未経験〜初心者など能力や経験が低い人ほど、自分の能力を過大評価しがちだとするダニング=クルーガー効果。
まったくやってない、超初歩しかやってない人ほど、些細なことで
「私ってすごい!向いてる!できてる!天才!」
とお気楽に思い込めて有頂天でドヤ顔できるというアレです。
そのあとで中級の壁とでもいうべきものにぶち当たり、今度は多少できても
「自分なんか全然ダメだ」
と過小評価して凹む。
それでもやめずに精進して上達して経験も豊富になると、冷静に客観的に自分の能力を見極めることができて、妥当な評価を下せるようになるという現象ですね。
コンピュータOSのLinux開発者、リーナス・トーバルズ(Linus Torvalds)氏がイベントで着ていたTシャツに
ワタシハリナックスチョットデキル
と書いてあり話題になったのをご存知の方も多いかと。
基本的には俗世では、何事をやるにもこの効果というか現象は起きるので、
・初心者のうちは浮かれないこと(自分で思うほど有能ではないので)
・中級者になったら凹みすぎないこと(自分で思うほど無能ではないので)
・上級者ってスゲーよな
という教訓で捉えることが多いようです。そして妥当だとは思います。
が。
ここではあえて、思考が現実を創るという霊的な観点での意外な効用について触れてみたいと思います。
あなたの周囲にいる、まさにダニング=クルーガー効果でいう初心者状態にあてはまる人を思い浮かべてみてください。
たいして(あるいは全然)できもしないのに、なぜか本人はできるつもりで自信満々な人。
自分自身がまさにそうかも、と思う謙虚なメタ認知をする人もいるかもしれませんね。
で。
その人の現実って、わかりやすく中級者や上級者より破綻したショボいものになっていますか?
そりゃ、ちゃんと大成功した超一流の人たちとは明らかな差が現実面(職場やそこでの待遇(職位や給料など))で現れてるのはどの分野でも同じかもしれませんが、どんぐりの背比べ的な段階でいえば
そこそこ以上にデキる人と同等の豊かさや権利、幸せを謳歌している
とは思いませんか?
能力の差と同じだけ、現実面での恵まれ度合いや、ブイブイ言わせ放題度合いに差がつくわけではない。
これって、どうしてだと思いますか。
そりゃ、現実はいろんな側面があるので、因果関係を正確に示すのは難しいんですけど。。。
霊的な面から(乱暴に)言えば
ダニング=クルーガー効果のおかげで、出来の悪い人は思考では「私はでき(て)る!」という想念を能力以上に強く持てるので現実創造につながるポジティブな想念にパワーがあり、結果として中上級者と遜色ない恵まれた現実を創造できてしまうということが言えるのです。
俗にいう「プア充」はその典型例ともいえて、学力も学歴もその他いろんな知識や技能がないないづくしにも関わらず、仲間とつるんでいつでもハッピー!でこれといって貧しい不幸な想いや境遇に苛まれることもなく、つつがなく結婚してバンバン子どもを産み、みんな元気で健常で健康で……というあの(郊外のAEONなど大型スーパーやショッピングモールの安いフードコートの一角を一家で占領してガツガツ食ってる)よく見る光景を実現できるわけです。
自分に能力がないことでクヨクヨしていない想念が、意図が、思考が、頭の中どおりの浮かれた陽気な現実を創造できてしまうのです。
なまじっか勉強を頑張って進学校〜難関大学を経てそれなりの会社に就職できてるはずの人たちの方がなぜかパッとしない現実に留まっているのも同じ仕組み。
ダニング=クルーガー効果でいえば中級者の、実力があるのに過小評価して「自分なんかダメだ」と思うフェーズにいる人が、その思考によってショボい現実を作ってしまうのです。
そして、それよりもハイグレードな現実を謳歌するには、もっともっとすごい実力をつけないとダメだと思い込んで決めつける。
(実際そうでもないと周囲の様子を見て気づいても、自分の思考の枠組みを頑固に固辞してしまうため受け入れないのもあるある)
これってよくできた仕組みだと思いませんか。
初心者のうちはダニング=クルーガー効果のおかげで創れる現実が実力以上の下駄を履かせてもらえる。中上級者はその逆というかで、
ようするに実力がどんな状態・段階の人であっても(よほど別にブーストする要因でもなければ)創造する現実が同じようなところに落ち着くんですよ。
これを恩恵と思うか、皮肉と思うかは個々人の判断といえるでしょう。
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せっかくなので対処法についてもヒントを。
無能〜初心者は恵まれているのでよかったですね、で終わりにして。
できてるわりにショボい目に遭う中上級者については
・この記事に書いてあるような要因で自分が実力よりもショボい現実を創ってしまっていると感じたら、その思い込みを解放する
(ある分野の能力値がすなわち周囲の現実のありようを全て決めてしまうわけではない)
・勉強を頑張っていい会社に入って……という、上を目指すコースで生きるならば、中上級者が陥りがちな過度な否定に自分が陥らないように留意すると共に、全然できない人たちがおめでたい勘違いゆえに良い現実を創れてしまう仕組みが霊的摂理にはあることも知って「なんであいつは自分より出来が悪いのに良い思いをしやがって」的な嫉妬、理不尽感を抱かない
(勉強や仕事を頑張るのは、すなわち現世利益でいうバブリーに得するのとは別の動機・目標で取り組む)
らへんが肝要かと。
「えー、そうなんだ。でもこの記事を読んだだけじゃ、ちょっとまだわからないなぁ。自分の場合はどう捉えればいいんだろう?」
と迷ったら……。
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