レビュー

完美王(筆ぺん)

またも文具レビュー(笑)。

呉竹から出ている筆ぺんです。
太字中字極細
いまどき筆ぺんを使う機会もそうそうないかと思いますが、私はペン字を習っている都合上、筆ぺんもやることになり、(毛筆の書道は特に苦手なのに)取り組んだ次第。

そうしたら!

なんとなく子供の頃に触った記憶のある筆ぺんとは、別物!!

昔は、使い込んだ歯ブラシみたいに筆先がパサパサに分かれて書き心地どころか線が一定に引けず、またインクカートリッジからのインク補給も当たり外れや時期(カートリッジが満タンか少なくなってるか、気温や湿度がどうかetc)によってマチマチで、びちゃっとインクがたれまくったり、あるいは逆にいくらゴシゴシ書いても悲しいくらい色が出なかったりして。

もちろん今でもメーカーなどによって品質の違いはあるかと思いますが、ここで紹介したものは感動ものです。
ペン先がなんともいえずゴムのような、感覚をつかみやすい一定のしなり方をする。
そしてインクカートリッジからのインク補給が途切れず、また多すぎもせず、ビチャっとシミがついたり、かすれてまともに書けないということもない。

耐久性も(まだ何千時間、などという使い込みはしてないのであくまで感覚値ですが)強く、長く使っても穂先がヨレヨレになって頼りなくならない。

筆ぺんを使ったことがない人間でも、わりとすぐにコツをつかんで、そこそこまともな字が書けるようになる印象。
(もちろん個人差あるので保証はできませんが)

で。

「いまどき筆ぺんを紹介されても、使い道がないよw べつにペン字を習うつもりもないし、今さら書道を正攻法で上達するなんて目標、ハードル高すぎw」

ということも書きながら思ったのですが、じゃあ。。。

これはどうだ!!


お絵描き!!

ほかにも、いろいろラインナップが出てます。
気軽にちょっとやって、そこそこ楽しめるってのがポイントですよね大人の趣味ってのは。

もうちょっとストイックにやりたくなってきたら、般若心経の写経はいかがでしょう。


解説はいいから、お手本がうすく書いてあればそれをなぞって書くよ、という人には、(お手本がうすく印刷されてある)用紙も売ってます。


お手本もいらない、あるいは般若心経以外の写経がしたいという場合は、枠線だけの用紙もあります。

(濃く般若心経のお手本が印刷された紙がついており、白紙の用紙を重ねると薄く透けるので、お手本をなぞるタイプの般若心経の写経もできます)

正攻法で綺麗な字を書くとなると、上には上がいすぎてちょっと、という場合は、「ゆる文字」で、上手い下手の評価から解放されて、雰囲気勝負してしまうという手もあります。(勝負ってw)


お絵描きのほうが楽しくなってきちゃう場合、黒だけだとものたりない、カラーで描きたい……と思う人もいるかと。

そんなときは、あかしや 水彩毛筆 彩 20色セット。(水彩なので混色や水で薄めたり、重ね塗りができる)


株式会社あかしやによる公式PV


外国人による、マンガイラストの彩色に「彩」を使った場合の実演つきレビュー(解説コメントは英語)。


ここまでくるともう、毛筆ではあるけど「ブラシ」という感覚で、和風じゃないいろんなテイストの着色にも使えますね。

もっともっと高度な技術レベル(美大とかプロの領域)で彩を使うデモ動画もあります。


ありゃ、筆ぺんの話からずいぶんと脱線して(このブログいつもそうだろ)。

無理やりスピリチュアルな話に戻すと、霊視で映像が見えにくいという人は、霊視云々以前に、脳のなかに、空間や図形、色彩を認識する回路があまり育ってないことが多いです。

こう言うと、

「え、たくさんテレビ見てるよ。映画も見るよ。毎日、目を開いて生活して、いろんなものを見てると思うけど?」

と反論がかえってきます。

じゃあ、スターバックスのロゴを書いてください、というと、描けない。
(スターバックスのロゴを見たことはある、という人に限る。また、絵のうまさ自体は問わないとして、形や文字が合ってるかどうかだけでもいいので答えてもらうと、それすらできない)

テレビで芸能人が出てる番組を見てる最中に突然テレビを消して、
「はい、いま◯◯(←芸能人の名前)が着てたスーツの色は?ネクタイの柄は?」
などと質問すると、つい数秒前まで、何十分も見ていたはずなのに、わからない。記憶にない。

霊視で映像がよく観える人は、このへんをけっこう答えられることが多いです。
(もちろん、完璧な統計に基づく因果関係を実証するほど私もちゃんとは言えないですが、あくまで印象として)

数学などで、まったくわからない問題を目にすると、そもそも思考が停止して、どんだけ時間があろうと机に向かっていようと、脳神経がほとんど処理をしていない、というの、あるじゃないですか。

霊視も結局は、言語化などで脳が観えているものを解釈するときには、一般的な意味での「思考」が伴っています。
(こう言うと、脊髄反射的に『はぁ〜?チャネリングでは頭を使っちゃいけないんだよ〜?』と、ニュアンスの違いをガン無視して言葉尻だけを捉えてツッコミを入れてくる人がいますが、思考の意味が違います)

そういうとき、スムーズに、霊視で得た霊的エネルギーの波形を、映像に変換処理するだけの脳の思考回路を鍛えておく意味でも、手を動かして自分で色彩や図形にふれてみる、というのは、何か役に立つ所があるんじゃねえかなとなんとなく思ってる次第。

ていうか、絵が描けたら、観えたものを絵にして相手に見せることもできますもんね。

美術の専門家じゃないならなおさら、独自でも付け焼刃でもなんでもいいから、無理なくできる範囲内で、お遊び程度に、ちょろっとこんなこともできますよ、くらいにいろいろ身につけておくと、とりあえず楽しみは増えるんじゃないの、といういい加減さで言ってますけどw

ましてや中高年にさしかかったり、いよいよ老後の楽しみを……というトシになってるならなおさら、

絵手紙にハマる

タイミングも間近なわけでしょう?(笑)

ほら、こんな世界がもうすぐ開ける。

さぁ、これさえ買えば画材はひととおり揃う入門セットもあるよ。


おあつらえ向きにハガキサイズの用紙セットも。


って、こうなるともはや、

ボケ防止

ですね。

そういえば介護の仕事をしてる友人・知人から、認知症が進んだ老人の話をよく聞きます。
それまではいわゆる「しっかりした」「立派な」「自分に厳しい」「良識のある」「規律&礼儀正しい」といった、デキる人的なコメントで評価されてきた人ほど、すごいんだって。
すごいんだって。
すんごいんだって。
特に女性が。

もうトイレも自分でできなくなってオムツして、大も小も漏らしてパンパンなのに、(男や女の)性器の隠語を大声で連呼しながらオムツに手を突っ込んでクソまみれで自慰しまくりとか。

男子トイレに駆け込んで、そこで用をたしている男性の性器にしゃぶりついて離さないとか。

男性でも、学歴や社会的地位がある人ほど、認知症で理性を失うと、
「このクズ!能無し!役立たず!」
「俺はなんたって◯◯大学を出てんだ!」
と、自分の優位性を示したり他人を見下すことをわめきちらすのがセオリーなんだとか。
(女性だと、姑の立場から嫁をなじる言葉のマシンガンってケースが多いそうです)

私、この話を聞いて、女性ってすげえんだなというのと、エリート男性でそうなっちゃう人に対しての
「認知症で自分の名前もわからなくなってるのに、出身大学だけは覚えてるのか」
という感慨で背筋が極寒。

認知症という病気によってではあるにせよ、理性がほぼすべて失われたときにそれでも残る(その人の本質的な深いところまで刻まれた概念・記憶という)のが、学歴自慢や他人への侮蔑って……と、青ざめます。

私は、特に男性ということもあり、いいトシしたおっさんが、しかもまだ老後と開き直るには早い年齢で、そのジャンルのプロでもないのに筆ペンがどーたらこーたら、なんて言ってるのはよっぽど知能の低い、社会的存在意義のない頭も能力もなにもかもが低い生き物なんだろうなあと思うことはあります。

ただそれでも、(本当に自分のなかにそういう概念がたぶんないので)認知症になったときに出身大学自慢はしない自信はあるかなぁ。(それ以前に、自慢する資格がある大学を出ていないというのが大きいですがw)
大学名以外でも、何か自慢して他人を見下して罵倒する概念とか思考って、ほんとに理性がなくなったら自分の場合は出てこないような。わかんないですけどね。

それよりは、草間彌生さんの普段みたいに、

「あぁ、綺麗ねぇ。すっごく素敵」

と、なんでもかんでも美的な素敵さでいろいろ言いそう。

べつにいい子ぶるんじゃなく、嫌いとか汚いと感じたものは

「やだ!色が汚い!綺麗じゃない!!」

なんてパニック起こして幼児みたいに駄々こねるなら、可愛くない?(←いいえ)

世間的には使えない人であっても、人生の末期に、自分の人間性が、あんまりな俗世間の価値観に侵食されてるってのは、さすがに避けたいなぁ、と思います。

それもあって、下手の横好きなのに、それでもこういうのっていいじゃない、と思うことをしてます。

そんな使えない人間、ロクな死に方できなくて結構。

自分でやれることを全力でやっても、それでも世間並みのところまで行けないなら、仕方ないじゃないの。
自殺もいけないんでしょう?
だったら、どんなみすぼらしい死に方をしても勿体無いくらいの恩恵、くらいにハードル下げて感謝感謝で最期までおめでたくいたいじゃない。

なーんて。

こんな負け犬にならないよう、将来有望な優秀な人は気をつけたほうがいいんでしょうね。

ある意味、憧れます。
認知症が進んでもそれでも最後まで残ってる記憶が、自分の出身大学(などなんらかのステータスとしての属性)だとしたら。
なにもかもかなぐりすてて、異性への性欲という動物的本能の真っ当さと強さ真っしぐらに突っ走れるなら。
そこまで誇らしく思えるなんて素敵じゃない。よかったですねぇ、夢が叶って、って。

やだ、なにバカなこと言ってんの、って感じ。

愛と光〜♪
なんちって。
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東京都北区赤羽

ハマってしまった……。
漫画タイトルのとおり、赤羽在住の著者が経験したことを、店舗や人物など実在のものとして描くギャグテイストのコミックエッセイ(←という括りでいいのかな)。

表紙を見れば写真があることでわかるように、登場する人物やお店、場所などがすべて実名・実在です。
メインとなる人たちには許可をとっていますが、盗撮画像なども堂々と掲載されていますw
なんと連載していた携帯漫画サイトの編集者ともども「訴えられたらそのとき謝りましょう」という覚悟だそうで。

赤羽=変な人・場所がいっぱい

というコンセプト?で、常識では考えられないような奇人変人、変な店、場所、現象が満載。
(けっこう心霊現象についても写真つきで載っているので、夜中に一人で読まないほうがいいかも)

そこまで表立って謳ってはいないけど、著者が霊感体質ぽく、いわゆる心霊体験ネタが豊富ですw
(第2巻の表紙に写ってるダンディな男性も霊能者体質という触れ込みで描かれます)

ダメな人といえばそれまでだけど、きっちりかっちりせせこましい規則でがんじがらめになって生きるのが窮屈に感じる人などは、(田舎でなく東京都なのに!)こんな生き方・在り方アリなの!?という安堵?みたいなものも感じるかも。

私は漫画を読むのが苦手なのですが(PCと似た情報処理をするのか、活字のほうが受け取る情報量が少なくてスムーズに処理できる。画像になると、絵の細部まで情報を追ってしまい、目も頭も、活字を読むのより凄まじく疲れる)、それでも読破してしまいましたw

最初の版元、Bbmfマガジンから出ている紙の本は品薄で、アマゾンでも中古品を買うしかないぽい状況。



ただしKindle版(電子コミック)は普通にダウンロードできます。


このあと版元を双葉社に移して改めて連載した漫画は以下のとおり。



いまは未収録分などを収めた、増補版が出ています。



個人的におすすめなのは、Bbmfマガジン版の第8巻。
この漫画を描くきっかけを、著者自身の実体験で赤裸々に描いています。
胸熱。

売れなくて自殺を度々考えていたというほどの著者がいろいろ苦労した話も述べられます。

漫画家として収入がまったくなくなってしまったとき、自殺かバイトかというほどの究極の2択でバイトに走ったことなども述べられて、なんか考えさせられます……。

(私はこの半年間、思うところあって出版社で、バイトではないですが業務委託で編集者として働いてましたが、それは本業で食えないからではなかったので、この『自分の職業アイデンティティを自ら脱落宣言して手放さざるをえない苦渋の決断感や屈辱感』は、なかったんです。でも、明日は我が身だしなァ……)

個人的に印象的だったのは、便利屋さんのエピソード(いまは赤羽を去って高円寺に拠点を移しているらしい)。
若い頃に自転車に目覚め、世界各国で自転車レースにハマり、好きなことをやり尽くして。60歳を超えて「このトシじゃどこも雇ってくれないから」といって便利屋を始め、ホームレス同然の生活を送る、という(凄絶な)もの。
普通に考えたら人生の落伍者、ああなったらオシマイだ側なのでしょうけど、本人がすごく楽しそうに生きてることとか、負け犬感が皆無なのがジーンとくるような。

ホームレスって、子供の頃は普通の家庭で生まれ育ち、どちらかというと頭脳や野心などが普通の人より傑出してることが多いんだよなと(ホームレスについての実態調査を見たり、過去の経歴をホームレスの方たちから聞いて)思います。
人生設計力というか、設計したとおりに我慢をしてでも生活や行動を一定範囲内・一定水準以上のところに収めるといったことができない・弱い・拒絶や放棄をしたという場合のほうが多いんですね。それを雑に表現すると「社会不適合」となるのかもしれませんが、詳細を見ていくと、「結果としては不適合なのだけれど、その原因も不適合さも様々」で、「とにかくダメな奴だからここまでおちぶれた」という安直な見方は的外れだったりするんですよね。。。

この漫画に出てくる便利屋さんも、若い頃に好き勝手な放蕩生活を送ったツケと言ってしまえばそれまでかもしれないけど、自分で稼いで、ホームレス同然とはいえ自活してるわけだし、何より60歳を超えてそれをしているっていうのが、もう想像の域を超えてしまっていて。。。

私自身、自由業的に生きている身なので、考えさせられました。
この便利屋さんにしても、作者である清野とおるさんの売れない時代にしても。

ちなみに漫画で鳴かず飛ばすすぎてアレだった時期、ブログで売り込みとばかりに赤羽について表現しまくっていた時期があるようで、そのブログは今もあります。

清野のブログ

このブログがきっかけで、東京都北区赤羽の連載が決まった(ことで運命が好転した)というから、世の中なにがどうなるかわからないですね。。。

まさに栄枯盛衰。

社会人ディズニー本

シリーズで出てますよね。

高校生でディズニーランドのバイトを始めて以来、テーマパーク接客のプロとしてキャリアを邁進された、香取貴信さんの著書。



ヤンキーでちゃらんぽらんだった高校生が、いかに、優しく厳しい先輩たちそして確立されたトレーニング制度の中で成長していくか……が綴られます。

仕事とは、本当にお客様のために尽くすサービスとは、、、といった仕事論が満載。

Ⅰ(というか、数字なしの本)は、青春ぽい感じ。これからアルバイトや社員として仕事をする高校生や大学生、新社会人の人が読んだら、「自分もこうなろう」とか思うかも。

Ⅱ(熱い気持ち編)では、ディズニーランドならではのモノの考え方や制度(の合理性)などが、より具体的に述べられるので勉強になります。先輩やリーダーとして職場の後輩やお客さんを相手にする人は、役に立つんじゃないかなぁ。

東京ディズニーランド30周年を記念して2013年に出版された最強上司の教えは、上記2冊に出てくる「町丸さん」関連のエピソードのみをピックアップし、さらに町丸さんと香取さんの生講義セミナーを収録したDVDつき。

あまったれてナァナァで仕事してる自分を引き締めたいと思ったら、是非。なーんて。

朝活手帳

買いました。
  ↓


著者は、2度の大学受験への失敗から「朝4時起きで勉強」の朝活を開始して大学合格の経験を持っています。
それから外資系コンサルティング会社への転職実現など、折々に朝活を利用して人生に成果をもたらしてきたとのこと。

で、朝4時起きの朝活を提唱している、と。

著作1冊目はこちらの書籍だそうです。
  ↓




この手帳は朝4〜9時までの予定を書き込む仕様となっており、日中時間すべての予定を管理するには適していません。

が、他のいろんな手帳と比べ、時間枠以外の項目が(ケタ違いに)充実しています。
(起床時間や寝る前のToDo欄、朝活でどれだけ時間をお得に累積活用できたかの算出テーブル枠など)

また手帳の使い方や、活用のポイント、本当に成果をあげるために心がけるべきことなどを、著者による文章で丁寧に解説してあります。

そのため

「なんかいろいろ枠があるけど、それをどう活用したらいいかわからない。何をどこに書けばいいの?書いてどうするの?」

という、凝った手帳を買ったときあるある、に陥りにくいです。

フランクリンコヴィーが提唱する「時間を4つに分けて管理」の概念を取り入れていると思しく、「緊急でないが重要(フランクリンコヴィーでいう『第2領域』)」に朝活をあてることで、即効性は無いがあとからジワジワ効いてくるタイプの成果に結びつけるのに適している、と著者も書いています。



よく、「予定は1冊の手帳に集約せよ」と言われます。そちらのほうが、王道っちゃ王道かもしれません。

もちろん、その考え方や手帳術を否定はしないのですが、自分がいくつもの活動を並行してやっていくなかで、かえって1冊の手帳やノートにすべての情報をまとめるほうが不都合だなと感じるようになりました(あくまで個人の感慨です)。

で、今は、

・朝活
・会社仕事
・ヒーラー業+芸事や勉強など私的な予定管理(←この手帳がメイン。自分の人生をマネジメントするものという位置付け)

を3つの手帳に分けて、しています。

夜8時からプライベートな用事がある場合は、会社仕事用の手帳には「19:30までに退社」というタスクを設けます。そのあとプライベートで何の予定があるか、には関与しないんです。
そして、プライベートでの用事は、メインとなる手帳に記載する。

別のケースもすべて然りで、メインの手帳には「◯時〜◯時、会社」と時間帯だけを記して、会社の予定自体は入れない。(そのほうが、朝活と会社仕事を除いた時間内で何をどうできるかを考えるほうに集中できます)

朝活手帳は朝活手帳で独立して、あくまで「朝5〜9時(←私は『時間の持つ気分』の都合上、午前4時台にはあえて何もしない方針です)」の範囲内で何をするか、のみ記載する。それ以外の時間帯に何をしているかなど、一切関係ない。記載もしない。

一見、めんどくさそうですが、このスタイルのほうが、しっくりくるんですよね。

一番のメリットは

頭の切り替えができる

こと。

朝活と会社仕事は、メインに使用する手帳への記載から切り離すんです。

で、朝活ではテーマを1つに決めて(例:美大の通信教材の独習)、朝活時間を確保したら、それだけのために没入する。
(他の予定のことを一切、考えない)
(決めた1つのテーマ以外の用事を入れない。あくまで朝活は『〜をするためのもの』と決めて、それだけをやる←もし、朝活で行うテーマを変更したいなら、『◯月◯日からは、朝活では、〜〜をする』と、期日・期間を区切って変更します。同じ日の朝活の中で2つ以上、2種類以上の予定を詰め込むことは、絶対にしません。また、曜日ごとに違うことを朝活する、というのもNG。『いまの期間、朝活は、これ!』と決めておきます)

会社仕事も同じ。
何時から何時まで会社、と時刻を区切ったら、その時間内は会社用のタスクやアポイントだけを書いた手帳で予定を管理し、それ以外のことは考えない。

そうやって、「(自分の人生にとってメインでなく)サブとしての例外時間」を抜いた、「本来の時間」を、メインの手帳で管理していきます。
ヒーラー業のアポイントや、芸事のレッスン、個人的なタスクや目標(◯◯の本を読了、ブログを書くなど)はすべてここに集約します。この手帳こそが、本来の、本筋の、主役としての、「私」の人生。どんな人間になりたいか、そのためにどんなことにどう時間を使うかを決める、最大の責任を担う手帳となります。それだけに、この手帳は、自分という「ありのまま、本来」の人間像(のブラッシュアップ、理想の実現を全方向的に網羅する内容)を体現していくものにする必要があります。
(朝活や会社仕事用の手帳は、あくまで『それ用』でしかありません)
もっといえば、メインの手帳で、「何を、なんのために、朝活にあてるか」「そもそも会社仕事をするかどうか、どのくらい時間を割り当てるか」などを決めます。

さらに、3冊の手帳のうち2冊以上を同時に見ることは、絶対にしない。
(必ず、会社仕事をしているときは会社仕事用の手帳、朝活しているときは朝活用の手帳、と、その割り当て時間用の手帳1冊しか、見ない)

あくまで個人的には、ですが、こうしたほうが、それぞれの時間に没入して集中できるんですね。

それまで、手帳1冊ですべてを管理しようとしていたときは、確かに帳面の見開きにすべての予定がもれなく記載してあり予定は一目瞭然なのですが、たとえば会社の仕事をしているときに芸事のレッスンの予定が目に入ると

「あー、この間のレッスンでうまくできなかったあの部分、ちゃんと練習しないとなー。次回はちゃんとできるかな」

などと、本来会社の仕事中に考える必要のないことを考えて、結局、集中が乱れる。

手帳に書いた予定を次から次へと「こなす」ことを優先してしまう。
これが、1つ1つのタスクの雑さにつながる。

なにより、
「今日は会社仕事はチンタラしちゃったけど、朝活はちゃんとやれたし、プライベートで楽しい時間が過ごせたからOK」
というような、他人からしたら意味不明な自己評価をしがち。

ヒーラー業でのお客様や、会社仕事での同僚・取引先などからしたら、私がその日、朝活をしっかりやったとか、芸事の稽古で上達したとか、プライベートで楽しく過ごせたかどうかなんて、どうでもいいんです。

「自分が頼んだ仕事を、ちゃんとやってくれよ!」

としか、映らないはず。

もっと優秀な人ならそんなことに陥らないのでしょうけど、私は陥りやすいので、こういう変な工夫をして回避しています。
(少なくとも、回避することを試みています)

実際、手帳を使い分け、(手帳という物理媒体を単に使い分けるというより、こっちが大事なのですが→)それぞれの手帳を手にしているときは、その手帳に書かれていることしか考えないように頭を切り替える……というスタイルにしてからは、かえって時間単位の生産性と充実度、もっといえば幸福度(ちゃんと時間を有効に使えた!という感慨)もUPした印象があります。

会社の仕事を終え、会社用の手帳は会社のデスクの引き出しにしまい、オフィスを出る。そしてメイン手帳を開く。
その瞬間に、ついさっきまで会社で何をどうしていたか・会社で明日どんな予定があるかは、記憶から吹っ飛びます。

で、記憶喪失の人みたいな感覚でプライベート用の手帳を開き、
「あ、今日は◯時から〜〜の予定か」
と、その手帳どおりに生きるんです。

耄碌ジジイならではの都合の良さですな。

ダメ人間にはダメ人間なりの工夫をしているのですよ、社会の底辺で地べたを這いつくばって泥水を啜る生活の中で、どうにかこうにか。
どうぞ笑ってやってくださいな、優秀な方々はw (←何オメーが笑ってんだよ)

The Willpower Instinct(意志力の本能)

意地でも原題で名乗りたかったw

あ、この本のことです。
    ↓


うーん、意訳したおかげで、本の内容がまるっきりわからなくなって、漠然とした「エリート志願な自己啓発本」感でぼんやりしちゃった印象あるけど、売れたんでしょうか。効果的だったんでしょうか、この意訳。売れたならいいですね(棒読み)。

原題を読めば一目瞭然なように、この本は「意志力」というものについて、脳の仕組みや心理学の実験データなどを基に、いったいどういうものなのかを明らかにしてくれる本です。

今年一番!いや、これまで何十年も生きてきてモヤっとしてた部分が全部すっきり!というくらいの、目からウロコっぷり!!

たとえば人って、何かを頑張ろうとして頑張って何か進歩すると、その分、「自分へのご褒美」とかなんとかいって後退することをやって結局「±0」みたいなの、あるあるじゃないですか。

ほか、夢を持とう!意識を高くして自分を高めよう!とした挙句に、(努力が仮に実っても)ある時点でプツンと糸が切れて心が折れて燃え尽き症候群とかw。

ダイエットを頑張らなきゃというプレッシャーをまぎらわすためにドカ食いしたり、お金がない不安をまぎらわすために買い物したりw

で、そんなダメな自分を責める。そのストレスをまぎらわすため、また目標から遠ざかるようなことをしてしまう悪循環。

その悪循環から一時的にスコーンと抜け出してキモチよくしてくれる禁断の麻薬が「これからよくなろう!」という決意(するだけで実行しない。その場限り)だったりw

そういう性質が、「その人がダメだから」なのではなく、人間の脳が誰も共通して持っている性質なのだということを解説してくれます。

あ、でも注意!

「なんだかんだいって、実る努力をして良い思いをするより、どんなに努力しても結果が出ないやり方を続けて、ひたすら苦労して苦痛に耐えて、不幸でいるのが、人間を成長させてくれるのよ!」

という信念を持ってる人がこの本を読んだら、大変なことになります。その信念を、世界観を、すべてぶち壊されますw
この著者を探し出して殺さないと気がすまないほどの憎悪を感じるかもしれませんのでw

お気をつけあそばせ〜♪