいて話している相手に対してはべつに恨んでも怒ってもいない場合であっても、なにより相手側が自分のかつての思い出のことを何も知らないとしても、わかるものなんです。

人は誰しも、弱い動物としての側面を持っており、そこは理性ではなく動物的な直感で「反応」する部分を持っています。
よほど自分に余裕があったり、危険かもしれないことも怖れずに取り組んでいくところまで修練を積んだ人間でもない限り、得体のしれない攻撃性や残酷さ、怒り、恨みといったエネルギーを感じ取ると、それを発している相手を警戒しますし、「やられるより先にやっちまえば安心」という本能から、攻撃したくなります(動物が、恐怖を感じる相手にシャーっと唸るように)。

このことを自覚していない、かつてのいじめられっ子とか、すぐ他人を恨んで長く引きずるタイプの人は、自分が発しているネガティブなエネルギーのことに気づかず、(それまで人間関係がうまくいっていなかった分、次からはうまくいかせたいという思いが過剰になることもあって)新しく知り合った人には、わざとらしい笑顔で本音を隠して接します。仲良くなろうとする素直な気持ちがないわけではないのですが、かつて溜め込んだ怒りや恨みのエネルギーが周囲に漏れたまま、本音を伏せてニッコリ微笑んで近づいてくる人というのは、相手からしたら不気味でしかない。
そして、自分は嫌われやすいとか、人間関係がうまくいかないと体験を通じて感じ、そのことにやり場のない怒りを感じている人ほど、新しく知り合った人に笑顔で接したのに、引かれたような対応をされると、
「あ、そう!あんたもそのクチ?そうやって私のことを嫌うんだ?あーそうかよ。わかったよ勝手にしろよ!」
的に、また攻撃的になります。
(そもそも、自分のことを相手が好きになるか嫌いになるかは、相手側の自由意思の選択であるわけで。『私が笑顔で接したんだから私のことを好きになって感じよく接しろ』と強要する気持ちを持っていること自体、コミュニケーションというよりは支配のための主導権争いになってるんですよね)

この悪循環。

これからは現実をうまくいかせたい、と思ってはいるが、結局は「自分の思い通りにしろ」と周囲の人間に都合のいい要求を暗に押し付けている。しかも、堂々と相手にそう告げるならまだしも、表明せず、心の中でだけ、思っている。……だからうまくいかない。
人間関係がうまくいってない人あるあるです。

行動のほうは、ここに書いたようなノウハウというかに頭で気づいていき、行動を修正・改善していくという顕在意識での努力が継続的に必要になります。

が、潜在意識で抱えている、かつての嫌な体験に基づく怒りや恨みなどのネガティブな感情エネルギーの解放という点では、スピリチュアルヒーリングの真骨頂。

両方の良さをわかる方、車輪の両輪のように両方から現実を改善していきたい方に、スピリチュアルヒーリングを上手に活用していってほしいと思います。

裏を返せば、顕在意識での学習や気づき、行動の継続や修正といったことを抜きにして、
「いいからスピリチュアルなエネルギーとやらでスパーンと私の現実を何もかも変えてちょうだい」
と言う人には、実はスピリチュアルヒーリングは向いていません。
感想をくださった方は、胡座をかけるようになったという変化に気づかれましたが、現実で何が変わったのかをウォッチする気持ちもない場合は、
「ちょっとー、ヒーリングセッションうけたのに、どこも変わらないじゃないの」
と思うでしょうし、また何かが変わったとしても
「そんだけ?w ていうかべつにそこをそう変えたいなんて、思ってないんですけど〜?」
みたいに、否定的に捉えておしまいになります。

ヒーリングセッションでは見えないエネルギーを確かに動かしますが、そのことがその人にとってどれだけの恩恵とするかしないかは、半分は自然とそうなるかもしれませんが、もう半分は自分次第……くらいに考えてたほうが、(過剰に期待だけして何もせず、何も起こらないことにがっかりするよりは)健全かも、と思います。

長々と書いちゃいましたが、感想ありがとうございました!!