100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート

しゃれおつー。



見開きの左ページが格言、右ページが解説になっており、タイトルどおり100の基本が語られます。

ちなみに松浦弥太郎氏のWikiペディアはこちら

書籍タイトルには「松浦弥太郎の〜」とありますが、本の内容は

・松浦弥太郎の『100の基本』
・COW BOOKSの『100の基本』(←COW BOOKSの社員が心がけるべきものとしてまとめられたもの)
・あなたの『100の基本』(←100までの番号がついた空欄ページ。自分で書き込む用)

と3部構成になっています。

余白を活かした紙面レイアウトで、目が疲れず、パッと開いてちょっと目を通すにはちょうどいい。

書いてある内容は、「挨拶上手になる」とか「遊ぶために働く」など、べつにお前にそんなこと言われんでもいいわ!的な内容が多いのですが、だからこそ、いろいろ考えすぎて煮詰まったり、小難しいほうに頭が行き過ぎたときなどにたまに開くと、いい意味でリセットしてくれます。

『100の基本』のうち、「松浦弥太郎の〜」は、文字通り松浦弥太郎という個人の心がけ。そして「COW BOOKSの〜」は社員向けなので、ビジネスの現場ではこうしよう、仕事中はこういう心づもりでいよう、という接客業向けの社訓ともビジネス哲学ともとれる内容になっています。

こうした他人の考えを見せられると、人間は良くも悪くも批判や批評、自分ならではの感慨が沸いてくるものですが、そこで「あなたの『100の基本』」が来る、と。

最初の2つの『100の基本』に納得がいかない、くだらない、いやいやほんとはこうだろう、と思うなら、口先でその場かぎりグチャグチャ文句つけて終わりにしないで、ちゃんと書いて形にあらわしてみろ、という。(←いや、べつにそんな攻撃的でなくてもw)

そして自分で100の基本を埋めた後に誰かに本を読んでもらい、自分の書いた100の基本も含めて感想を聞く、と。
どんな精神的SMプレイやねんw

いや、べつに他人に読ませなくてもいいけど。

無理して自分の100の基本を埋める必要もないけど。

こういう、読み手が書く欄がある本って、面白いなぁと思います。

あとね、『100の基本』、そう、「基本」ってところがポイントかと。

高尚な、崇高な、洗練された、凝りに凝った、高度なことではなくて。

基本。

いつでもどこでもベーシックな。

ある場面だけとか、ある状況だけとかではなくて、常にそこにある、基本。

自分の生きる信条として基本を100個、挙げろというのは、なかなかチャレンジングなことではないでしょうかね。

物体として本のサイズもいわゆる単行本(四六判や菊判とされるサイズ)より小ぶりで、分厚いけれど、手に取りやすい。
書かれた文章そのものだけでなく、物としての存在価値。利用するうえでの使い勝手。
そういうところにまで配慮された、素敵な本だと思います。

貶すのは、とても簡単。
抽象的に「くだらない」と言えば済む話。

もちろん、批判的な感想を持つ人の話も聞いてみたいなぁ。
でもそのときは、抽象的なdisり文句だけじゃなく、具体的に、「じゃあどうだったらよかったのか」の改善案も提示したうえで、その人自身の『100の基本』も書いてもらって読ませてもらったうえで、じっくり聞きたいものです(笑顔)。
スポンサーサイト

使命から逃げ回ると見限られてマスターの魂成分が抜ける

1人の肉体に2つ以上の魂が入った状態でいる、いわゆるマルチプルソウルについては、スピリチュアルな業界でもまださほど情報が出てきていません。

近年でいうと、「Your Multiple Souls - How They Direct Your Creativity, Genius, Complexity, and Moods(Ruth Rendely著)」くらいでしょうか。

上記の本にも載っていない情報ですが一部では「ほぼほぼ実際そうらしい」的に認知されているのが、

天界のマスターとされる存在の魂の成分(パーティクル)が、人間としての魂と共にあるというタイプのマルチプルソウル(で生きている人間)

の存在。

特に都会など、いろんな意味で人との縁や刺激や世界に与える影響の大きい動き方をして生きている人というのは、(単なる無名の会社員でしかないと見えるとしても)マルチプルソウル率が高いとされます。

で。

マスターの魂(成分)を持ってるということや、マルチプルソウルであるという点に、安直に優越感を見出してご機嫌、な人もいるようです。

でも実際どうでしょうか。

天界のマスターがこの世に働きかけるうえでは、わかりやすい俗世間の、出世や大金稼ぎ、何かしら人間がこしらえた栄誉の獲得(例:オリンピック金メダルなど)を得て、セレブヒーローで億万長者でウハウハになりさえすればOKというものではないことがほとんどです。
(あるいは、わかりやすい形で芸能界で売れるとか、著名な芸術家・運動選手として有名になるという形の活躍であっても、世間で一般人がなんとなく『いいな〜、すごいな〜』と憧れる在り方と実際とはかけ離れていることくらい、想像つきそうなものでは?)

現世利益的に見れば、履歴書に書けるような立派な肩書き、職務経歴書的に判断される(実績として世間一般で通用する範囲内に限った)実績、稼いだ金、掴んだ社会的地位といったもので、成功の度合いは測られます。

簡単にいえば、地位と名誉、金と権力をできるだけたくさん高く多く大きく得たら、その分だけ成功者ということにみなされます。
でもこれはあくまでも、人間が、俗物的な価値観あるいは実社会の運営という観点のみから見た場合にそう見えるというだけの話。

霊的な事象が、風が吹いたら桶屋が儲かる式に、「まさか、そことそこがつながってるの!?」とは誰も思えないようなつながりでできていることは、霊的なことを多少なりとも学んだりエネルギーの編み物的つながりによるこの世の成り立ちを感じ取ったり観たりすれば、誰でも気づくでしょう。

天界のマスターたち(の成分を持った人間)は、人間が把握でき名誉や成功だとわかるわけではないがとても重要、という類いのことを使命として生まれている可能性があります。

つまり、

マスターの魂成分を持った人間は、人一倍たいへんな思いをして、重い使命を背負い、逃げも失敗も妥協も許されない動き方をしているにもかかわらず、そのことは人間の間では誰にも理解されないし、まさかその人がそんなすごいことをしているとは気づいてもらえない

のです。

まさに、骨折り損のくたびれ儲け。

で、(この記事では解説を省きますが)人生の難易度設定のようなものがあり、マスターは激ムズ(超絶難しい)レベルに設定してることが多いです。

現世でわかりやすく「あれよあれよという間に何もかもがうまくいって」、成功とされる身分や実績を叩き出せた(わりに、本人が何か喋ってもたいした人物には思えない)人って、いますよね。
そういう人は、難易度設定が簡単レベルになってるんです。
ちょっと何かしただけで、勝手にうまいこといってしまうような設定。

そんなぁ、理不尽な、と思いますか。

現世利益面だけでいう「豊かさ、幸せ」にフォーカスしたら、そう映るでしょうね。

天界のマスターたちはそういう人間の枠から、良くも悪くも逸脱した範囲と視座から、この世の運行に寄与することを選んでいます。
その成分を持って生まれた人間は、霊的なことに自覚的にせよ無自覚にせよ、そういう宿命を引き受けていることになります。

さて、記事タイトルですが。

冒頭に紹介した本の中でも、ある人間が一生の中で複数の魂を持ったり、そのうちのいくつかが抜けたりすることについては触れられています。

実はこれ、マスターの魂成分についても、そうなんです。
少なくとも、私が見てきている範囲内では、そうあるように見てとれます。

マスターの魂成分を持って生まれた人間は、人に言えないような苦しみをたくさん抱えていて、同じことを他の人生難易度Easyモードの人と同じふうにやっても、うまくいきません。
人よりはるかに優れた能力を持っているのに、人の何倍も努力を要し、そのわりにたいして報われなかったり、人からはその実力を認めてもらえない場合があります。認めてもらえないどころか、その優秀さが反感を買い、敵を作ってしまう(というか、愚かしい人間側がマスターの魂成分を持った人間の真価を認められず、怖れるあまり敵対心を抱いてしまう)ことも多々。

とにかく、安直に誇ったり優越感に浸ったりできるような、生易しいものでは全然ありません。

だから。

自分の中の、得体のしれない何かによって自分の人生が人一倍、大変なものになっているらしいことに、知識や霊感はなくとも気づいてしまう人は、います。気付かずにただもがいている人もいますが。
そして、それがマスターの魂成分だと知らなくても、自分の人生に次々に起こる困難(という試練、課題、使命遂行のためのミッション)には、気づきますよね。それで、なぜかいつも大変な目に遭う自分の人生が嫌になる人もいます。

弱い人は、逃げ回る。
強い人は、立ち向かう。

要は、霊的マッチョかどうか。霊的アスリート、霊的戦士かどうかが問われます。
この点については、霊能力やスピリチュアルな知識の有無はあまり関係ありません。

さんざんスピに目覚めて霊能力を発達させて霊視などができるようになったところで、自分の宿命・使命の重圧に耐えられるとは限りません。
まさか自分がマスターとされる存在の魂成分を持っているなんてスピリチュアルな知識がまったくなくとも、どういうわけか大変な人生に負けずに挑み、成果や実績を残せる強い人もいます。

でもって逃げ回ると、この記事のタイトルどおり。

「あ、こいつじゃもうダメだ」

と、マスターの本体が思い、その成分を持った人間が「もう無理っす。嫌です。ギブアップ」と白旗を完全に上げたら、その成分は抜けます。

ただの人間に戻れます。

人生の難易度設定も、ごく易しいものになるでしょう。

(生まれる前とはいえ)自分が選んで背負った宿命を、投げ出した。
自分に負けた。

安心してください。この世は敗者にも優しい世界なのです。
マスターの魂成分を投げ出すと、まるで一流企業に入れたもののついていけなくて辞めた会社員のように、あるいは難関大学に入学できたけど入学後にあまりのレベルの高さについていけず退学した学生のように、

「なにもかも自由だぁ!」

という、安穏とした日々が訪れます。
(その安穏さが一生続くといいですね♪)

マスターの魂成分を投げ出すかどうかの自由まで与えられてるって、すごい度量だと思いません?霊界の仕組みって。

めんどくさかったら、やめちゃえばいいのよ。

なにも無理する必要ない。

使命なんて、バカバカしいじゃない。

人生の難易度設定なんて、易しいに越したことないでしょう?

誰だって、ラクして、いい思いをしたいじゃない。

できれば苦労なんてせず、ずっと豊かで幸せに生きたいよ。

それが人間の本音ってものでしょう?それのどこが悪いの?

……ええ。なにも悪くないですよー。それは許されてますよー。

ある程度の霊的な悟りに到達できず、自分という人間一個人の観点から、現世利益でいう「快楽」を「幸せ」と呼んで、ただただ快楽に浸ることをもってして「幸せな人生」と捉える価値観・思考の人にはそう見えるでしょうし、そう見える以上は、その見え方でなるたけ、望みを叶えていったほうが、それこそ「幸せ」ですよね〜♡

ここまで読んでハッとして「そうか、それじゃダメなんだ」と思った人。
投げ出すどころか、「やってやろうじゃん」と思った人。
さすがマスターの魂成分を持つにふさわしい人ですね。フフフ。

「んー、なんか……。使命を果たすとか果たさないとか、厨二っぽくない?で、マスターの使命だかを果たしたら何がどうなるの?果たせなかったとして、どうなっちゃうの?どっちでもたいしたことないなら、ラクな生き方を選択して現世でいい思いをしたほうが、ダンゼン良いと思うんだけど……」

ですよねですよねー。
単一の人生を現世的に見ただけだと、それが絶対に正しいと思えますよねー。
でも輪廻転生を通じて、人間が何のためにこの世に生まれて生きているのかについての霊的な根源的理由、意義についてはどうでしょう?
そういうラクする人生を繰り返して繰り返して何も悩まず学ばず鍛えられることもせずに無限に輪廻転生して。で?
なぁ〜んてね。やだー、うるさいこと言わないでよー。お説教とか、カンベン。って?w

この世は、そこに生きている人間の意図で、どうとでもなります。

人類が滅亡する方向に突き進むのも自由。
(実際、これまでに何度も地球では人類が誕生しては滅亡して、が繰り返されています。今度もまた滅亡したって、『あぁ、またか』でおしまい)

「あのさ、宇宙にはたくさんの星があって、人類に相当する種族もどこかの星には、たくさんいるんじゃないの?なんでこの星の今回の人類の存亡が、天界のマスターたちにとって大事なの?べつにいいじゃない。いくつもある人類のうちの1つなら。なんか、めんどくさいことを強いられるの、嫌なんだよね。ほっといてほしい」

なるほどね〜。一理ありますよね〜。
もし本当に、この星の今回の人類が、そういうものだとしたら、ですけどね〜。
(宇宙の照応関係についての理解がちゃんとしてたら、そういう見解には、至るんですかね〜)

やだー、めんどくさーい。
てか、バッカじゃないのォ?
人間の人生なんて、すごくてもなんでも数十年。
ちゃんと学校を出て、就職して、お金を稼いで。
家庭を築いて、子孫を残して。それが最優先でしょう?
使命とか人類の存亡とか、べつに国家レベルの
権力者に実際になれたわけでもない庶民が
考えたって、なんの意味があるってのよ?

ですよねですよね〜。「人間」なら、そうですよね〜。

やだー、悶々とするゥ〜?いいじゃない。どれでもアリ♪

何もいけないことなんて、ないんだよ。
ありの〜ままの〜♪イェイイェイ!
楽しく生きなきゃ!フッフゥ!!(ズンチャカズンチャカ←クラブ音←蟹じゃないよ←うっせえよ)

タッパーですべてが完結する「GOURLAB(グルラボ)」

通販CMで「!」ときて買ってしまいましたw



見てのとおり、タッパーウェア。
お惣菜とかを保存するのに使いますよね。

でもこれ、電子レンジで加熱すると、焼いたり煮たりの効果が実現できます。

魚の切り身を入れてチンすれば、焼き魚に!!
だし汁などを加えると煮付けも可能。

うまくやれば

炊飯も可能

です。

そのままボウル的に食材を混ぜることもできるし、食器としてそのまま食卓にも出せます。
当然、保存にも使えて。

たとえば私のような一人暮らしの自炊者からすると、

タッパー1つで食事の準備から後片付けまで済む

ので、すさまじく便利でした。

レシピブックがついてるので、「買ったけれど使い道が」にはなりにくい印象。

最悪、調理には使わないとしても、タッパーとして保存容器としては重宝するでしょうw

私のお気に入りメニューは、

とにかくいろんな野菜(キャベツ、きゅうり、にんじん、なす、セロリ、ズッキーニ、ごぼう、アスパラ、トマトetc)をザク切りしてこの容器に入れ、醤油、オリーブオイル、塩胡椒、サラダ用ドレッシング、うどんやおでんのつゆ、中華スープの素(顆粒のやつ)などをそのときの気分でテキトーに入れてチン

するやつ。

気分次第で肉類を摂りたければ、上記に加えて

ブツ切りやこまぎれ、ひき肉で牛でも豚でも鶏でも魚でも卵(生卵をガバッと割って中身を容器におとすだけ)でも、ハムやベーコン、コンビーフでもテキトーにぶち込む、をプラス


すればOK。

余ったらそのまま冷蔵庫で常備菜的に保存できます。

野菜を切るときも、



みたいなやつ(完全に同じじゃないですが類似品)を使っていて、準備に驚くほど時間がかかりません。
(容器のうえでシャッシャッと切るとパラパラと容器内に切った野菜が落ちるのでまな板が必要ない)

男子学生や独り身の会社員などで、しっかり自炊しろって言われても……という人は、入門的にこれだけ買って、レシピブックにあるやつをなんとなく作ってみるだけでいいんじゃないでしょうか。

単純に、鍋などコンロで火をつかう必要がないので、「その!火を!つかう!ところが!無理!」という料理苦手にはありがたいかも。

ちなみに容器自体に入り組んだ凹凸がないので、洗いやすいです。角も丸くカーブしてるので、四隅に汚れ残りがつきにくい。

思った以上に価値ある商品だと感じました。

ご参考になれば。

プロフェッショナルに努力する

何がプロフェッショナルか、については一意に定義できないので、1つの見解として。

やる気があるときは、やる。なければ、やらない。
つまり、ムラがある。

これってアマチュア的と考えることができそうです。

で。

その対極にあるプロフェッショナルなやり方の1つが「ルーチンワーク」。
定例的に、機械的に繰り返すんです。

え、それってプロなの、と思う人もいるでしょう。
(もちろん、唯一の真実なわけじゃないので、それはプロじゃないという意見も当然あるでしょうがそのうえでここでは触れずにおきます)
あくまで1つの考え方として、です。

やる気があるときもあれば、ないときもある。
やってみてうまくできるときもあれば、そうでないときもある。
けど、やると決めたことを、やる。

もっと、意識の高い路線で、理想論的に「プロフェッショナルとは!」と語ることはできそうです。
ていうか、誰でもやりますよね、そういう、「じゃあ実際やってみろよ」を除外した、口先だけの綺麗事を展開するのは。

問題は、「じゃあ実際やってみろよ」なんです。

(そこで「私はまだそこまでのプロじゃないし」といって自分のことを棚にあげるのが、逃げまくり人生のコツですよ。さぁ逃げて逃げて!!)

なので、できることを、やる。

もちろん、だからといって、あまりにも簡単なことを続けていても何も変わらない(かもしれない)し、単にどんどん難しいことに挑んでいくのも、「凡人的にプロとして生きる」自然な在り方からは逸れていく。

だから効果の出る分量というかを、見極める。
自分の上達や習熟度合いに応じて、やる内容を見直すのも大切かもしれませんね。

なにより、やる内容を決めるときは、自分だけの経験則ではなくて、世間のプロたちの間である程度、確立され有効とされるやり方を取り入れること。
(かといって、世間に出回る情報を鵜呑みにして猿まねだけしてもアレなところが難しいわけですが)




ポイントは、

「一定の確率でうまくいく内容のことをできている(自信がある)なら、目標どおりにならない場合にもすぐ方針を変えない」

こと。

これが難しいかもしれません。
まだ続けるべきときなのか、見直すべきなのかの違いの見極めw

どういうことかというと、株の取引とか、運動による減量とか、射的などの訓練……そうした、同じやり方をルーチンどおり繰り返していても、若干、結果にブレが生じて当然の類のことです。

あまりにワークの内容が合ってないために結果が出ないなら、メニューを考え直さないといけません。
しかし、一定の確率というかでうまくいくやり方であれば、続ける。一喜一憂しない。
それもプロとして大事なことなのでは。



一見、意識が高く立派なようでいて、自発的で主体的で受け身でない感じがして良いっぽいのにダメなのが、

「やると決めたルーチンを、そのときの結果(の悪さ)や気分、いかにも賢いと感じる衝動的な判断で、やめたり変えたりする……を毎回のようにやること」

なのでは。

ちゃんと努力してるのに結果が出ない、と言ってる人の大半は、これに陥っています。
脳内では、ちゃんとやったことになっている。でも実態は、という……。

これって

自分への誠実さが問われる

んですよ。

やると決めた自分との約束を、他ならぬ自分が、破る。

それは、自分は人(この場合、自分ですが)から信頼されないと自尊心が傷つきます。
そして、自分は人との約束を破る卑怯でダメな悪い人間だ、という罪悪感も芽生えます。
それを繰り返すと、溜まりに溜まった「自分はダメだと思う行為実績の山」にうんざりして、ある臨界点を超えると
「もう、どーでもいいや。人間なんてしょせんみんな(今の私と同じくらい)ダメな生き物よ(=だから私は他の人や平均と比べて格別にダメというわけではなく、これが普通。つまりダメじゃない)」
と自分で自分を丸め込んで本心にフタをして、いわゆる正論や頑張って成功できた人の話は何もかもスルー……する「大人」になっていきますw

自分に誠実にできない人間は、他人のことはもっと簡単に裏切ります。

それもアリですよね~♪

ルーチンワークどおりにプロフェッショナルに努力できたからって何?
それで絶対に良い思いができるって保証はあんの?
もし多少は良い思いができたとして、それは努力のために苦労した分とつりあう?
プロフェッショナルに努力できた人間とそうでない人間のどこに命として差がある?同じでしょ?

だからべつに、プロフェッショナルに努力するかどうかなんか、どうでもいいじゃん!w
何をふざけたこと言ってんの?頭大丈夫?
せいぜい努力してみればいいじゃん。
凡人の努力なんて、プロフェッショナルだろうがなんだろうが、たかがしれてるよ?
もっと楽してすごいことができちゃってる、才能ある一部の選ばれた人には敵わないよ?
自分の身の程も知らないで、何が努力だよ。
せいぜいくだらない努力したつもりになって、自分はマトモだとでも自己洗脳してろよ。

って?(笑)

評判の良さに群がるチャラスピ

ヒーラーとして独立したい、食っていきたいという人は増えてる?ようですが(そうでもないの?)、そこで人気がでること、評判になることに憧れたり、目指す人が出ます。

方向性としては、正しいと思います。
誰にも知られず、高く評価されもしないで食っていくというのは不可能かと思いますので。

ただ。

ほんとの芸能人をただ「有名とされるから」「みんながすごいというから(=みんながすごいという人に会えたら箔がつくから)」とチヤホヤする人のように、そして人気ラーメン店やレストランに「話題の店に行ったことがあるというステータス」のために延々と並ぶ人のように、チャラい動機の人が出るのも確かです。

そして、そういうチャラスピは、尊敬する体裁をとりつつ、ヒーラーのことを、自分の理想(予想)とする、「いい人イメージ」に当てはまっていてくれて当然、と思い込んでいます。

だから、予想と違う対応をヒーラー側がしたり、その人が現実の問題と向き合うために避けて通れない点について指摘したりしようものなら、逆上します。

「評判がいいと聞いたから来たのに、傷ついた!!」

といって、とにかく自分が傷ついたり不快な思いをしたことだけにフォーカスします。
人によってはそれをリアルなりネット上なりで、ほうぼうに言いふらしますw

こういう層の人とどう向き合うか、そもそも向き合うかどうかを決めるか、向き合わないと決めたとしてそれをどう実現するか……なんですよね。

驚くほど軽薄な人が多いです、スピ業界。

ただの物見遊山。

ただの興味本位。

もっといえば、ただのひやかし願望(ヒーラーなどに好意的に接する体裁で内心バカにしており、スピごっこ遊びで現実逃避をすると同時に『スピなんて本気で信じてんのバカじゃね?w』と真剣な人を蔑み、自分は常識的・理性的なマトモな人間だと独りよがりに確認できたつもりになってホッとする)のこともあります。

そして、心理ブロックや霊的な呪いがあるから本来の力が出せないのだ、ということを都合よく言い訳に利用する人。

「もし本気を出せたら私はすごい人なのに、呪いなどでそれができないからしょぼいのだ。でもそれは呪いがあるから、しゃーない。私のせいじゃない。本来はすごい人なのだ。控えおろう!全力を出しても人並み程度の凡人どもよ!!」

という不遜な自意識。

あのね、理由がどうあろうと、実績などで具現化できるかどうかなの。
純粋に何かの能力だけ高くても、やる気が出ないとか、ストレスで凹むと身動きとれなくなるとか、万全に整った環境が成立(←しかも自力で整備するんじゃなくて、誰かにお膳立てしてもらう)しないと能力を発揮できないとか、とにかくなんらかの要因が霊的にせよ物理的にせよあって、持ってる能力だかを出せなければ、能力がない人と同じなの。
なぁんて言われようものなら、「傷ついた!!!」で、それを言った人を加害者扱いして、ひたすら被害者意識で責め&攻めてくるw
直接、相手本人に攻めるだけの力も度胸もない人は、ネットに書き込み!書き込み!!w

さぁ〜って、ヒーラーになって評判を上げて客を増やしたいと思いたい立ち位置でこれを読んでるあなた。

あなたなぁ〜ら、どうするぅ〜?

知るかボケ、っつって?つって?