自分のフィールドで、がんばって良い仕事をしようと思えます。(アストラルリーディング初級講座の感想)

アストラルリーディング初級講座を受講した方からの感想をいただきました。

こんにちは。
昨日は、アストラルリーディング初級講座を開催いただき、ありがとうございました。

たいへん有意義な講座でした。
私自身のセルフワークとして、最近取り組んでいたテーマと関わることもあり、今日は自分の第2、第3レイヤーで見たことをテーマにやっていて、ワークが進みました。

また、第1、第4、第5レイヤーだけでも、友人知人をざっと見たら、その人の人柄や仕事に納得がいくというか、理解が深まります。

このところ相談にのっていただいていた、私が共同でディバインタイミングとしてプロジェクトを進めていくビジネスパートナーについては、第1から第7レイヤーまで全部見てみました。
さきに、マルチプルアバンダンスのルーツマイニングで、その方のルーツを見ていたのと合わせて、なるほどなあと、意外なこともありながら、見えたこととその方のお人柄やお仕事との関わりを考えると納得がいくなど、パートナーに対する理解が深まりました。

面白かったのは、第7レイヤーのディバイン・タイミングでした。
たしかにパートナーの第7レイヤーを見ても、私と共同のディバイン・タイミングが見えるのですが、ほしいものが違うというか。
共同での遂行を通して、それぞれが得ること、学んでいくこと、深めていく美徳などは、それぞれの魂なり今回の転生の課題により、異なるんだなと。

言うまでもないというか、当然といえば当然なのですが。。。

アストラル・リーディングと、マルチプルアバンダンスのルーツマイニングと倍音共鳴をはじめ、このところ受講させていただいたことを、さまざまに試したり活用したりさせていただきます。
いつもながらですが、すごい技法をシェアしてくださり、本当にありがとうございます。

また雑談での、今回のDo over についてのお話も、納得いきすぎでした。。。ありがとうございます。

そして、自分も自分のフィールドで、がんばって良い仕事をしようと思えます。

アストラル・リーディング、素晴らしいモダリティと思います。
自分の感覚をとぎすまし、感受性を深め、高めていける、世界や人間に対する理解が深まるという恩恵はもちろんですが。。。
初級だけでも、マルチプルアバンダンスを受けてるような方々が受講されたら、合わせ技で、色々実践的にも活用できると思います。


昨日思いついてやっていたのですが、第2、第3レイヤーに見えることって、かるく集合意識の影響を受けていて、そこから外れたら良いだけだったりしました。

また場合によっては、じっくり見ていくと、ヒュプノティックリズムの影響にも辿り着いたりしました。

あざっす。

久々に講座を開講してみて、アストラルリーディングの使い方の可能性について、この方のように、次々に

「ここって、こう使うことができますよね?」

とすぐ思いつく方に受講いただけたのは心強い限りです。
(べつに言われたとおりの使い方しかできない、自分ではアイデア浮かばないという人がダメということではないのですが。一般的基本的な型どおりのセッションで提供できるサービスの質をあげていきさえすれば)

また、マルチプルアバンダンスも並行して受講くださっている方でもあるのですが、(知識として混同するというのではなく、スピリチュアルなエネルギーの在り方について読み解くうえでの前提となる引き出しの数の多さとして)学んだことがエネルギーの実像を観る際に役立っている様子が伺えて創始者冥利でした。



アストラルリーディングをできるだけ広めたい、それを使ってお金をたくさん儲けたい、とは思っていません。
役立つなら使えば?というスタンスをとっています。
ただ、使いたい、役立てていきたいという意向をお持ちの方で、教われば伸びる最低限度の素養があれば、そういう方に伸びていっていただけるような場は整備したいなぁとはサービス精神的に思ってはいますが。

とてもマイナーとされる知名度の技法だし、べつにこれを使いさえすれば何かがよくなるとか、必ずお金持ちの幸せな人間になれるなどを約束するものではありません。
同じスピリチュアルな分野であっても、占いや他のヒーリングモダリティ、霊能者の霊感による霊視などでの助言などのほうが役立つ場合もあるでしょう。

べつに、アストラルリーディングはすごいよ、と、過度に持ち上げるつもりはありません。

ただ、ちゃんと学ぼうとする人に、その真髄までお伝えできるようでありたいと思うまでです。

もし、この世にアストラルリーディングなんてものがあったのかよ、ということが、(私や既存の受講生たちの死などによって)忘れ去られても、それならしょせん忘れ去られる運命だったのでしょう。それでべつにいいと思ってます。

それに、アストラルリーディングは習得するうえでは、茶道や華道などいわゆる習い事、お稽古事のように、どちらかというと楽しくないことばかりです。
お金を払って不愉快な思いをして、べつに魔法のように自分の人生がラクになるわけでもないなんてアホらしい、と思うような人には向いてないと思いますし。

なにより、アストラルリーディングなんかなくたって、人はどうとでも素晴らしい人生を生きられます。

旧来によくある宗教や霊感商法のように「これがないと不幸になるよ」みたいなこと、思いませんし、言いたくありません。

あくまでも、「よさそう、やってみたい」という人だけが来ればそれでいいよ、というものでいいんじゃないでしょうか、と思ってます。

なんてやる気のない創始者。でもいいじゃん。
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福、喜、楽、笑という文字のイメージも浮かびました

チェアフルネスプレゼンターのアチューンメントを受けてくださった方からいただいた感想です。

お世話になっております。

無事チェアフルネスプレゼンターのエネルギーを受け取りました(^^)

凄いですね!強烈な笑いのエネルギーでした笑

オラクルカードの強烈なマイトレーヤのイメージが浮かんだのですが、
なぜか途中から先日見た御輿を担ぐ祭りのビジョンが混ざり、
掛け声に乗ってマイトレーヤダンスを踊るアチューメントになってました笑

福、喜、楽、笑という文字のイメージも浮かびました笑

流石布袋様なのか、最後はお金のエネルギーを空から降り注いでくれ
豊の文字のイメージとともに、女神様(前に受けたアバンダンティアかな)も
一緒に祝福してくれました!笑

今回は良いエネルギーの伝授をありがとうございました!

先週ブログを初めて拝見し、記事から伝わる仕事に対する姿勢で信頼できると感じ
目についたチェアフルネスプレゼンターを申し込みしたのですが、とても良かったです。

今の自分に必要な、正解なエネルギーだったなと思います!

またお世話になることがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします。

今回はありがとうございました!

あざっす!!

思えば10年近く前につくったんですね、これ。

当時は、高次元エネルギーアチューンメントが隆盛!で、ちょうどコンピュータマニアでなくても一家に一台パソコン必須、的になってきた時期でした。
それで「ITに詳しくなくてもパソコンでいろいろ簡単にできるんだ?」といっていろんな人がホームページやブログ(←出てきた当初は衝撃的でした、こんな簡単に個人がWebサイトをつくれちゃうの?と)を開設し、そこで高次元エネルギーの伝授が見知らぬ人同士ででも連絡をとりあって行うという(かつてない)現象が、ブーム的に広まった頃。

それで、いろんな人がいろんなエネルギーを創始していて、
「すごいなぁ、そういうことができる人がこの世にこんなにいるのか」
とポカーンとしていた。

自分は当時、まだ確か臼井式レイキですらサードディグリーまで伝授を受けたか受けないかの頃で、エネルギーを観るどころか、体感ですら「これでいいのかなぁ、ただの自分の勘違いだったりして?」という状態。

だけどよりによって電車に乗ってて(車両と車両の継ぎ目のあのドアがあるらへんに立っていたのを今でも覚えている)、
「なんかこう、いろんな人がいろんなヒーリングエネルギーアチューンメント創始してるけど、どれもしっとりというか、おとなしいんだよなー。ちょっと退屈というか。もっと面白くする、面白くなれるのないのかなー」
と思っており。

それで、マイトレーヤのことを思い浮かべて、エリクサーのアチューンメントを受けたためなのか
「それ、いいんじゃない?」
とマイトレーヤから語りかけられた気がして、白昼夢みたいにそこで延々と?議論というか、アチューンメントエネルギーの設計会議みたいなのをして(でも実際は数分、せいぜい一駅分くらいの時間でしかなかった)、
「じゃあこれで」
と手渡された?組み立てが完了した?感じがして。

「あ、これって創始できちゃったってこと?」
と、現実感なく、そこまでの手応えみたいなものがあったわけでもなく、でも確実にもたらされた感はあって。
その直後に「すげー!」とガキみたいに興奮してダッシュしたくなり。

若気の至りもあり、それをヒーリングサロンの提供メニューとして公開してしまいました。
ら、思った以上に反響があり……で今に至っています。

アストラルリーディングマルチプルアバンダンス、マイティピュリフィアなどがっつりカリキュラムが組まれたヒーリングエネルギーをモダリティ的に創始するようになった今ではなんだそのくらいかという感じではあるのですが、まだギリギリながらも20代?だった自分がよくやったよなァと思います。

高次元エネルギー伝授を始めたときも、
ヒーラーとして独立するときも、
ヒーリングのインストラクターになるというときも、

必ず、

「あなたにはまだ早い」

「どうしてそんな大それたことが自分にできるなんて思うの?現実を見なさい」

「信じられない傲慢な人だね。よくも偉そうに」

「あの凄いベテランの○○さんだってそんなことしないよ?恥を知りなよ、何様?」

などなど、否定しにかかる人は現れます。
(ました、かな? 『そういう奴の言うことは真実じゃないから一切、気にする必要性がない』と学びを得てからは誰からも何も言われなくなったし、やってみて失敗してダメだったということもなくちゃんとうまくいってるし)

その、「そう言ってくるお前のほうが何様だよ」的な人たちの干渉をものともせず、良い意味で撥ね付けて、よくもまぁやれたよなぁ、と我ながら感心します。

それにしても、止めにかかってくる人たち、私の場合はなのかもしれませんが、ほぼほぼ必ず、40代の女性なんですよね。

「あなたは若いからまだ何もわからないかもしれないけど〜」

といって、こちらのためを想って言っているんだよと、親切なつもりで、その実は、年下の、キャリアも浅い、男に抜かされるのが癪に障るだけ。
端的に言えば出る杭であるこちらを打ちながら足を引っ張ってるんです。
もうその時点で、味方じゃないのは明白w

第一、アラサーと呼ばれる年になるまで生きた人間のことを
「若いからまだ何もわからない(だって私がその年齢のときはそうだったもの)」
と捉える時点で、その人自身がどんだけ薄っぺらくショボくトシだけとって中身すっからかんのアラサーだったのかも伺えるし、他人もみんなそんなもんだろと安直に決めつける浅はかさを40代になってもおめでたく引きずってる時点で、人として終わってるわけじゃないですか。
終わってる、という表現が雑なら、
「たしかに失敗する可能性もなくはないけど、うまくすればどうにかなる可能性をちゃんと成功に導くうえでの参考になる存在、アドバイス内容……ではない」
ことは確実でしょう。
(ただ単に不安要素を列挙するだけでその改善策や対応策、どうしたらうまくいくかを一切言わないのは、アドバイスでもなんでもない、いちゃもんつけ、空気ぶち壊し、モチベーションだだ下げの、単なるお邪魔虫だと思っています)

こう言ったら偉そうなのかもだけど、当時の時点で、ショボい大人ほどそうやって人を根拠のない悲観的なコメントで芽を摘もうとしたり、その人自身が生きることができていない成功者の世界に他人が行くのが面白くないから自分と同じく世界じゅうすべての人間を惨めなままで「みんな仲間〜、ワンネス〜」と言っていたいだけの甘ったれだと見抜いてました。
なので、
「うっせえんだよ黙ってろクソが。それ以上偉そうにしゃしゃり出てきたらシメるぞ」
のスタンスを崩さず。

そのスタンスをこちらが表明するとまた、キンキンカリカリいちいち過敏に反応して
「まァーーーーー!!!なんて生意気なんざんしょ!!!!信じられない悪辣な人間だわ。若いといっても限度がある!!!こんな人が業界にいることは、周りの人にとっての害悪でしかない!!!!……ねえ聞いて?こんな酷い人がいるのよ、気をつけてね?ぜったいにあんな人に仕事を依頼しちゃダメよ。ボロボロに傷つけられるよー?悪魔の契約めっちゃ入れられちゃう。あの人、自分は善い人だと信じてるみたいだけど、ほんとは悪魔の使いなの。化けの皮を剥げないと騙されちゃう!だから関わらないのが一番!」
みたいなことを、好き勝手「これぞ正義!」くらいの勢いで言いふらしはじめたりして。

人間って、可愛いね♪
(そしてあの頃に、さんざん人のこと悪く言って、『私はまだ未熟だから』とかなんとかいって、たぶん今頃50代とかにさしかかってるあのオバ様たち、どこ行ったんだろう。興味ないけど。そして未だになんのアクションも起こさず、いつになったら未熟でなくなり、素晴らしい活動だかなんだかを始めるつもりなんだろう)

おっと、余計なことを語りまくってしまった。



いわゆる単独の高次元エネルギーアチューンメントの意味とか意義、価値。
そういったものを、再認識・再評価する時期に来ていると個人的には感じます。
私個人のマイブームなのかもしれないけど。
でもディセンションして人類がまた幼稚になったから、高度な体系だったヒーリングモダリティをしかるべく修めるなんて夢のまた夢ってことで、単発の高次元エネルギーアチューンメントに触れるところから再出発、ってのもオツなもんじゃない?

てなわけで、私はあらためて、高次元アチューンメント、しっかり提供していきたいと思ってマース。

感想ありがとうございました。

私はドジでノロマな亀だけど、人類を救済して地球を癒してあげたい!?

もはや元ネタの存在すら、わかる人がいないのだろうか。

まあいいや。

「ヒーラーになりたい」

という人で、言葉は悪いけど一般的には

頭が弱い

といわれるような状態にある人(べつに明確に知能に問題がある障害者というわけではなくて)が、この記事タイトルみたいに言うこと、よくあるんですね。
(それこそがその人の頭の弱さを物語っているともいえるのかもしれない)

・人々を幸せにしてあげたい←そんなに「人々、みんな」はお前がいなきゃ救済されないほど無能で不幸でつらい人生を送ってるんか?

・地球を癒してあげたい←人類なんて地球からしたら人間にとっての腸内細菌のようなもんなのに何を偉そうに?

なんかこう全般的に、聞こえがいいことを言ってるけど

上から目線で施しをしてあげる立場からものを言っている

んですよ。

で、

「私はそりゃ、バカでコミュニケーション能力もなくて論理的思考力もなくて、IQもEQも低くて、仕事もできないし、空気が読めないし面白いことも言えないからプライベートでも友達いないし、新しく人と知り合っても嫌われてばかりで信頼されないし、責任をとるのが怖いしそもそも責任ってどういう意味かもわからないし、自分でも自分が何言ってるかわかんないけど、ただ、ヒーラーになって人々から尊敬されたい、自分は一人前の立派な人間なんだと思えるようになっていきたいんです。ただ、そうなるために、何をいつまでにできるようになるのか、どうすればそうなれるのか見当もついてないんですけど」

的なことを言う。
ほんとに何いってんだオマエ感。

地球や人類はお前が自己重要感を感じるためにある哀れな傷ついた存在じゃねえよ

と個人的には思います。

しかも、

「私は普通の仕事はできないバカだし、面白いとも思えなくてやり甲斐を感じられないから、ヒーリングの仕事がしたい。それならできるし、やりたいし、お金も普通の仕事よりもたくさんラクして稼げるだろう」

という算段を持っている。

どんだけヒーラーの仕事ナメてんだよ

と思います。

で、ちょっとそういうことをツッコむと、

「あ、まだ掘り下げ……がたりないですか? ん? これは掘り下げっていうのかな? あぁ、掘り下げの意味がわかんなくなってきた。波動……を上げる? 深呼吸、深呼吸……。愛の定義がズレてる? え? トラウマが癒えてないってこと? あれ、どこで自分が止まってるのかわかんなくなってきた」

などと、会話してんのか独り言いってんのかわからない、まったく論理的でないことを、意味不明な抽象的な単語をポンポン羅列して言う。
お絵かきする水森亜土のモノマネをしようとして失敗しているような。
話しの相手をしてる側からしたら、「お前、ふざけてんのかよ」と小馬鹿にされてる印象すら受ける勢い。
これ、一般的にいえば「こいつ、頭弱いの?」と思われても仕方ないし、尊敬されるどころか嘲笑されても何も文句いえないんじゃないかなと思います。

必ずしも論理的でなきゃいけないとも思わないし、稚拙かもしれないけど感覚的に破天荒というかアーティスト気質というかな思考回路を持っている人が絶対にいけないとは思いません。
でも、ヒーラーとして人と接するなら、ましてやお金を貰うプロになりたいなら、それじゃどうなの、という感じ。
いやね、話は通じないし頭おかしいと人が感じるような意味不明なことしか言わないけど、とにかく超能力がすごくてなんでも癒せちゃうんだよ、というならいいんですよ、会話力なんて。
でも、

「私は霊視もできないし、子供の頃からの霊感もないし、練習しようと思ってもサボっちゃって何もしてないし、ていうか練習って何すればいいかわかんないし、でもプロのヒーラーにはなりたいです」

みたいな人が、一般的な会話のやりとりすらできないとなれば、論外すぎるんじゃないかなぁ。

「私はピアノが弾けないし、子供の頃から音楽のセンスがあったわけでもないし、練習しようと思ってもサボっちゃって何もしてないし、ていうか練習って何すればいいかわかんないし、でもプロのピアニストにはなりたいです」

って言う人がいるとして、どう思いますかね。

で、ハノンを練習しなさいといってもしてこない。何がやりたいのというと、
「ショパンのなんとかもいいし、リストの何々も弾きたいけど難しそうだなぁ。楽譜がどこにあるのかわからないけど。耳コピでみんなできてるんですかね?その曲を練習しなきゃダメですか?もっと自由にコード進行の即興とかやればいいのかな。あれ、どうすればその曲が弾けるかわかんないや」
みたいなことを延々と喋っている。それで年齢が40代とか50代とか、もっと上だったりする。

悪いけど、見込みないでしょ。

で、否定的なことを言われるとムキになって

「いやです!諦めたくないです!どうか教えてください。なんでもしますから、頑張ります!」

と泣き出したりする。

そのすべてが支離滅裂だということが、わからない。

で、たとえば宿題を出して、次回も勉強会においでくださいとか、レッスンを引き受けましょうなどというと、そのときだけは涙を流して

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

と感謝感激感を出す。

で、次回、また宿題をやってない。か、やってきたと称して、意味不明なことをだらだら喋り、

「それ、自分で何言ってるかわかりますか」

というと

「わかりません」

と平然と答える。

ノートに考えたことをまとめたり、それを見返したり、もしこれをレッスンで発表したら相手に伝わるかなという視点がまったくない。

「私は、言われたことをやりましたけど?(さぁここからはアンタが私を引っ張っていって頂戴)」

とシレッとしている。

何かダメ出しをされるとムッとしたり、人によっては突然、鼻で笑って「バカバカしい。あんたみたいな波動の低い人間にはつきあっていられない。私は生まれながらにして特別な魂を持っていたの。もう私は自由に生きる!」などと、だったらはじめからそうすればいいじゃん(でもそうした結果なにもかもうまくいかないからヒーリングモダリティなど整備されたメソッドを勉強したんじゃないの)感すごいことを言い出したりする。

霊能力についてダメ出しされたとき、それを真っ向から克服する気持ちなどがくじけてしまうと(←だったらプロなんか目指すなよ上達なんか志向するなよ、って話なんですけど)、

「私、家がお金持ちなので」
「旦那がいい会社に勤めて(私を養ってくれ)ますから(ヒーラーになんかならなくても良い暮らしができます)」
「うちの近所が大金持ちなんですよ(←最強に意味わかんない)」
「別の資格があってそっちでの仕事もできます(だからヒーラーにならなくても稼いでいけます)」

などと、要は霊能力なんてすごくなくても生きていけますよ的な自慢をするんですね。

もっとすごいと、

「思えば自分は昔から、これといった努力をしなくても、タイミングよく誰かが助けてくれた。だから自分で自立して自分の人生をどうにかしようとしなくても、人生うまくいくことを再確認した。こんなふうに自分で努力しなきゃ生きていけないような人間がする努力をしてたら、かえって自分の特質が死んでしまう」

と、ヒーラーとして研鑽を積む方向で努力すること自体を軽蔑して否定し、鼻で笑って後ろ足で砂をかけて去っていくタイプの人もいます。

いちいち書いてるときりがないけど、どのジャンルよりも「目指す人」のレベルや状態が混沌としている印象があります。
(それと同じくらい混沌としてるのは、芸能界志願者でしょうかね。『私45歳でお芝居も下手でもう見た目も老けてきちゃってこれといってトークも面白くないし歌も歌えないけど、声優としてアイドルになりたい。いま子供が小学生でまだ少し手がかかるから芸事のレッスンに全力投球というわけにはいかないけど』みたいなこと言ってる、服装だけは10代のロリータファッション、みたいな人、けっこういます)

なんていうんだろう、

「こんな自分でも頑張ればプロになるんでしょ?他のちゃんとした職業と違って(しかもその頑張りも、他の物事と比べたら厳しくないはずだよね?ラクにちゃちゃっとやって『はい、頑張りました』と言っていいジャンルだよね?苦労することをよしとするのは違うっていうし)」

といった捉え方でヒーラーという仕事をナメてるとしか言いようがありません。

しかも奉仕とか貢献じゃなく、そういう体裁はとってるけど本心は自己顕示欲。
そんなヒーラーのセッション、受けるお客さんの方が可哀想だと思わないんでしょうか……。

なんでも希望とか前向きとか言うのも結構だけど、

プロというのは、人一倍できるからこそ、お金を払ってでもお願いしますと思う人が現れるからこそ

という基本に立ち返ってみてもいいんじゃないでしょうか。

で、霊能力そのもの以前に、会話が成り立たないとか、意味不明な言葉をポンポン言いたいように言って「それが何か?」みたいに思うとしたら、もうヒーラーかどうかに関係なく、サービス業でプロになるのは無理なのでは。
接客できないでしょ。

でもなぁ、ここに書いたようなことを理解できないから、まだ「プロになりたい」と言ったり、「そのためになんでもするので何をすればいいか教えてください」と思ってるってことだもんなぁ。。。

まぁ、そういう人はどんなにプロになりたいと思っても、なれなくて悔しいとか不幸だとか夢が叶わないとか独りよがりにどんだけ悲しんでも嘆いても、プロになれないから安心なんですけどね。
ほんと世の中、よくできてると思います。

ヒーラーだけに限らず、どの分野でもそうだと思いますが

「何もできないし頑張ろうと思っても心が折れてすぐ挫けちゃう自分だけど、超一流のプロとして世界一ばんばん稼いで豊かに幸せに生きて人から感謝され尊敬され自分に自信を持って生きていきたい。この世界や人々を救済したい」

って、まずその時点で自分で自分に「なに言ってんだお前」とツッコミ入れられないことが何よりもうどうしようもなくダメだと思いますよ。

あくまで夢を諦めない人「でもそれってあなたの個人的な意見ですよね?私は自分を信じて生きていきますので余計な口出しは結構です。本当にありがとうございました!」

Ole Gabrielsen氏創始のヒーリングエネルギー2020バージョン勢揃い

してます。

⇒Celestie.jp公式サイト「高次元エネルギーアチューンメント一覧」ページ

ジーザスやラント、エイルなど、これまで当サロンでは扱ってこなかったエネルギーも増えました。

聖人や天使などのエネルギーは、個別にはあらためてアチューンメントを受けるまでもないかなと思っているきらいが自分でもあったのですが、ここへ来て単独の誰かや何かのエネルギーで癒すということの恩恵の大きさと唯一無二性?を再確認してます。

1つ1つが、「これじゃないと届かない孫の手、耳かき」のようなもの

なんですよね。

ジーザスは、「おいおいいくらなんでも王道すぎだろ」感すごくて気後れしちゃうところがあったんですが、いざ流してみると、Oh!としか言いようのないエスカレーション感。

ほか、ラントは悪い意味で大人になり、無感動でなんでも頭で「どうせそんなのやったって、〜〜〜でしょ?」と、根拠もないし実際やってみたら違う喜びや面白さがあるかもしれないのに決めつけて、腰が重くてなんでもめんどくさい人が少年少女のような無邪気な明るい好奇心を取り戻すのに最適!お腹の奥にある過去の失敗を悔やむ気持ちや恐れが完全消失の勢い。



ヒーリングのエネルギーって、どれが一番効くかとか、万能なのはどれ?といった、ランキングで測るものじゃないと思ってます。

人と同じように、そのときの状態や気分によって、一緒にいたい人とか、実際一緒にいたときどんな気持ちになるかなどが変わっていくもの。
どの人が一番すごいとか、常に一番好きでどんな場合でも状況でもこの人が一番、というものを決める必要って、ないですよね。
こういうときはこの人、こういう場合はこの人、いつもはこの人がいいけど、今日は○○ちゃんに声をかけてみたい気分……。そういう揺れや変化があるもの。

1人1人が天使やマスター、聖人で、もんのすごい深みなどがある存在なわけで。
いつも同じ効果や感覚というわけでもない。
1つのエネルギーを毎日かけても、毎日毎日、感じや癒され方は違うことでしょう。

そこへきて、2つ以上のエネルギーがあれば、どんなときにどれをかけてみようかなという選択肢が生じる。
それはもちろん、迷いだったり、全部やりたい欲張りな気持ち、あるいは全部かけないと、という強迫観念などにもなりかねないといえばそうですが、ただでさえ高次元エネルギーヒーリングを信じない人や知らない人には一生味わえないものが味わえるわけですよね。

いろいろな癒され体験をしたら、実際に癒えたか役に立ったかとも別に、その体験が素敵な思い出になるんじゃないのかなぁ。違いますかね?

そんな悠長なこと言ってられないって?あぁそうですか、じゃあご縁がなかったってことで。いちいちいろんな体験なんかしてる場合じゃないですよねぇ。
ところでこの世に生まれて「体験をしている場合じゃない」としたら、何をする場合が大切なんですか。やっぱカネっすか?出世狙って権力ヒエラルキーの頂点目指して脇目も振らずにGOGO!っすか?その体験が好きなら全然そっちやればいいですよね。べつにおかしいと思わないしいいんじゃないですか。

それでいいと思ってます。

「あんたがおすすめしたからやってみたけど、たいしたことなかったよ?どうしてくれんの?」

とか言われてもうっせえし、知らんし。

なので私はすべてにおいて他人に「これさえすれば絶対に〜〜できますよ」みたいなことは言いません。
それを保証してもらいたいなら他の方をあたってくださいな。

たいしてアレだった、ってのもそれはそれで一興なんじゃないの?
そんな余裕ないって?ふざけんなよ絶対に失敗なんかしたくないんだ、損をするなんて考えられない、って?
たいそう豊かでいらっしゃるのねぇ。じゃあ住む世界が違うってことでさよなら。

なぁんてね♪
みんな仲良く贔屓にしてね!!

ラクに苦もなくできるクリアリングなんて、所詮その程度。

タイトル読んだだけで脊髄反射的に「ムキー!」ってなる人いそう。なってろ。

で。(ガン無視)

自分この春からけっこう本気で毎日1レッスンくらいの勢いでホットヨガ続けてます。
動機というかはいろいろあるんですが、形式的にでもなんでも芸能タレントとして事務所所属に(また改めて)なった、というのが大きいです。
自分1人で、自分のために、美しく健康になろう&いようとしたところでドライ?な私は「なんのために?」となってしまい、いまひとつ頑張れなくて。
まあそこは置いておき。

毎日ホットヨガ続けると、毎日続けるからこその変化というのを感じられて面白いです。
単純に体がどんどん柔らかくなるというのもあるし、贅肉が落ちたことでポーズがとりやすくなるのを実感したり、体力も増進するのか途中で苦しくなることもなくなったり、ヨガを終えた後に以前はぐったりしてたのが平気でシャカシャカ動けるようになったり。
それに伴って、ヨガ以外のことでも、「自分の気力・体力では、このくらいが精一杯だろう」と思ってた以上のことができるようになってタスクをこなす能率まで上がったりしていいことずくめ。

って、この記事で言いたいのはそこですらなくて。

実はヨガを続けて、しかもキツめのクラスや実技をやってると、昔のつらい記憶とか、意味不明なトラウマぽいエネルギーが、浮上してくることに気づきました。

運動すると、細胞に溜め込んでいた過去のつらい記憶が抜けていき、その過程で自分があらためてそれを感じてつらくなるというのはエネルギーワークやってる人にはお馴染みかもしれません。
し、もっと物理的に?常識的?にいえば、細胞の中に溜まっていた毒素が抜け出て血流を通るので、その毒素のせいで気分が悪くなったり、それがとっかかりになって?脳が過去の嫌なことをたまたま思い出す?みたいな説明もできるのかな。まぁどうでもいいけど。

それも「うん、当然。べつに普通」という感じでケロッとしてられるようにもなりました。

し。

これが一番言いたいことなんだけど、「意味不明なトラウマ」らしきエネルギーを、(単純にヨガなど運動をするだけではとれないので)明示的にヒーリングエネルギーで取り除いて癒したり、を経験するようになりました。

自分の場合ですが、ホットヨガで今の自分の限界ギリギリ……というポーズをどうにかこうにかギブアップせずやってるとき、自分の内側の深いところから、ちょうど5秒くらいのGIFアニメ映像みたいな意味不明ぽいビジョンが浮かび上がってくるんです。
それも、下品なおばさんが見苦しい感じでうかれて踊って笑っている、みたいなシーン。
ほんとのGIFアニメみたいに、5秒くらいのその、見苦しい映像がエンドレスで再生され続ける感じ。
これといってこれまでの人生で会ったことがある人でもないし、そういう経験をして嫌だと思った記憶もない。
どうやら、「いわゆる見苦しいおばさんがいけしゃあしゃあと不遜に傲慢に独りよがりに自分のことだけ考えて有頂天になってる様子を見るいろいろなシーンの総合&象徴」としてトラウマが形成されていったもののようです。

ほかにも、見るからに運動神経なさそうな頼りない男性が綱渡りをしようかどうかモタモタと迷い続けるとか、だいたい5秒くらいの、実に「象徴的」と呼ぶにふさわしい映像を映すエネルギーが、まるでルービックキューブが心の中から次々に浮かんでくるみたいに、1つ1つ出てくるんです。

(体が、というより気分的に)すごいムシャクシャして、イライラして、今すぐヨガやめて教室から出てシャワーでも浴びたい衝動にかられます。
そこまで別にその意味不明ふうな映像の内容に憤っているとか、その映像自体に対して怒りをおぼえているというわけでもないんですが、とにかく嫌。w

で、運動したとき浮かび上がってくるかつての苦しみの想念とは違って、ただ運動を続けているだけでは抜けていかない。
そこに居座ってる感じ。

なので、マイティピュリフィアなど自分が使えるヒーリングエネルギーを使って、その映像を映す小型テレビというかキューブ型のように感じるエネルギーを、まるまる、浄化して癒して消していくというエネルギーワークを、ヨガと同時並行でやりました。

(もしそれが妄想の思い込みでも)癒せた、消えた!と感じたときのあの安堵!!
それでレッスンを終えて着替えたり、鏡に映った自分の顔を見ると、別人のように感じる。
造作が、というより気配的に。すっきりした感じ。

トラウマについては、他の思考のイシューと比べて掘り下げて云々をせずに、あったらとる(ただし、そのトラウマがない現実の方を良いと思って指向している意図が盤石に成立していればの話。そこが成立してなかったら、なんだかんだいってそのトラウマを必要としている証拠なので掘り下げるが◎)手法でイケます。

トラウマとり放題!

なんか斬新?新鮮?な経験だった。
これ多分だけど、(意味不明な)悪夢みたいのをよく見てうなされる人は、原因の1つにこういう、自分でも理解できないトラウマのエネルギーを抱え込んでるってことなんじゃないかな?

で。

記事タイトルに戻りますけども。

必ずしも甚大な苦しみを伴わないといけない、とは言いませんが、余裕しゃくしゃくでできるクリアリングだかの癒しのワーク、取り組みというのは、やっぱり、それでできる程度の範囲内で留まるもんなんじゃないかなぁと思います。
えぇ、あくまで個人の感慨です。
「そんなことはない!」
という人は、「ほぉ、なるほど!参考になります、ためになりました」とこちらが思えるだけの確固たる資料やプレゼンの準備をして、アポとってください。そのプレゼンを有料で聞かせていただきます。いくら頂戴するかは、プレゼン前の提案書みたいなやつを見せてもらった後で見積もり、お出ししますのでよろしくお願いします。

結論としては、やればやっただけ、それならではのことがある、得られる、ってこと。

やってもやらなくても、どっちにせよ、それを選択して経験したがゆえのことが得られるってことですねー。
シンプルシンプル♪