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他人の思考パターンを根源まで辿る

ヒーラーとして、あるいはカウンセラーなど全般ではもしかしたら、「自分の価値観で客の話を解釈して受け取ってはいけない」というのがあるかもしれません。

よく「他人の立場になって考えよ」というと、「私ならこう考える」という人がいます。
立場だけ他人に合わせてるんですね。
そのうえで、自分の考え方で物事を見て判断する。
(そしてたいてい、私のほうが賢明な判断ができて、その判断ができない(できなかった)相手のほうが間違っていて愚かである、と優越感に浸りつつドヤ顔したり)

それだと全然、相手の問題を理解したうちには入らないんです。

で。

他人の思考パターンは霊視すると見えはします。
力量ある超感覚ヒーラーだと、自分の思考パターンを傍に置いておき、相手の思考パターンを自分に適用したうえで考えるということをします(できます)。
(これ、迂闊にやると、混乱します。自分の思考というOSを上書きしてしまったようなもので、もとに戻れなかったり、部分的に戻れたとしても今度は相手の思考パターンを完全には取り除ききれないこともあります)

そして、これができた場合でも、傍に置いた自分の思考パターンが
「えぇー?そんなのありえない!バカじゃないの?」
などとツッコミを入れたり、嫌悪感や拒絶感で否定、攻撃したくなるのを抑えられるか呑まれるかも次の関門としてあって。

そこらへんをうまくクリアして、
「確かにその状況になったら、こう思いますよね」
と、相手の思考パターンならこう感じる(であろう)ことを告げて相手から
「そう!それなんですよ!」
と言われるようならOK。

自分の価値観で思う「これがよい、こうなればいいはず(そう思わないあなたが悪い)」という押し付けのではなく、その人の価値観でこうしたい、こうなればいい、これは嫌だという感じ方を踏まえることができたうえで、どうしましょうというのを、探っていく。
(ただし共感だけして終わりだと、それはそれでダメ。それなら友達に同情してもらうなぐさめトークで十分。あくまでも相手の価値観を知っておくという、ヒーリングやカウンセリングのための材料として使います)

そして。


なんとここからが記事タイトルの内容。なんてこった!w

これは余裕あるときにやることですが、ある人の思考パターンをまるまるスキャンして、自分に適用するとします。
そして、その思考ひとつひとつが、なぜ、どのように芽生え、根付き、成長して強い信念と化したりねじれてこじれていったかを逆再生します。

これは可能ならばその思考が発生した出来事などまで含めて霊視できるとベスト。

良くも悪くも、自分が(稚拙で浅はかな思考で)
「どうせ、こう考える奴なんて、これこれこんな体験をして、こう思っただけだろw」
といった侮りが(あれば)裏切られることが多いです。

その逆再生の折々にも、「えー?自分ならこうするけど?」と、自分の価値観でいえば思うことはありますが、そのときは相手の価値観を適用しているので、「そりゃ、この思考パターンならこうなるよな」という考え方ができます。

こう書いてお察しのように、相手の思考パターンを適用しているときにも、メタ認知というか、「相手の思考パターンを適用している自分を見ている客観的な自分」を残しておき、相手の思考パターンを適用している自分と両立させるのが大事なのは言うまでもありません。

これをいろんな人に対してやっていくと、自分の狭量な「これといえば、絶対こうでしょ。それ以外の考え方なんかありえない。もしあったとしても、それはそんなことを考える奴がバカなだけ」といった考え方をしなくなります。
また、「世の中に、どうしてこう考える人がいるんだろう?信じられない!」といったことを思わなくなっていきます。

ある意味では、懐?が広く深くなるのでおすすめ。

その一方で気をつけるべきなのは、適用して体験した他人の思想に傾倒するなどして自分が、他人の思考に洗脳されないこと。
(もしかしたらこれが一番、危険であぶないかも)

自分の場合は常に創造主のエネルギーとともにあることでエネルギー的にバリアとする+創造主の観点から見た観え方を併用します。

これ、ヒーラーとしても役立つかもしれないけど、役者や小説家の人はすごく役立つんじゃないでせうか。
企業の新商品開発でもサービス業でも、お客様の気持ちになって考えるメリットがある人はすべて、やればやっただけの意義があるかと。
(ただしサンプルとしての、どんな人の思考を読むかが大事だったり、観えた結果どうするかしないかの判断は自分側でしないと、他人の考えに振り回されるだけの、コンセプトを見失った事業展開をしかねない)

雑~に書いてきちゃったけど、これ、うまくやらないとすぐ誰でもは、できないのかなぁ。どうなんざんしょ。

ちなみにマルチプルアバンダンスの波動パフォーミングをマスターするとできるようになります。(宣伝かよ!)

なんちって。
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いつまでも若くいるための秘訣

金持ち父さんかく語りき。

「いつまでも若くいるための秘訣は、成長してから何をしたいかを決めて、成長し続けることだ。自分に低い評価を下して人生の可能性をせばめている人を見ることほど悲しいことはない。そういう人は質素な暮らしをしようと心がけ、節約してお金を貯め、それで自分は賢いことをしていると思っている。実際は、賢いんじゃなくて制限しているだけだ。そのことは年をとるにつれ彼らの顔や生活態度に出てくる。たいていの人は、お金に関する無知という名の檻に精神的に囚われたまま人生を送る。そういう人はそのうち、動物園の小さい檻に入れられた野生のライオンのようになる。昔の生活はどこへ行ってしまったのだろうか……と不思議に思いながら、檻の中をただ行ったり来たりするんだ。
(中略)
継続してプランを立てるプロセスは、私の若さも保ってくれている。私はよく、金持ちになった今も新たにビジネスを起こしたり投資をしたりして、さらに多くのお金を儲けることに時間を費やすのはなぜかと聞かれる。その理由は、そうするのが楽しいからだ。確かに私はたくさんのお金を作り出しているが、私がそうしているのには、お金を作り出すことが若さと元気を保ってくれるからという理由もある。画家が成功を収めたからといって、もう絵を描くのをやめたらどうかとはだれも言わないだろう? それと同じだ。私がビジネスを立ち上げたり、投資したり、もっとお金を作り出すことをやめる理由はどこにもない。画家が絵を描くことによって、たとえ身体は年をとっても精神を若く元気に保つのとまったく同じことを私もしているんだ」

金持ち父さんの投資ガイド「入門編」

んまー!なぁ~にカッコつけちゃってんだろうね?

金儲けが若さの秘訣ぅ?はぁ?ふざけんじゃねーよ、っつって?

金儲けは悪いこと!
金儲けをすればするほど、魂が穢れ、罪が重ねられる!
誰かが金を儲けた分、他の誰かが貧しくなる!
充分なお金を持ってる人間がさらに金儲けに走り続けるから、貧しい人たちがいなくならない!
金持ちがさらに金儲けをするから、お金のない人たちは病んで飢えて死んでいく!

お金を稼ぐのは最小限に留めて、清貧を貫くのが、世のため人のため!!

そもそも人は老いて死ぬもの。
苦労に耐えてこそ素晴らしく、立派な人間になれる。
人生は山あり谷あり。どちらかといえばつらいことのほうが多い。
楽しいことなんて、ほんのわずか、得られたらそれを幸運だ、ありがたいと捉えて感謝しないと。
もっと幸せに、もっと豊かに、もっと若々しく……なんて望むほうが、どうかしている。
そんなのは節操のない愚かで堕落した、人間のクズの考えることだ。

貧しくて当たり前!
かろうじて暮らせる程度の貧しさに満足し、多くを望まず、不幸を怨まず、いつも笑顔で、人のために尽くす。

それこそが、人の生きるべき道なのだ。



……とか言われた方が、ホッとするタイプですかぁ?(withきょとんとした顔)

どんな道でも、自分が納得して信じていられるのが一番ですよね!(with笑顔)

あ、そうだ!
よかったら、鏡つかいます?
せっかくだからお顔を見てみてください。
生き方が出てくるらしいんで。
どんな顔ですか?

……別に普通、ですよね!?
金儲けして若さと元気を保ってるなんて最低の人間が土下座して謝りたくなるくらい、何の問題もない、賢い、節約にいそしむ素晴らしい人間ならではの魅力的な顔ですよねぇ!?

ていうか、一般人がいいトシして、何が若さだって話でしたよねすいません!
誰でも老けていきますもんね?
年相当に老けてるほうが健全ですよね?
いいトシして若いなんていうのは、美容なんぞに余計な金と時間を費やす強欲でチャラい中身カラッポ人間か、本来ならしておくべき苦労をサボったかのどちらかですよ!
ロクなもんじゃない!
夢なんて追わず、与えられた境遇で貧しく老いて、苦しみや怨み、怒りはグッと堪えて、墓場まで持っていく。誰にも打ち明けず、ご迷惑をかけることなく、心の内にしまって、死んでいく。
それこそが、真っ当な人間の生き方ってもんですよねぇ?
ええ、ほんとそう思います。完全に同意します。ほんと正しいと思います(with棒読み)。

神聖幾何学カードのセッション感想いただきました

とある、ヒーラーをしている方から「業務多忙でうまく現実に対処しきれない」という相談を受けてセッションを行った感想です。

あれから、自分はどうしたいのか、与えつつ受け取ること、プライオリティやクオリティといった意味について考え、とりあえずサイトで新規の募集を10日までですが一時停止しました。

そうしたところ、自分でも驚く程気持ちが軽くなって、貯まっていたアチュなどもスムーズに、そして楽しく出来るようになりました。
お待ちのお客様からも「そんなにいそいでないので大丈夫ですよ」など、嬉しいお言葉もいただき、改めてお受け取りいただける方がいることに感謝しています。

新規のお申し込み対応や、ご入金確認等の作業について一切考えなくていいんだ、と思ったからこんなに晴れやかなんだと思います。

そして、一番の問題である「時間管理」「タスク管理」についても早速お勧めいただいた本を取り寄せました。
落ち着いたら読んで取り組んでみます。

確かに、余計なことを考えなくていい、専念出来る状態というのは素晴らしいんだろうなと思います。

カードの意味についても腑に落ちることばかりで、
かつリーディングやご経験から、具体的なアドバイスをいただけて感謝しています。

貴重なお時間、ありがとうございました。


お役に立ててなによりですわ。



神聖幾何学カードは、ハワイ在住のアーティスト「Francene Hart」女史が開発した、占いとしてもオラクルカードとしても有用なカードデッキです。

いろいろな問題に対処できますが、なかでも

ここ最近 or 今後の運気の流れの“トレンド”

を読むのに適している印象があります。

ある意味、カードの意味が抽象的なので、完全にカードリーディングだけでやろうとすると、ぼんやりしたメッセージになる感触があります。

なので、超感覚的な直観を併用して、「このカードは、こんなエネルギーをこんな感じで表している」と感覚的に解釈していくと、精度がグンと上がる気がします。

良くも悪くも、カードリーディングは、そのカードが持つ意味やモチーフに「本来のメッセージが翻訳」されて提示されるので、かえってカードの意味を取り違えるリスクがあると感じています。

が、超感覚でエネルギーを感じ取りながら、エネルギーの在り方を表すカードを使うことで、抽象性と抽象性がいい具合に相乗効果を発揮して、結果的に具体的なアドバイスができうると感じます。

セッションは、30分3500円(延長応相談)で受け付けておりますので、ご要望はメールにてお寄せくださいね。

なぜヒーリングに興味を持ったか

1つ前に、「シータヒーリングを始めたきっかけ」について書きましたが、じゃあそもそもなんでヒーリング関連のことをネットで検索したりするようになったか、についても書いてみようと思います。

重いよー?

ほんとに読みたい方はドゾー。
 ↓
その頃の私はビジネス雑誌の編集記者として働いていたのですが、雑誌のコンセプトが「会社でスピード出世して同期に差をつけ(≒優越感を味わえる立場&権力を手にして)、高い年収を手にできれば人生バラ色」といったもので、必然的にそのカラーに合った企画・取材をしなければいけない立場にいました。

が、実際に輝いているビジネスパーソンに取材をすると、べつにスピード出世とか年収とか、気にしてないんですよね。「この仕事に打ち込むことこそ我が天命!」とばかりに一心不乱に楽しくバリバリ働いてたら偉くなっちゃった、有名になっちゃった、というケースが圧倒的多数だったんです。

しかもそれを鼻にかけているわけでも吹聴したがっているふうでもない。ごく自然に、良いほうに現実が拓けてありがたいといった素朴な受け止め方をしている方がほとんどでした。

それじゃあ困るとばかりに、うちの雑誌のテイストに合うように
「これが俺様が成功した秘訣じゃあ!どうだすげえだろう!!いえーい!!」
みたいなニュアンスを混ぜて原稿を作成しても、掲載前の原稿チェックで修正を求められるケースが大半で(そりゃそうですよね、自分の成功を自慢してる記事を載せたい一般会社員なんてまずいないものです)、企画タイトルが派手なわりには内容が堅実でイマイチ、みたいな特集にならざるを得ないことが多くて頭が痛かったものです。

一方、うちの雑誌のコンセプトどおり「今は不幸だけど、そんな俺でも会社で出世して年収1千万円を超えさえすればきっと幸せになれるはず」という考えを信条にして生きている会社員の側になると、ガツガツしてるわりには(してるからこそ?)驚くほど成果が伴っていない。

もしくは、役職や年収はどうにかして得たけれど、それだけを目指して生きてきた人というのはいざそれが手に入ったとき、幸せを感じられないケースが大半なんです。
「カネだけあったって、肩書きがちょっとは立派だからって、なんだってんだ」
と自暴自棄になったり鬱々とする人も少なくないように私の目には映りました。
実際、肩書きも年収も暮らしぶりも、物質的豊かさという点では何ら欠けたもののないように見える人が精神的苦痛が原因と思しい自殺をするケースを、目の当たりにしたり風の便りに聞くという経験もしました。

あるいは、本人は幸せで成功していると豪語しているけれども、
「愛? そんなもの東南アジアの夜の街でお金出せば買えるじゃない?何いってんの。通勤のために電車に乗っちゃうような庶民が貧乏のつらさを忘れるために信じ込む麻薬、宗教みたいなモンでしょうよ、愛情なんて」
といったあまりに刹那的な思想を本気で信じて生きて、せっかく貰っている高い給料はストレスのため毎晩のように入り浸る高い酒場やら派手なお付き合いのパーティ会場やらでピンクのシュワシュワ(←シャンパン、もっというとピンクのドンペリの比喩)と共に消えて行く、、、という有様の人も珍しくないことがわかってきました。

人の幸せって、なんだろう?

人生がうまくいく人とそうでない人の違いはどこにあるの?


単純ですが、あらためてこのテーマについて深く考えるようになっていきました。

結局、カネと名誉なのか?

人間性なんて、精神性なんて、負け犬の遠吠えなのか?

そんなものがあったところでこの時代のこの世では、なんの役にも立たない?

もしくは、お涙頂戴の映画とかドラマとか本にしてヒットしたら初めて価値が出るってこと?

成功するには法則があり、その法則どおりに動いた人がご褒美をもらえるって仕組み?

もし、その「成功法則」どおりに生きるのが嫌だ・別の生き方をしたいとなったら、成功は諦めて惨めな状態に甘んじなきゃいけないの?

そして、物質的・外面的成功(だけ)に「幸せ」を感じるように自分を洗脳していくのがよい?それだけでは心が満足しないなんて言うほうが悪い?そう感じるセンスを殺してしまうべき?

「愛情に満たされる/心の充足」なんてのは、結局のところカネと名誉を手にできない負け組がすがりつく幻想に過ぎないのか?

でも、本当に物質的にも豊かで精神的にも豊かだと感じる成功者もたくさんいる。そしてそういう人ほどギスギスしてない。でも、なぜなの?ガツガツがむしゃらに努力する人間じゃなくて、なんでそういう人が成功できてるの?どこが違うの?

etc,etc...

まあそんなわけで、もともと興味のあった心理学などを皮切りに、プライベートなライフワークとして「こころの健康・癒し」、「成功哲学」といったものをテーマにいろいろ調べ始まったわけです。

以前ブログにも書きましたが、私は最初、心理学系のアプローチによる癒しを実現しようというスクールにちょろっと通ったのでした。

(エネルギーワーク的なアプローチもネットで検索するなかでヒットしたのですが、子供の頃からナチュラルサイキック的な要素を自覚していたにも関わらず当時の私は、とある理由(後日ブログに書くかもしれません)で、そういったことから距離を置こうとしており、わざとスルーしていました)

が、少なくとも私が学んだ範囲内でいえば、心理学という学問の範囲内だけでは人の心を癒すのにまだるっこしいというか、手間ひまがかかりすぎるというか、肝心のかゆいところに手が届き得ないという実感を得ました。

また同時に、そのスクールの人たちの間で、みんな口にこそ出さないけれど

「ほんとは、サイキックなエネルギーワークでアプローチするのがふさわしい領域があるってのは分かってる。でも、サイキックだなんて選ばれた特殊な一部の人にしかできないじゃない?私にはきっと無理。だから学問という、現実味のある手法を学びにきてるの」

という後ろ向きというか、臆病な逃げの姿勢を感じることが多かったのでした。
(たとえば稀に、レイキのファーストを伝授受けたという生徒がいると、『ええーーーっ!?』と声が上がって天然記念物を見るような目でその人を見るといったノリでした)

そこへ来て私はそのスクールで、(多分に性格の相性の問題で起こったことですが)講師から「信じられないほどの劣等生、出来損ない」といった酷い扱いをされ、最後は半ばケンカ別れのように講師と言い争いになってそのスクールを辞めてしまいました。

そういった経緯を経て、

・人の心を癒すうえでは必ずしも、「現実的」とされる手法が有効とは限らない。

・また「非現実的」と見られがちな手法がインチキの無効とも限らないかもしれない。

・自分は本当にヒーラーとして才能も素質も見込みもまったくないダメ人間なのか?

というような悶々が膨らみ、若干の反抗心やプライドも手伝って

「お前らがビクビクして足を踏み入れられずにいるサイキックな領域に、超感覚でも目に見えないエネルギーでもなんでも扱う領域に堂々と足を踏み入れてやろうじゃねえか!
そこでいっぱしになるまで修練積んで、テメエらが足元にも及ばないほどのヒーリング能力を身につけてやらぁ!!」

という鼻息荒い野心を抱くに至ったという経緯。

そこからですね、物怖じせずスピリチュアルとかサイキックとかエネルギーワークとかの情報に、怖がらず向き合って、、、むしろ「食らいついて」いくようになったのは。


今思えば、すべては必然だったんだろうなぁ。

あの心理学のスクールで優等生扱いされていたら、いまとはまるっきり違う進路を辿っていたかもしれませんねw

まぁ、どっちを歩むにせよ楽しい人生になったであろうことは疑っていませんが。


あー、なんか(普段さんざん自分のこと書いて晒してるわりに)今回のエントリーは我ながらこっぱずかしいなぁ。

ご参考に、、、、、、なるかな???