マイティピュリフィア使い方Tips4「某ヒーリングモダリティからの祝福を癒す」

ユーザー様より感想いただきました。

あるヒーリングモダリティとの繋がりをマイティで観ていたら、セミナーを受けた段階でこちらが意識せずに創始者から受け取った【祝福】がありました。ネガティヴな印象ではなかったので(なんで?)だったのですが、マイティで浮上してきたことですし、なんらかの影響はありそうだったので浄化してみました。
浄化後の印象としてはそのモダリティに対して、一歩ひいた視点が得られたようです。

つくづく、色々なエネルギーの影響を受けて生きてるんだなぁと考えさせられます。

なるほどー。

祝福って、いいイメージあるし、実際いい部分もあると思うですが、この方がくださった感想に限らず、マイナスに働いてしまうということはわりとあります。

たとえば、修道院にいて貞淑を神に誓い、悪い虫としての男が寄ってこないようにとの祝福を与えられた人がいるとします。
その人生ではプラスに働くかもしれませんが、たとえば転生して、べつに一生を神に捧げるでもなく、普通に結婚して一般的とされる方向性で生きていこうとなったとき。
以前の祝福が作用し続けると、延々と異性との縁ができず、モテず、結婚できないんですね。それってどーよ、という話。

感想をくださった方がどのモダリティを指しているかはわかりませんし、問い詰めるつもりもないのですが、私が知っている某ヒーリングモダリティでは、創始者がセミナー中に

「私はこのヒーリングの講座ひとつひとつに、それを修了した生徒向けの祝福を設定している。修了すると自動的にその祝福が生徒1人1人に与えられるようになっている」

と発言していました。

それはあらかじめ周知されていたことではなく、

「え?そうだったの?」

と寝耳に水。

そのヒーリングモダリティや創始者のファンは、

「わぁ〜!ありがたい!そんな配慮までして、みんなのことを想って祝福を設定してくれていたなんて!」
「道理でこのヒーリングモダリティの講座をどんどん修了していくと、自然といいことが人生に起こってくるわけだ」

と感激していました。

ただ私は

「え、そんなの初めて聞いたんだけど。つか、この場にいる人は確かにあなたの口から直接、その情報を聞くことができたけど、全世界の大多数の受講者は知らないことなんじゃ。知らないのに勝手に祝福をかけられちゃうのって、人によったら気味が悪いというか、不意打ち的に余計なことをされていたと不快だろうな。どんなに良いものであったとしても、騙されたような後味の悪さを感じるものなんじゃないだろうか」

と思いました(が、態度や表情などには一切、おくびにも出さず、曖昧にニコニコ笑って周囲と合わせていました)。

しかも、祝福を設定したとは言ってくれたけど、それがどんなものかの説明は一切なかった。

得体の知れないエネルギーコマンドを、知らないうちに、かけられる。
それは祝福なのだからいいじゃないか、ということでなし崩し的に容認しないといけない雰囲気。
なんだそれ。

あえてそのヒーリングモダリティや創始者のファンという立ち位置ではなくて引いた目線で考えてみると、そういう方面の捉え方が考えうるなぁ、と思いました。

どこのヒーリングモダリティとは言いませんけどね。
そのヒーリングモダリティが悪いとか、設定され勝手に自動的にかけられる祝福がダメなものだとかも、言う義務もないので、言いません。

ただね。

この方の感想にあるとおり、

つくづく、色々なエネルギーの影響を受けて生きてるんだなぁと考えさせられます。

ね。

ありがたいありがたい感謝感謝、といって深く考えないのが精神衛生上よろしい&周囲からもめんどくさい人だと思われずに大助かり、って?
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マイティピュリフィア使い方Tips3「マスコミ・マスメディアからの干渉を癒す」

ユーザーの方から使い方のご提案をいただきました。

マニュアルにあった、時空間からの影響をヒントに「マスコミ・マスメディアからの干渉」を浄化してみました。
見えたのは

サプリメント・錠剤の山。

もっともっと喰えと言わんかのようなハンバーガーの山。

燦然と輝く建売住宅。

さぁ楽しもう!とキラキラ笑顔のリア充たち。

これが幸せ。
もっと買おう。
あれもこれももっと要るよ。


とかなり圧力的にグイグイ来ているのを感じました。
私はテレビをほとんどみませんが、やはり相当な影響は免れられないのかと感じました。

すげー。

テレビをほとんど見ない人ですら、これ。

毎朝テレビのニュースをつけていて、日中も家事などのときに見るとはなしになんとなくついていて、会社など仕事から帰ると脊髄反射的にパブロフの犬式に何も考える前にテレビのリモコンでテレビをつけている……というレベルの「一般的な、ごく普通のテレビ教信者」がかけたらどんだけのものが浄化されるんでしょうかね。

えー、浄化ぁ〜?

何言ってんの? テレビの言ってることは正しいよ。

ちゃんとテレビ見ようよ。

マスコミで働いてる人たちはエリートで頭いいんだよ?

そういう人の言うことを、遠くにいながらにして見聞きできるなんて、すごいことじゃないか。

ショボい一般人の教養レベルを確実に引きあげてくれるよ。

バカな庶民はマスコミによって人生の意味を教えてもらって、何が成功か、何が幸せかも刷り込んでもらえなきゃ、何もわからないんだから。

テレビはありがたいよ。

って?

しあわせ日記

本当に売られています。しかも値段が安い!



日付もなく「 月 日」とだけ印字されているので、いつからでも始められます。
書き忘れる日があっても気にならない。

1ページが3日分でスペースが長すぎないので、ちょこっと書くだけもできる。

私はこれを買って、必ず、しあわせだと思えたことだけを書くようにしました。

どんなに大変で死にそうで不運でつらい日だったとしても、です。

物事の良い面をなんとしてでも見る癖をつけるという意味合いで。

それと副次的な目的・目標として、「字の練習」があります。

雑に書かず、ペン習字の教材や課題のつもりで、最大限、綺麗な字で、全力で集中して書く。

1日分が4行なので、集中して書くにはちょうどいい文字数になりそうです。

文章の内容も、ほんの一言、「これこれがこうでよかった」程度でいい。
長々とした構成とか、起承転結とかどうでもよくて。
無理して4行全部に書かなくていい。空行もまた、味わいの1つ。とかね。

この、

集中して全力を注ぐ手書き+しあわせを感じた内容だけを書く

ことで、ある意味、アファメーション的に、自分の人生がしあわせに彩られたものなのだというある種の暗示、もっといえばプチ洗脳を狙っていますw

これ、何年も経って読み返したときにも、嬉しいんじゃないかな。
書かなかった嫌な出来事や不幸を感じることなどは時間がきれいに忘れさせてくれて、しあわせだった思い出だけを読み返せる。
イタい……と思います?
私は素敵だと思います。

Apple Watchで日常生活もレコーディング!

2シリーズが登場したことを受け、もともと要らないと思っていたApple Watchを購入しました。

目的は「アクティビティ」アプリによる生活のレコーディング。

参考:Apple Watch でアクティビティ App を使う

そして「ワークアウト」アプリによる運動のレコーディング。

参考:Apple Watch をワークアウトに活用する

私は今年の9月に食事のレコーディングをし、12kgも痩せて、しかもレコーディング生活を通じて食事量や内容のバランス、食べるタイミングについて考え、感じ、太らない健全な食事感覚を取り戻してリバウンドもなし、暴飲暴食欲もまったく起きなくなったというミラクルを経験しました。

そのとき、紙媒体のノートやメモ帳ではなく、若干依存症ぎみになって手放せなくなっているiPhoneのアプリで行うと、レコーディングし忘れや、いつのまにかやめてしまう三日坊主が起きにくいことのメリットを痛感しました。
(特に、設定した時刻になると記録をうながす通知がくるので、記録せずに時間や日数が経ってしまうことを避けられるのはありがたい)
また、私の場合だけかもしれませんが、紙にペンで書くよりももはや、スマートフォンのアプリにフリック入力したほうが早いんですね。
アプリ側やiPhone側での変換予測などのサポートもあり、ほんとに数秒で食事の内容を記録できてしまって便利でした。

人生を記録するという意味のライフログ(Life Log)という単語・概念は、ネットの普及などに伴って、すでに5~10年前の時点でビジネスパーソンを中心に、言われていたことです。
それで、手帳術やノート術が隆盛したり、Googleカレンダーの進化などITアプリ各種の普及と進歩も手伝って、自分の行動をマネジメントする風潮自体はだいぶ、みんなのなかで下地として整ってきていたと思います。

ただ、それを詳細に、それこそ1日を通じての歩いた歩数や移動距離、日中どのくらい座っていたか立っていたか、生活のなかでどのくらいカロリーを消費したかetcを抜けも漏れもなく精密に記録し続けるツールがなかったんですね。
(少しずつ、万歩計がスマホとBluetoothで接続してデータを送信するといった試みは各メーカーを通じてなされていましたが)

そこへきてApple Watchですよ。
日常生活も、運動も、心拍数や時間、動いた距離、そこから計測される消費カロリー。
腕時計をつけているだけで、それが詳細に記録され続けるんです。
(ただ、ワークアウトとしての激しめの運動のときにApple Watchの計測の精度が下がるなどの声もあり、どこまで精密といえるかについてはまだ機械側の改良の余地があるのかもしれません。それでも、ないよりはマシという恩恵は計り知れないのではないでしょうか)

使ってみての私なりの感想をちょっと書いてみようと思います。



・生活の中での消費カロリーについて

体力がない人(特にデブ)あるあるなのですが、疲れてヒーコラヒーコラいって汗だくでハァハァと息が上がって
「こんなにつらい思いをしたのだから、相当、運動になっているだろう。痩せていってるだろう」
と思いきや、全然痩せない……という現象があります。
これ、何に起因するかというと、脂肪燃焼ゾーンとされる心拍数などの運動状態に到達してない時点で疲れてしまっているからなんです。
どれだけ疲労を感じたか・汗をかいたかと、どれだけ脂肪燃焼して筋肉などが使われ再構築され強くなっているかは、それほど関係がないことが指摘されつつあります。
大変な思いをしたからといって、痩せたり健康になっていけるわけじゃないんです。
むしろ、疲労が蓄積するだけの運動、みたいな形になると、かえって消耗した身体をどうにかしようとして筋肉を分解してそれを栄養にして疲労を回復させるなど、トレーニングで身体づくりという観点からすれば自殺行為のような作用が起きてしまいます。
なんでもコツがあるってことですね。

その点、Apple Watchは、歩数と消費カロリー、移動距離、心拍数の変動などで活動量をグラフ化してくれるので、自分の主観的認識とデータのズレが一目瞭然。
一言でいうと
「動けてるつもりでいるほど、実際は動いてない」
が私の現状でした。
だから、「あー、疲れた。今日は、すっごく運動したはず」と自分に甘い感想を抱いて、それでいいと思って普段より多めにものを食べたり、休息して回復しようなどと大義名分をでっちあげていつもよりダラダラするのはよろしくないわけです。

そして、キツく感じない程度に、日常で「ちょっと疲れたな」と思うときも
「これは自分の体力がないから、過剰にさっさと疲れた感じがしているだけ」
と思い、軽い休息(ベンチで休むなど)はするけれど、数分休んだら「よし!」といってまた動き出す、といった心がけをするようになりました(完全に老人だ)。
そうするとね、少しずつ、少しずつですが、体力が上がっていく。疲れなくなるんです。面白いですねー。

それで、体力があがって、つらいと感じることなくけっこう動けると、それは結果的に消費カロリーなども多くなり、身体を動かしたことになり、太りにくく、身体のラインも前より綺麗に整ってくるといった恩恵につながっていく、と。

ほんとにめっけもんです。

・立っている時間について

面白かったのがこれ!
座ったまま50分が経過すると
「座りっぱなしなので立ち上がって歩き回るなどしてください」
的なアラームが鳴るんです。

で、1日を通じて何時間、(睡眠以外の)行動していてそのうち何時間を立っていたかが計測されてグラフとして表示される。

これ、座りっぱなしは相当よくないという考え方から搭載されたことのようです。

てか、Apple自体、そもそもテクノロジーの会社なわけで、事務方だろうとプログラマーなどIT方だろうと、わりと座りっぱなしの勤務スタイルのはず。
ずっと座ってると死亡率が上がるなどの統計も出ているらしく、人間が一般的に思っている以上に、座りっぱなしなのはよくないようですね。

そこらへんの意識もあって、一風マニアックだけどメイン機能の1つとして搭載されてるんじゃないでしょうか。
単純に、興味深いです。自分が座りっぱなしなのかどうかがグラフで図形として把握できるのは。

ヒーラーも、座りっぱなしですからねー、基本は。こうしてブログ書いたりとPCに向かってる時間も相当長いし。
立つこと、重要なのでしょう。そのことを教えてもらえて、ありがたいです。

・睡眠時間について

iPhoneの時計アプリと連携してこそなのですが、1日にとりたい睡眠時間と、朝起きる必要のある時刻を登録しておくと、
夜に
「○時間の睡眠をとって朝何時何分に起きるには、◯時○分までにベッドに入って睡眠を始める必要があります」
的なメッセージが出ます。

これ、夜更かし族には耳が痛いありがたい機能なんじゃないでしょうか。

---箇条書きの感想ここまで---

最初は、自分の行動のすべてが管理されているような、束縛感があるんじゃないかと思いました。

実際、感じる人もいるとは思います。

が、自分の場合は、管理しないことにより生じる不利益に苦しむほうが後々イヤなので、管理できるものはしておきたいという(いかにも山羊座っぽい)方向に、ようやくこのトシになってシフトしてきました。
なので、ちょうどいい&ありがたいです。

腕時計をずっとつけている習慣がなかった(というか、鬱陶しくて腕時計なんざつけていられなかった)ので、生理的に腕にずっと時計があることへ嫌悪感をおぼえるのではと思っていたのですが、結論からすると、ありがたみのほうが上回れば、そこまで窮屈で外したい衝動も起きていないというのが感想です。
(むしろ、用もないのにいじっちゃうほどw)

それまでは若干、重苦しかった「運動しなきゃ」感も、グラフで活動量が美しくカラフルに表示されると、子供みたいに楽しい気持ちが湧き上がって、
「よし、ここで○分のランニングすれば今日の目標消費カロリー達成じゃん!?」
とワクワクするから人間って面白い(←人間、じゃなくて私だけが単純という説も)。

実際、目標を達成すると、小気味良いジングル音が鳴って腕時計がブルっと振動し、「やったじゃん!達成だよ!」感を演出してくれます。

それが思ったより快感なの。

「俺、やればできるじゃん。今日、できたじゃん。すごいじゃん、俺!」

となるんです。(男子だけですかね)

いやね、頭では失笑してるんですよ。
「なにをいいトシこいたおっさんが、活動量の目標達成ごときで浮かれてんだクソがw」
と思ってるけど、そんな皮肉な自分の中の側面を大きく上回る、純粋な喜びが来るんです。

これって、想像以上に大事なことだと思います。

大人は、子供と違って、親や先生からいちいち低レベルな小さい達成でも褒めてもらえたり、毎年必ず上がっていく学年など、自分の人生が前に進んだと感じるイベントがほとんどありません。
よほど出世コースに乗った、わかりやすく階級や役職が上がっていくシステムの会社に勤めでもしないかぎり、数年単位で、まるで時間が止まったかのような同じ日々が繰り返されがちです。

そのなかで、子供の頃なら1年間が長すぎるから、何かをやろうとしたときに数時間、数週間でも長いと感じていたことを、大人は平気で「○年かけてやろう」と思うような感性に、悪い意味で移っていってしまいがちです。
でもその感覚は、実はもっと短時間で目覚ましい変化や成長、実績の構築ができる可能性を閉ざす形としても働いてしまいかねません。

そこで、1日単位で自分が目標どおり活動できたかどうかをチェックしてくれるApple Watchのアクティビティ&ワークアウト機能。

もし、(神経質にデータ計測にカリカリするほうでなく)いい意味&塩梅でこの計測機能と付き合っていけたら、大人といえど、なんなら老人といえど、数日単位、数週間もすれば以前と全然違う体力や感覚に変化していけることを実感できるんじゃないでしょうか。

アクティビティが計測するのは運動量などの基本的なデータだけかもしれませんが、そこと向き合う、見つめることで、自分にもっとできることがある、やれる余地があることに気づけば、仕事やプライベートで別の目標を達成するうえでも、心理面でも物理的計画や行動においても、励みになるのではないでしょうか。

老人とされる年齢の人も含め、大人は概して、本人たちが思ってるよりもいい意味で子供で、まだまだやれることがたくさんあると感じます。
大人の時間は子供に比べて早く流れる、なんてのもあくまで感覚(に基づいて実際に時間の流れる速さが変化するという事象が起きているだけ)の問題。

たとえば1分、2分。
無理じゃね?と思うような用事(洗面台やトイレをさっと磨いて目立つ汚れは掃除するなど)をいくつか、こうした短い時間のなかでこなそうと思ってやってみると、最初は感覚的に「無理!」と思ったのに、意外とすぐ終わって時間が余った、なんてこと、あるんじゃないでしょうか。
(個人的感想ですが、家事だと顕著にそれを感じます。ちょっとした家具を動かして床を磨いてまた家具をもとの位置に戻す、というようなことは、やる前はとても大変に思うけれど、やってみると2~3分しかかかっていなかったりします)

私の場合、Apple Watch未購入時点ですが9月に食事内容をレコーディングしたら、(食事制限は一切しておらず、ただただ正直に、どんなに食べ過ぎている日でも、食べたものを率直に正直に書いていただけなのに)最初の10日間で4kg痩せました。
びっくりです。
頭では、
「1ヶ月に痩せても大丈夫なのは体重の5%っていうし。デブ男子でも2~3kgが適正で、それ以上早く痩せるといろいろ悪いことが起きて来るらしいし」
と思ってるんです。それで、痩せようと思いつつどこか、痩せすぎることにビクビクして、あんまり急に痩せちゃいけないと思って運動した後に無理して多めに食事を摂ったりしてました。良かれと思って。
でも、レコーディングだけで、何もしてないのに4kg。
やつれてもいない。体調も悪くない。それどころか、肌ツヤも顔色もよくなり、機敏に動けるようになったりして。
で、実際、リバウンドもなし。
なら、いいじゃん!と。
(これ、岡田斗司夫さんの『いつまでもデブと思うなよ』を読み、ライザップじゃないですが数ヶ月で何十kgも痩せたと書いてあったので『あ、そんなに痩せていっても大丈夫なんだ?』と安心したというのがけっこう大きいです)

それであらためて、
「そっか。世間全般での標準をいえば、ある基準値が出てくるけど、場合によってはそれと大幅にブレたところで、自分にそれができるなら、弊害がないなら、やっちゃっていいんだ?」
ということを再認識できました。

不思議ですねこれ。
非進学校から受験でそこそこ難関とされるらしい大学に、塾にも通わず死ぬほど勉強するでもなく要領よく現役合格して、
「なんだ、世間全般でいう基準なんて、俺にはあてはまらないじゃんw」
と思えていたのに、いつのまにか、そこそこ普通とされるような大人の感覚に無理やり合わせて、いつのまにか囚われるまでに至って、忘れちゃうんだから。

自分の標準は、自分の中にしかない。
世間で言われている「一般的標準」なんてのは、目安にはなるけど、目安でしかない。
だからこそ、自分基準のデータを見る。知る。わかる。それに合わせる。そのうえで、やりたいなら、変えていく。向上させていく。

そういうことですよね。

……というこの一連の文章のようなことを、Apple Watchは教えてくれましたとさ。ちゃんちゃん。

べつにアップルの回し者じゃないよ。

逃げ出さないで一歩ずつ積み重ねて目標に到達するという宣誓を大事にしていきます

バイトなら働けるけど、正社員になるのがものすごく怖くて正規雇用としての就職ができない……というご相談でオリジナルヒーリングセッション依頼をいただき、応じた件です。感想いただきました。

はじめ、過去生や遺伝で、武士として主君に仕える理不尽さと恐怖(責任を負うとか自分の意見を言えと言われるわりに、いざ自分なりの意見を言ったりすると切腹を申し付けられるなど)が入っており、それが本人も無自覚なところで、
「正規雇用で正社員になったら、そうなってしまう」
という恐怖に結びついてしまっていたようでした。

が、それは直接的な原因ではない、というところにまでテーマは及びました。
というのも、そういう恐怖を遺伝経由で今回の肉体に取り入れて、就職が怖くなるようにするというのはこのお客様の第一希望だったからです。

「そういう恐怖を感じる状態でい続けるメリットはなんでしょう」

というネタで掘り下げていくと、感想の中にあるように、逃げ続けるための大義名分(のつもり)として便利だからという土台に到達。

「それを変えたいですか?変えるとしたらどう変えたいですか?」

という問いに、十数分くらい、喉がつまって言葉が出てこないほどためらいを持っておられました。

逃げ続けることからやめるのが、それくらい怖いことだったんですね。

でも、最終的には、感想でいただいたような方向性の心持ちになっていかれたのが、ヒーラーとしてお相手するなかでも、感動的でした。

昨日セッションありがとうございました。

セッション終わってから溜め込んでいたものが出てきたのか、ずっと涙と鼻水が止まらなかったのですがようやく落ち着きました。
勝手ながら感想を、と思いメールいたしました。


就職のことで相談したのですが、主君の意見や常識にそっていいとされる行動して褒められないとダメ。推奨されていないすると生きていけない、最悪死ぬ。から意見も本音も明かさないほうが安全。いくら頑張っても評価されないんだから感情や本音なんて無い方が楽だよね。といったような認識で普通に生活をしていてありました。


その土台がわかり、どうしたいか変わりたいか宣誓する段階で絞り出すの本当に時間かかったのですが、ようやく自分自身の意思で選択決断して行動する、そのスタートラインに立てた気がします。今思うと、絞り出すのにどうしてそんなに時間がかかったのかが不思議なくらいです。

どうしたいか改善目標を立てるとそれに向かって努力していかなければいけないのが嫌でスタートラインにすら立とうとしなかったのかもしれないですね…


絞り出すまで待っててくださってありがとうございます。キツイこと言われたとは全く思ってなくて、甘すぎる自覚はあったので、指摘されて当然なことだと思っています。

目上の人や年上、ヒーラーさんに何か言われたときに反抗して話を聞こうとしない、なにも知らないくせに知ったように話してんじゃねーよ!!と殻にこもって拒絶してシャットアウトして終わらせる癖がありました。
こんな悪癖があるのでセッションがどうなるか不安に思っている部分がありました。
が、そんな癖が出ることなく当然だとすんなり受け入れられたので自分でもびっくりしています。


正社員でなくバイトやパート、個人事業主でも生活はしていけるということは頭では分かっていたのですが、常識に則って行動しないといけない、報われないという今までの思考解消しないままだと結局、どんな仕事をしていてもいずれ自滅していたな……と深く思いました。

逃げ出さないで一歩ずつ積み重ねて目標に到達するという宣誓を大事にしていきます。
本当に昨日は長時間ありがとうございました!

感想のなかにある、「キツイこと」というのは、

「もし自分のやりたい業務内容でのびのびと、上司にも誰にもうるさいこと言われないで働かせてくれるんだったら正社員になってもいい、なんてのは、誰だって思うことですよ。でもそれは、よっぽど実績などをあらかじめ打ち立てた人が、高く評価されて初めて叶うこと。少しでもそうなりやすい境遇を手にいれるためにみんな、名門大学に進学したりハイレベルな履歴書になるようにキャリアアップしているんです。それを、正社員になったこともない人間が、やりたい仕事は何かもわかっていない状態で、もしやりたい希望が全部叶うなら正社員でもいいなんて、通るわけないでしょう」

という旨を申し上げたことです。

冷静に考えてもらうために、私のほうから

「キツイことかもしれませんが、私個人が説教をしているというより、世間全般から見たらこう受け止められるのが実状ですよ、という意味で申し上げています」

と、言葉を付け足したのでした。

いやぁ、つくづくオリジナルヒーリングセッションのご依頼でよかった。
(他のメニューだと、こういう、私個人という立場に立った意見的なコメントができず、それがセッションをベストなものにできないことにつながったりする場合もあるんじゃないかと思っているので)

ここは私としても、ヒーラーとして、すごく勉強にもなり、また試されるところでした。

就職が怖い、だから怖れを抱くことなく就職できるようになりたい、という依頼です。
ならば「怖れることなく就職できる」ようになるというのが、通常すぐ思いつくヒーリングセッションのゴールだと思います。
私も最初、そういう方向になるのかなと思いました。
が、エネルギーを諸々、霊視していくと、それだとダメだというふうに観えたんです。
どうしてかというと、先に述べたように、会社に就職して働くということは、言葉は悪いですが奴隷になることを受け入れるような側面があるからです。
自分のやりたいことをやりたいようにやることよりも、組織としてのルールや組織内で上長とされる人間の言うことのほうが優先されるという側面が。
もちろん、入る会社とそこにいる経営者や上司の組み合わせによっては、自分が好き勝手やりたいようにやれて会社員としても十分に組織に貢献できている形になっているという可能性は、ゼロではありません。ただ、限りなくゼロに近かったんです。とりわけ、今回ご相談いただいたお客様のケースにおいては。
ましてや、やると決めたことをやり遂げる、逃げずに向き合い続けて必ず達成するということをまだできるようになっていないこのお客様の場合、その状態で願う都合のいいとおりの境遇が成立してしまうと、人間として成長するルートが完全に失われてしまうことになります。それはなによりこのお客様自身の深いところでの神性が自分自身に許可するはずがありません。
だから、必ず、試練のような、つらいと感じることが訪れるほうが霊的成長にはつながるし、またそういう目に遭って乗り越えていけるようになるというのでないと、本当の意味でこの方が癒えたとはいえないというふうに観えました。

その結果、ここに述べてきたような、厳しめのコメントをするのがベストということでさせていただいた次第です。

それどころか、

「今のあなたの状態でいうなら、正社員になんてなるべきじゃないし、どこにも就職しないのがあなたのためでもあり、またあなたが就職活動したとしたら間違って採用してしまうかもしれない会社にとっても、良いことですよ。そして、正社員に怖くてなれないという人間が金を稼げずに路頭に迷うような末路を辿るとしても、それは当たり前のことだし、選択した行動にふさわしい人生を生きるというだけ。何も理不尽じゃない。当然の結末ですよ。何も悪いことは起きてない。その現実に文句を言うのは勝手だけど、誰も聞いちゃくれないし、どんだけ文句を言おうが現実は変わらない。何かができるようになることから逃げるという選択をした以上、できないままでいることを選んだのだから、そのことで苦しむ羽目になったとして、そりゃそうだろ、で終わりです」

とまで。

さらに

「もし就職したとして、たいした実績もなく、いくらでも代わりがきくような能力しかない人間が、そういう人間でも入れる会社のそういう人間があてがわれる枠で採用されて名目上だけは正社員とやらになったところで、経営者や上司が何一つ欠点のない素晴らしい魅力的な人間で自分を100%理解して思い通りに働かせてくれるなんてこと、あるわけないじゃないですか。量産型のありがちな会社に、量産型のありがちなショボくてギスギスしたオッサン会社員やネチネチ卑怯なお局だのがウヨウヨしてるだけですよ。そこで、形だけは正社員だなんていって結局は使い捨てパシリ同然で最底辺のヒラとしてこき使われるんです。誰が自分の希望なんて聞いてくれると思いますか。『従業』員なんだから。ローマ時代の市民と奴隷でいう奴隷と変わらないか、もっと酷い待遇かもしれないわけだから。耐えるしかない。耐えられないなら会社になんか入ってくんじゃねーよ、って話ですよ。そして、そんな酷い待遇の働き方をしたくないなら、もっと箔をつけて自分に有利な待遇の会社にキャリアアップしていくか、独立して自分で好き勝手にやっていけるだけの実力をつけてそれを行動に移してやっていくしかないんです。ただ、そうなっていくにしても、最初はペーペーの底辺奴隷からスタートですよ。そこから脱却していくことでしか、道は拓けない。道が拓けきる前にギブアップしたらそこで終わり」

など。

こんな、当初のお客様の依頼を踏みにじるようなコメントの嵐をしてしまって、果たして自分はヒーラーとしてヒーリングセッションをしたなんて言えるのだろうか?と頭では思いました。

が、一個人としては頭ではそう思うけれど、エネルギーを読み解いていくと、そう告げるのがベストとしか言いようがなかったんですね。

私は、ヒーラーという役目としては上記のような言葉を紡ぎつつ、個人的にはどんどん動揺するというか申し訳なくなってきて
「こんなに言われたら可哀想じゃないの」
と思い始めました。

可哀想かどうかという他に純粋に、こんなセッションでお客様がなんらかの癒えた方向に着地するような流れになっているのだろうか、と胸がざわめきます。

まぁ、でも何年もこの仕事やってると、こういう事態そのものが、わりとよくある話だったりもして。そこまで本気で動揺してるというほどではありませんでした。

で、いただいた感想にあるようなミラクル展開。

思い切って「変わる」と(口だけではなく思考や意志のエネルギーもコミでトータルで本音で)宣言してくださった後は、遺伝由来の切腹申し付けられの恐怖解除や、その他もろもろのエネルギーワークを光の速さでパシュンパシュンできました。

そしたら、ついさっきまで意固地に沈黙していたとは思えないほど、これからやりたい仕事について、また自分に合う(会社員以外の、個人事業主などの)働き方について、冷静に、待ち受けているであろう試練や超えていかなければならない関門(何かしらの専門性を身につけること、客が来るように宣伝するなどの営業方法を身につけて行動に起こすことetc)も含めて、どうしていきたいか、どうしていこうと思っているかなどが建設的に出るわ出るわ!
(これが面白い。人って、何かから逃げたいというイシューを抱えている間にも、イシューフリーというか、そのイシューからは切り離された頭のどこかでは、客観的に冷静にかつ意欲的に、今後どうしていけるか、いきたいか、いけそうかetcを考えてるものなんです。だから、イシューを解消した途端に、それまで本人も気づいていたようないないようなの領域で考えていた前向きな思考、これまで蓄積した考えが、ブワーッと出てくるんですね)

で、イシューがとれると、ついさっきまで自分が囚われていた問題について

「さっきまでの私、何いってんだコイツ、って感じです。なんであんなバカみたいなことでずっと怖がってたのか、意味わかんない」

と、笑いで吹き出しながらカラカラとおっしゃるんですね。

そう、自分の人生に訪れる困難や問題、トラブル、降りかかるかもしれない火の粉のようなものたち。それらを、自力で、どうにかしていく。できる心持ちが整う。していける、していってみせるという気概と自信が芽生える。根付く。

この状態に持って行くのが、本当の癒しなんじゃないかと思います。

感想を掲載していいかどうか許可をとるメールをこの方に差し上げたところ、OKの返事と共に、こんなコメントまで書いてきてくださいました。

感想を打ち込んでいる際、現実が実際に変わったと実感しましたので追加で報告したいと思います。

今思うと相手方に本当に失礼な話なのですが、今まで読書感想文などの感想文、依頼、レポートなどの文面を考えていても仕方ない、中途半端だけどこれでいいや!と開き直りと勢いで送信していました……。
なので、その中途半端な文章を読み返すくらいならいっそ死んだほうがマシ!という心持ちだったのですが、今では当時の文章を恥ずかしがらずに落ち着いて読み返すことができるようになりました。
現実が変わる凄さを改めて実感しました。
本当にありがとうございます。

これで本当に、セッションの内容と方向性が良かったのを私のほうでも納得。
この方は、自分に落ち度があると認めたり、完璧でないことを痛感せざるを得ないようなコメントを聞くなど
「今の自分には欠点がある。完璧ではない」
という体験をするのがものすごく嫌で、なんとしても逃げたいという意向をお持ちだったということです。
だから、
「勢いで送信してしまった文面だし(中途半端でも仕方ない、本気を出せば完璧にできるんだろうけど)」
「バイトなら働けるんだけど(正社員としてちゃんと働くのは、やろうと思えばできるけどできない)」
など、本当はできると頭の中でだけうそぶいて、実際にやってみることを避け続ける行動をとっていたわけですね。
それが、変わった。治った!!
これぞヒーラー冥利。

感想ありがとうございました。