ラジオ「スピリチュアルを仕事にする!」

Webラジオ番組を展開させていただいてます。
スピリチュアルを仕事にして食べていきたい人への独立開業・開業後の運営ノウハウ。
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https://anchor.fm/spi-job/

このブログ内ですべての放送回を聴けるアーカイブ記事もご用意しました。
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ラジオ「スピリチュアルを仕事にする!」アーカイブ集

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がんばるのをやめて「ダメな出来損ない」を目指したら周囲が育ってビジネスが隆盛した話

鈴窯(ベルガマ)がすごいことになってきてますw

タイトルに即して内容を概説すると、私がヒーラーとして他のヒーラーと協業するようになった流れとして

❌ 「協力してよ!」と詰め寄って他人を圧迫して要求した→誰も何もしてくれず、逃げ去る人も出た
   ↓
❌ おだてる方向へ方針転換し、ひたすら周囲を持ち上げてやってもらうことを期待した→おんぶに抱っこされて撃沈
   ↓
❌ 「この事業に関われば、あなた自身の現実が拓けるよ」と夢を見させた→今のままで充分、と思うみんなが腰重すぎ
   ↓
❌ やる気のある人を選別して、パーソナルコーチング的に懇切丁寧に指導した→口ばっかりで何もしない人続出
   ↓
わあああああああああああああああああああああああああああああ!(発狂→鬱)

があります。

決して敵対するわけではなく、むしろ親身になってくれて優しい、心ある人たちではあるけれど、パーフェクトなまでにこちらの想定するとおりには動いてくれない。

それも、意地悪に「ふふん、アンタの言いなりになってたまるもんですかw」と自覚してだったらまだ救われるのに
「えぇ、どうしよう。そんな言われても、私、何もできない、何もわからない。行動できない。どうしよう(泣)」
とオロオロするばかりの“善い人”たちで、余計に私が泣きたくなったw

そこからですよ。まどマギ第10話のほむらが視力を治すアレ(←もはや古すぎてわからない元ネタ)。

それまで、いろいろ懇切丁寧に親切に教える体裁をとっていたセミナーや講座の内容も180°転換し、わざーと抽象的で不親切でわかりにくい内容に変更。その代わり、自発的に動かないと何もわからないけれど、自発的にワークに取り組みさえすれば、その人なりに手応えある発見や気づきがもたらされる内容にしました(←しれっと書いてますが、これ、ものすごく難しかったです)。

そして私は、ヤル気のない、ダメダメなキャラに転向。
いろいろ抜けてるADHD的に「努力はするけどできなくて、ごめ〜ん」と、まるでこれまで自分が他人からされてきたとおりの反応を、今度は自分からするようにしていきました。

この過渡期はやはり、線香花火の途中の「ジジジ……」的な微妙さがあり、危険な吊り橋を渡るような期間でした。
「はぁ?あなたを尊敬して信頼して、いろいろ教えてくれて面倒みてくれるから、こうしてお金を払ってセミナーに出てきたのに、何よその頼りない対応は?」
と幻滅した、それまでの常連的な受講生さんが離脱していったりして。

でも金銭的な損失よりも、
「あなたを尊敬してます!感謝もしてます!だからこうしてお金も払ってます!だから、私は何もしないしできないし、できるようになるつもりもないけれど、そんな私を一から十まで全部、面倒みて引っ張っていってください♪」
という寄生虫気質の人たちを自発的に離れさせる恩恵を得ることが大きなプラスでした。

それまで、シレッと寄生虫的に甘い汁を吸いつつ、完全に離れるには惜しい……というスタンスだったと思しい方々は、しぶしぶながら、今後も私の展開する活動に関わっている方が得策だ(?)と判断した様子。
やむなくでも自発的になり、脱・寄生虫(であるかのように少なくともふるまう演技)の方向性に変わっていかれたように思います。

そして、

私を介さない、受講生や協業ヒーラー同士の自発的な、楽しさに基づくつながりを暗に促し、まるで子供が言われなくても勝手に一緒に遊び始めるかのように、楽しいから夢中で活動や練習をする風土を醸し出していく

隠密的な活動に注力。

なんていうか、あらためて、「みんな、私のことなんかべつに好きじゃなかったんだな」と確信しました(笑)。

それまで、私が何をどう焚き付けても誰も何もやってくれなかったのに、私不在で他のメンバーだけでいろいろ動いてもいいよと許可し、動く場(=連絡をとるネット上のプラットフォームなど)を整備したら、それこそ私に隠れて(笑)、あれこれいろんな活動をみんながするようになっていったんです。

で、私の預かり知らぬところで、
「この講座を受講すると、これこれこんなことができるようになって便利。良い思いができる」
と、私の提供する講座や技法などにまつわる噂が飛び交うようにしていき……じゃなかった、自然となっていきました。

この、第三者的な立ち位置の人からの噂・評判が一番強いということは、外資系生命保険会社が採用しているXYZ理論を参考にしているのはいうまでもありません。
(そのために私、外資系生命保険会社まわりでも隠密&潜入調査いろいろしてたのは、ごく一部の人はご存知ですね)

頃合いを見計らって、「仕切る快感」という禁断の麻薬を、受講生でもあり今やイベントセッションのプラクティショナーや主催者をしてくれている人たちに打ち始めました。
この麻薬は非常に依存性が高く、一度その旨味を知ってしまうと、ガチな政治家や企業経営者たちのように、もう、それなしではいられない体質になります。
しかもそれは物体としては存在してはおらず、証拠は絶対に出ないし、なにしろ合法なのです。ぜんぜん規制されてませんw

自分が指を立てて「〜する人、この指と〜ま〜れ」で、他人がとまってくれた快感。
その人たちに指示を出して、そのとおりに他人が動いてくれた快感。
その他人たちとチームとなり、ビジネスを成功させるなど共通の目標に向かって団結して、成果が出たときの喜び。

どうよ。なにもかもが合法だし、規制されていないどころかむしろ、人間が目指すべき望ましい理想とされ推奨されることばかりだろう!

そうやって、止まってる自転車を漕ぎ始めたときのような、大きい抵抗があり「よいしょ!」と疲れるわりにさほど進まないフェーズで進むのをやめず、どうにかある時点・地点を過ぎたら今度は勝手に回り始める。

この!
「勝手に回り始める時点・地点」
までの道のりときたら!!!

山本五十六の名言じゃないですが、やはり、自分が楽して、何かをチャチャッと言葉で言って指示するだけで他人がしかも集団で自分の思い通りに動くはずないんですね。

で、大人ですもの、やっぱりカネ。
人々を癒す愛の奉仕、なんて綺麗事じゃ人は動きませんよ(大爆笑)。

ベルガマで展開するセッションイベントはどれもビジネスなので基本的には有料なわけですが、私はサイト自体の保持者でサーバー代やドメイン代など持ち出しの費用があるにもかかわらず、参加プラクティショナーからは1円たりとも手数料を受け取らない方針にしました。
ようするに、タダでサイトを貸し出している、というか、こちらから焚き付けている部分もあり、「使っていただいてる」わけです。

と、いうことは。

イベントセッションで顧客が支払うお金は

全額、担当プラクティショナーの取り分になる

わけです。

1時間で数千円〜1万円以上の収益というのは当然ながら、いわゆる時給千円的なアルバイトやパート、派遣の仕事と比較すると比べ物にならない割の良さです。
(もちろん毎日8時間がっつり予約で埋まることが保証されてるわけじゃないのですが、埋めることも本人の努力次第では可能なわけで)

そして、稼いでいただいた。

そしてそれが「界隈」で話題になる。

「ベルガマのセッションイベントに参加して、ちゃんと自分のSNSなどでも告知して拡散を狙ってうまく集客できれば、かなりの稼ぎになる」

それが、下心的な部分にムラムラと働きかける。

そういうサイクルが1回きりでなく、恒常的に回るように活動を継続する。
(ここでいう『活動』内容がこれまたミソ&企業秘密なわけですが)

そしたらようやく、雪だるま式にいろいろ膨らんで、転がって、慣性の法則で加速して今に至る次第。

かのカーネギーの墓碑には、こう刻まれているそうですね。
「Here lies a man who was able to surround himself with men far cleverer than himself.」

人を動かす!


私は、私が一族の歴史で初めて4年制大学を卒業した人間になる、いわゆる地方の低学歴貧乏🐎🦌ワールド出身の低スペックDNAの生まれです。

私はそれを不利ではなく有利にしないと、優秀なDNAの面々がうごめく社会では何も通用しない!

己の莫迦(ばか)力を天才の域にまで高めないと、どうしようもないまま人生が終わってしまう!!

あぁ、そういえばこんな講座も創始しましたっけ。

マルチプルアバンダンス特級「莫迦凡(ばかぼん)」

太極拳など中国拳法で、柔よく剛を制すのさらにエグい版みたいな「より弱い方が強い」逆転を生み出す秘訣を見出したのも手伝って、私は自分の能力を向上させたりする意味合いでのレベルアップを目指すことをせずに、低脳・低能・低スペックな虚弱体質の豆腐メンタルでも最強に勝てる技法一択で修練を積んできたわけですが。

ようやっと長年の努力が実り始めてきた今年ですばい。(←九州?)

ポッドキャストで億万長者! ジョン・リー・ドゥーマスをご存知!?

ジョン・リー・ドゥーマスについては、この本



の第7章で詳しく紹介されています。
(いわゆる『成功者』たちのエピソードをたくさん紹介してる本です)

https://www.eofire.com/podcast/

がその公式サイトで、なんとそのドメイン内の

http://eofire.com/income

ページでは、毎月いくら収益が得られたかをレポートとして公開しています。

彼は軍からの奨学金を受けたことで比較的、余裕ある大学生活を送ったとのことですが、20代にしてイラクへの出兵を経験。
殺された仲間を埋葬するたびに、心の奥まで震えたといいます。

そこで、

  • 生きていることを当たり前とは思わないこと

  • 自分の脳力以下の仕事で妥協しないこと

を心に誓ったそう。

軍からの奨学金を返済しないで済むための義務としての兵役を終えた後は大学院への入学や一般企業への就職などいろいろキャリアを模索するものの、どれも続かずに30歳を超えてしまい、失意の日々が……。

そこで自己啓発本を読み漁り、書籍代がかさんできたので、無料で聴ける(おそらくビジネス自己啓発系)ポッドキャストをありがたく聴くようになり

「これじゃね?」

となった模様。

すでにポッドキャストの分野で大成功を収めていた大物ポッドキャスターに大金を払って個人コーチについてもらい、番組のゲストとして出てくれそうな著名人・ビジネスマンまで紹介してもらって対談形式で番組を収録。
(Skype通話で話すという、簡易的な方法で済んだそうです)

収入報告書を公開するのも、後に続くポッドキャストビジネス起業家のためを思ってのことだそう。

ご参考までに。


いやー、これからは「音声(配信)」がビジネスでもプライベートでも、これまでとは比較にならないくらい、もんのすごいことになっていきまっせ。
(それは容姿重視に偏りすぎた、これまでの時代のカルマの均衡をとる意味でもそうなる必然が霊的摂理にあるゆえなのです。なんちゃって)

ネットにつながる(ノート)パソコン1台あれば一生遊んで暮らせる金が手に入る設備は整ったといえる時代。

あら、あなた、ネットにつながる(ノート)パソコンをお持ちですね?

ということは……。

なぁんてね、ふふふ(←キモい)。

ホワイト社会にホワイトな人が活躍することへの警鐘をあえて鳴らしてみる

ひと昔?ふた昔?前に

「ワルがかっこいい」

といって不良などようするに悪が強い&正義とされたかのような時代がありました。

が、今は一転!? 過剰なまでにホワイトな価値観が台頭してきています。

このホワイトについても、ある意味では漂白剤で強制的にいろんな色合いを消してしまうような暴力性があると感じており、なんなら小学生の

「いーけないんだ、いけないんだ、先生に言ってやろ」

と同じ攻撃的でサディスティックで意地悪な要素が内在してること(人)もあって現状はなかなかですねぃ。

実際、アースエンジェルと呼ばれるような、天使の魂(のかけら)を宿した魂を持つ人間は、これまでの時代は世間の「ほぼブラックなグレーゾーン」に馴染めず、愚直に白い部分を出しては笑われ卑下され否定されベタベタに汚されて泣きをみていました。
そこで
「ブラックに汚れたほうがいいのか」
と思い込んであえて泥の中にダイブしてそれはそれで周囲から笑われたり変人扱いされたりと、いろいろ塩梅が不器用な様で冷や飯を食わされてきた、上手に立ち回れなかった人が多かったように思います。

それが急速に進む社会のホワイト化の中で、ようやく水を得た魚のように活き活きと立ち回ることができるようになってきた。

本人の努力ともまた別というか「リンク」して、アースエンジェルやアセンデッドマスターのパーティクル持ちの人たちが、その魔法のようなスピリチュアルパワーで、普通なら考えられないくらいの躍進を遂げます。

ファッションじゃないけど、流行は巡る……んでしょうかねぇ。
(逆にいうと、流行り廃りの巡りの中に並列で位置付けられるようなものなんでしょうかね、ホワイトもブラックも)

で。

私が警鐘を鳴らしたいのは、

ホワイト至上主義という、まるでとある政党が与党になって独裁的な政治を行うみたいな考え方に陥ると違うよ

ということです。

白も黒も、絵の具のパレット、光のスペクトラムのように、全ての色(色≒光がないという意味での真性の闇、つまり黒も)が一式、どれも欠けずに揃ってはじめてこの宇宙は成立しています。
そのうち、どの色が「好きか嫌いか」程度なら個々人の自由な価値観でいいと思いますが、何かの色を

「存在するべきではない、存在するべきではなかった、もし今後また存在が認められたらすみやかに抹消すべき」

とまで捉えてしまうと、結局は宇宙の本来のあり方を(部分的にせよ)否定することになります。
それって真理をくまなく見渡せてるとはいえないですよね?
(その上で『知るかボケ!私は白が好きなんだ!純白最高!』といって白いペンキで世界中を塗りたくってうっとりする方に行きたいですか?)

もちろん

「ブラックも大事だ!オラァ!!!」

といって、黒いペンキを塗りたくるのもお門違い。
違う、そうじゃない。

白はすべての光の周波数の集大成である

という基本に立ち返りましょう。

そのホワイトは、他の色を否定する白ではなく、すべての色を統合した結果であるべきです。

ちょっと抽象的ですかね。

でも、ここ。これ。

ここを踏まえるのです。

それは漆黒の闇をも包括します。

白と黒は、ぶつかりあう対立の関係性ではない。

スピリチュアルは、とかく頭の中で好き勝手に空想できて理論と称する勝手な言い分をでっちあげやすいですが、

物理的に観察しうる自然法則のなかに見られる仕組みをもとに、そこから逸脱していないかという視点を持つ

のは大事なのではないかな、と。

だってこの世はホログラフィック。

いろんなものがあるように見えますが、あるひとつの原型、原形といったものが万華鏡を介すと複雑な模様に見えるように乱反射して成立しているのです。

だから、どんな小さいもののなかにも、大きなもののなかにも、とある共通の真理としての原則が見出せます。

それは光彩についての物理的な仕組みだろうとスピリチュアルな摂理だろうと同じこと。

何かはこうだけれど、別の何かは違う仕組みで成り立っている……ということは、ありません。
(そういえばいましたね、『私は他とは違う光をもとにしてできている!』と豪語する香ばしい(役を買って出てくれた)方が)

そこをふまえての、ホワイト社会。

それは単純に、光源が強くなったから結果的に白く見える部位が増えたという意味でのホワイトであって、他のさまざまな色を白のペンキで塗りつぶすものではないのです。

ただ、「光源が強くなった」というのはようするに、波動といってもなんでもいいですが、以前よりもバージョンアップ、パワーアップした時代になっていってるということ。

それについていけるタフで強靭な諸々一式を備えた人でないと、ね。

そしてその強さは、ついていけない人や何かを攻撃して淘汰して自らがホワイトキングとして「勝つ」ために使うものだと思いますか?
(そこでいう『勝ち負け』って、なんでしょうね?)

なぁんてね。

小難しいこと考えないで気楽に生きたほうが幸せ、という考え方もありますよ?

一人一人がそれぞれ選んだ考え方や生き方で、いい感じにこの人生を楽しめるといいですね〜♪

ルシファーに染まる人が「イケてる悪(ワル)」から「周回遅れショボ&ダサ」になる時代

細かくイチからは解説しませんが、この宇宙では、人間にナンセンスな高揚をもたらして堕落させる力が普遍的に働いています。

これをルシファーと呼ぶことにします。
(このブログでは一貫してそう呼んできております)

そして人間側でも、この堕落への誘惑に反応してしまう感受性というか、受容体のようなものを物理的にも霊的にも持っています。

あえて近視眼的にいうと、この数十年間は、主に第二次世界大戦後の高度成長期とテレビなどマスメディアの台頭などもあいまって、

ルシファー的な高揚に酔いしれる人が増えた時代

ともいえます。

あとになってみるとただ変なだけなのに、その時点ではカッコいいイメージがあった諸々って、あるじゃないですか。
ファッションでも髪型でも音楽でもなんでも。

そのときの流行りに乗っかり、ノリノリで「まだ◯◯じゃねぇの?おっくれてるゥ〜」と、その流行に乗っていない人をダサいと見下して自分はイケてるつもり。

ルシファーに呑まれた典型ですね。

本当に一瞬で終わる瞬間風速みたいなブームのこともあれば、集合的・持続的に根強く残り、残るどころかじわじわ勢力を拡大するものもあります。

たとえば陰キャ・陽キャの区分でスクールカーストなど、人をイケてるイケてないのヒエラルキーで品定めする思想。
そこでイケてる方を目指す&そうであることを示す意味でSNSで生まれた「映(ば)え」文化。

そう、SNSをはじめインターネットの隆盛とスマホなどそれを利用する端末の普及、その環境に立脚した各種インターネットサービス(それこそインスタやTwitterなど)が、見知らぬ人々の間で考えていることや価値観を瞬時に世界規模で届け、一人歩きしすぎるくらいに駆け巡る状況が生まれてきています。

その意味では、ほんの数年前まで、なんならコ口ナ禍とされる期間に入る前までの、(社会が一変するほど強烈な体験という形で)よっぽど強く言われないと気づかない人が大半だった時代は、まだまだ全然ルシファーは影響力を持っていたといえるでしょう。今もルシファーに呑まれる人はゼロではありません。
そう、株価のように、ルシファーの影響はその時々に応じて強まったり弱まったり変化しますが、基本的には完全になくなることはありません。
(そして、べつにそれは悲しいことでも嘆くべきことでもありません。ルシファーの存在は、この時空間や人類の設計に組み込まれた根本的な仕組みだからです)

今はちょうど、社会が不安定になり、強いリーダーにみんなが従っていけば何も考えなくてよいというそれまでの風潮がガタガタ崩れてきた時期にあたります。
会社がアテにならないなら個人で稼ごう!という風潮がこれまた量産型金魚のフンみたいに生じて、やれ金融商品への投資やらネットでおうち起業やら、うすっぺらい流行が生まれたりポシャったりで、今2022年はちょうど、

「なんか……いろんな人がいろんなことを力強く言うけど、いちいちそれに考えなしに飛びついてもがっかりさせられるばかりだな」

と、たいして意識が高いつもりでもない一般庶民たちさえもが、冷めた目で賢者モードに入っている度合いが高い時期ともいえそうです。

土の時代から風の時代に変わって諸々の価値観が一変して「!」とびっくりした時期にもあたることから、個々人それぞれが、悲しいけどつらいけど一人で両の足で立って頭で考えて体使って行動するしかねぇ!と、後ろ向きながらも覚悟を決めた時期にあたるのではないでしょうか。

つまりルシファーの影響が小さくなる時期ですね。

それでもこの時期に、自分の頭で考えて自分の責任で立ち回ることから逃げる人が、ルシファーに相変わらず依存します。

「今これが流行ってるんだよ。この考え方が正しい!この価値観で、こういうふうな生き方をするのが間違いない!」

と、そこに自分オリジナルの決意と意思決定と試行錯誤による主体的行動はあるのかい?(ないだろ?)な、フワフワした人が、どこかの誰かが言ったのをただ真似しただけの、中身のない空虚で滑稽なドヤ顔をします。

かつてはイケてる勝ち組が言うのが常だった

「まだ◯◯じゃねぇの?おっくれてるゥ〜」

は、今では弱い負け犬がまるで怪しげな新興宗教にハマってしまったが故におかしなことを口走っていると見做される場合の方が多いでしょう。

「べつにまだ◯◯じゃないとして、それのどこがどう悪いんだよ。遅れてるって何に?もし遅れてるとしたら何が悪いの?」

と開き直って冷めた目で呆れた口調で返されるのがオチです。

これはつまり、大局的に言えば

教祖ビジネスの終焉

を意味します。

ここでいう教祖とは、なにも本当に宗教法人を立ち上げた発起人としての教祖という意味だけではありません。

それまで「カリスマ的なんちゃら」と呼ばれたり、わかりやすく芸能人という職業だったり、いわゆる「インフルーエンサー」と呼ばれるような、ようするに人気があるとされる人、あるいは会社のブランドやその商品・製品・サービスなどまで、雰囲気で根拠なくすごいと思い込まれてたもので人の気を惹くのがオワコン化するということです。

もうこれからは、たとえ無名で弱小な一個人だとしても、だからといってどこかの誰かを親分とか師匠とかいって付き従う時代ではありません。

なにか人より上に立って抜きん出て「すごい」っぽいイメージを作り上げたとされる人や会社などが何を言っても、それまでの時代ほど一般庶民はそれを崇め奉る目では見ません。

たとえば私が小学生の頃は「将来は総理大臣になる!」と言うのが冗談ででも流行っていました。わりといました、それを言う子が。
ようするに「偉くて尊敬される、立派な成功者。人の上に立つリーダーのさらに最頂点!」というニュアンスだったのです。
今の小学生、どうでしょうね。って話。

漫画などの作品でも芸能人でも、作家や芸能人側が「お前ら」といってファンたちを服従させるという時代ではありません。
どちらかというと「推し活」と称して、あたかも貢ぐ側の下々の存在であるかのような一般人一人一人が、主人公としてその何かを推すかどうかを決め、推している状況を楽しみ、味わい、自分軸でいい意味で自分中心で人生を展開します。
そして推すに値しないと判断したら手のひらを返して、推し活をやめて、次の推し対象を探したり、結婚して家庭を持ちいよいよ自分自身の等身大の現実をがっつり満喫するフェーズに入ったりと、まぁいろいろ。

もう、金も権力も、たいして意味をなさない。たいした力を持ち得ない時代なんです。

それと同様に「流行」各種も、何か大きなものだから一個人よりも強いしすごいから従うしかないと受け身で人々が弱々しく付き従うわけないんですよね。

なかでも、価値観など思想的な、ものの考え方についての流行、常識といったものまで、個々人が今は良くも悪くもバラバラです。

1980年代頃にはある意味では常識だった「戦争反対、平和が一番」という考え方も、今となっては迂闊に口にするともう、偽善者とも呼んでもらえず、「頭が弱い子なのかな?」と、思慮の浅さについて呆れられてしまうほど。
(かといって、呆れる反応をする側が立派に熟慮できているわけでもないのがほとんどだと思いますが)

それくらい、根拠のない感情的な高揚で

「これが一番!これが正しい!これが何より優れていて間違いがない!これが一番カッコいい!理由?そんなものねえよ!熱いハートを感じるだろ?それが何よりの証拠さ!!」

みたいなルシファー踊らされ度100%だと、物事の判断をまともにできないあぶなっかしい拙い人だと思われて誰からも相手にされない時代なんです。

ちょっと前まではプラスイメージだった、ブランド物のバッグや財布なども、今となってはうっかり持ってると
「え、今どき?あー、この人、20世紀型の『金使え』宣伝戦略にまんまとやられたっきりアップデートしてないオワコンな人なんだわ。きっと『限定品』とか聞けばホイホイ財布を開いて散財してくれるタイプねw」
というマイナスな判断をされてしまいます。
(注:だから絶対にブランド物が悪いというのではなくて、これからはニキータ女のように、『時代遅れの頭悪い主体性のないオワコン人間だと思われない、上手なブランド物コーデ』が試される、ワンランク上のファッションセンスが求められるように難易度が上がっています)

さて。

言うは易し。

「じゃあどうすればいいんですか?」

質問する時点で、終わってるゥ〜。

誰かが教えてくれる夢を仕入れてそれを自分というファミコンにカセットとして挿して良しとする時代じゃないんだってば。

マイラバもこう歌ってるでしょう?



ねー、シビアな時代よねー。

でも面白いと思わない?

価値観の大変動を目の当たりにできてるのよ?私たち。

楽しみましょオ〜!!

そのためには心も体も頭もおカネもソツなく一定水準以上、ぜぇんぶ満たしてるようじゃないとね。

カツカツだと、とても楽しめないわよ?

だからこれまでの準備期間があったんじゃないの。

このブログ読んできた人なら、みんなバッチリよね〜?(←何を突然、時代のセンス先取りリーダー気取りなんだよw)