スーパーヒーラーになったブロッククィーンたち

ブロッククィーンというのは私が勝手につくった造語で、思考のブロックが人一倍ある人のことです。

で、ブロッククィーンというのはレッテルであり蔑称であり、またブロックを解消していくクリアリングの道のりにおいては、人一倍、不利です。だって解消すべきことがたくさんあるんだもの。

でもね。

なんでもすぐできる人は、できない人の気持ちがわからず、できないことをどうしたらできるようになるか創意工夫したり苦労したり努力してもしても一向に上達しないさなかに襲い来る劣等感や自分をdisる自分自身の罵声や先の見えない暗澹たる気持ちの中で歯を食いしばって涙を流してもやめずに続けるとか、経験しないから、わからない。

翻って、ありとあらゆる躓きポイントでひたすら躓き続け、それでも起き上がり、躓いたブロックを1つ1つ解消し、ブロックごとに解消の仕方が違うことに頭を悩ませパズルを解くみたいな神経衰弱にも耐えて解法を編み出し……の経験値が莫大に蓄積したブロッククィーンは、やがてスーパーヒーラーに、そしてスーパーインストラクターになれます。

私がヒーラーになってかれこれ10年。
気がつけば、お付き合いも10年近くになる人たちも増えてきました。

はじめはヒーリングのお客様として、そしてヒーリングセミナーの受講生として。

セッション中にまるで喧嘩のように怒号が飛び交うとか、ヒステリックな発作を起こして「私は悪くない!!」とノートやペンをばしばし叩きつけながら大泣きして顔を真っ赤にして怒鳴り散らすとか。

自分が家族とも友達とも、もっと親密な人たちともしたことないような会話というか交流を、うんざりするほど積み重ねてきました。

大の大人があそこまで本心をむき出しにして、プライドを木っ端微塵に打ち砕かれて、幼稚なエゴ丸出しで自己中心的で支離滅裂なことを主張し……というのは、ヒーリングセッション以外ではお目にかかったことがありません。

喧嘩別れ?みたいになって何年間も音信不通だったり、恨みがましい長文メール(ハイパーグラフィアの症状そのまんま)を送りつけられて困惑したこと&人も数知れず。

精神科病棟に勤める看護師さんと同じくらい大変、とまではさすがに言いませんが、個人的には、バイトや会社員生活もしてみたもののここまで仕事に全力で向き合うことはヒーラー以外にはありませんでした。

それでも何年経っても同じようなところをグルグルして、一向に改善の兆しが見えない。
ちょっと良くなったかと思うと、またちょっとしたことで世界一めんどくさいどうしようもないクズ人間みたいなことを言ってウジウジする。

自分がそのセッションのときにすべきことはできている自負はあったので不甲斐なさを嘆くことはありませんでしたが(なんたって自分の経験則や知識に基づく意見で対処するわけじゃないので)、

「結局、ヒーリングなんてどんだけ受けたところで、なんの変化も効果もないんじゃないの」

と思ってみたり。

でもね。

あるとき。

変わる。

ほんとうに。

大幅に!!

そしてかつてのブロッククィーン(たち)は、

スーパーヒーラーに。

さらに

スーパーインストラクターに。

例えるなら、コイキング→ギャラドス。(←わかる人だけわかればよい)

そうした人たちのかつての、ブロックの無間地獄プロデューサーばりのブロッククィーンっぷりを知らない人は

「すごい。愛に溢れてて常識もあって、話し方や仕草にも品があってお洒落で優雅。なによりヒーラーとして凄腕!どんなブロックでも一瞬で見抜いて癒せてしまう。何も言わなくてもこちらのことを瞬時に見抜いて、わかりやすく解説してくれる。……きっとすごい才能を持って生まれたんでしょうね。いいなぁ、生まれたときからヒーラーになるべくしてなる天才としか言いようがない。どうやったらあんなふうになれるんだろう。私もあの人の1/100でいいから才能が欲しかった。あまりにも自分の出来が悪くて溜め息しか出ない。いつか私も、あんなふうになれたらどんなにか素敵だろう」

と、羨望のまなざしで彼女たちを見つめ、尊敬し、その感動が自分も頑張ろうという動機として根付いている。

その連綿としたつながり。

肉体のDNAだけじゃなく、こうして「想いのDNA」で人は繋がっていくんだな、と思わされる。

途中で投げ出さなければ。

「今度ばかりはもう限界!」

と悲鳴をあげる事態を、いくつもいくつも、気が遠くなるほどクリアして決して諦めたり逃げたり負けたりしなければ。

どんな凄まじいブロッククィーンも、いつの日か、(たいてい、本人が思っているよりもずっと早く)スーパーヒーラーになれる。


途中で投げ出して逃げてしかもそのことを言い訳で正当化してこれは逃げじゃないと開き直ったブロッククィーン「私はさんざんやったけどなれませんでしたよ?wwwww」
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エネルギーが流れてるか不安、霊視も曖昧……だけどマルチプルアバンダンスで!!

通販CMかよ的なベタな記事タイトル。

まぁでもそんな状態の方で、マルチプルアバンダンス初級中級を受講した方が、主に初級のプログラムを使ってこんなふうにワークしてこんな手応えを感じたよ!という報告をいただきましたので紹介しマウス。チュチュー!!

こんにちは。今までエネルギーが流れてる…のか?と不安になっていたのですが、進展があったのでこういうやり方を使ったよーというのを投稿します。(一部中級のプログラムも使ってます)

昨日Celestieブログ版で「ブロックハンターになろうよ!!」という過去ブロマガを発見。これは!と思い、早速実践しました。

目的はエネルギーがわからないブロックの解消です。まずマルチプルアバンダンスでエネルギーを流し、どれほど自分がエネルギーが流れてるか疑心暗鬼になってしまい、不安になるかを計りました。そしてブロマガの手順通り、変換、統合、確認、意図。エネルギーがわからないのにエネルギーワークでブロック解消しているので、できてるのか・・・??となる部分もあったのですが。

次に中級エーテル体を見るで喘息で苦しい喉を見てみます。(ちょうど喘息の悪化で寝込んでいました)
今まで上手く喋れなかった場面、映像が表層として喉のエーテル体に流れ込んでいるのがわかります。
また喉の骨や気道を形作るエーテル体の組成がくっきりと見えました。
今まではエーテル体を見てもぼんやりとしたエネルギーの塊しか見えず、何が表層としてエーテル体に影響してるのかも確認できなかったのですが。

ここで初級、孤独飢えの解消を喉に流しました。ウニの殻のようなイガイガがズルっと出てきて、これは何かを確認すると喉に詰まった、今まで人に対して上手く話せなかった悲しみでした。イガイガが出た時、喉の気道のエーテル体が曲がりくねっていたのが真っ直ぐになるのも見えました。

更に初級「社会で…できない」を流すと、こちらは胸、肺から埃のようなものが解放されていきました。こちらは「自分はショボい人間だから社会で縮こまって無ければいけない…」という悲しみでした。

最後に喉の状態を確認すると、刺すようにあった痛みが消えて、呼吸がし易い!

「エネルギーがわからない、流れてるか疑心暗鬼になってしまうブロックをエネルギーワークで解消」が出来たのはブロックを真正面から解消!という感じでかなり面白かったです。

ちなみに、この文面を投稿する際も強い不安(自分なんかが投稿して良いのか…と思ってしまう)を感じたので、ブロックハントしてみると「自分の知見を積極的に人に伝える神聖な力」が反転した喉に関連するブロックでした。(2回目のブロックハントはより鮮明にエネルギーが見え、自分に統合されていき、新たな最高最善のラベルが貼られるのがわかりました)

補足です。私がエネルギーが流れてる…のか?となってしまうのは、物事を曖昧に見て良しとしていたからだなと。根拠、因果関係、原則を掘り下げず、曖昧に把握して理解したと思い込んでしまう。そういう悪癖が、エネルギーに疑心暗鬼になる原因と理解するようになりました。シュタイナーの言うように、神秘を見るなら科学の方法論、論理的な思考を蔑ろにしない。それを実感しています。

あざっす!!

ブロックハントは、感想の中で紹介されたいた2011年の記事(なんともう6年前!)から進化して、ブロックハンターGO!という、ふざけた名前のものになっています。
(講座として提供させていただいてますが、開催はレアで、かつ、短時間のくせに高額です)

でも仕組みをうまく使って、マルチプルでブロックハントの原理を体現して見事に結果を出してくださっていて、素晴らしい発想と試行錯誤の行動力(しかも錯誤でなくちゃんとした結果をどんどん出せるほうに行動しておられる!)だなと思いました。

感想ありがとうございました。

エネルギープログラミングにも役立つ!? アルゴリズム図鑑

紹介します。



スマートフォン用アプリでもリリースされています。

iPhone用

Android用

もちろんITのプログラマやSE(志望含む)の方に、直球でおすすめなのではあるのですが。
スピリチュアルなエネルギーワークをされる方で、エネルギープログラミング、高次元エネルギーアチューンメントで多機能な働きかけを行うものを自分で創始してみたいという方などの最初歩の学習としてはうってつけかと。

まぁ、アルゴリズムだけわかっても、
「エネルギーをプログラミングするって、どうやって?」
という、手法と、開発環境を持ってない(自力で整備することをしてない)人は、ちんぷんかんぷんかもですが。

ちなみに私が整備した開発環境でよければ、私が主催するエネルギープログラミング講座に出ると習得していただけます。
これは商売ではなく無料で提供していることにしています。エネルギーワークの発展のためをと思って。

で、前回、無料だといって開催したところ、エネルギープログラミングなんかする気まったくないのに単に私と生で(お金を払わずに)会ってみたい(というより、『見ておきたい』)という動機の方が出て、講座の内容なんかほとんど興味も示さなかったり理解するのをさっさとあきらめたり、私という人間がどんだけヒーラーとして立派なのよ?と品定めするような「査定・審査・採点」をするだけの方がいたりでわりと部分的に残念だったので、今度は受講ハードルを設けることにしました。

まだ詳細は決めてませんが、基本情報処理技術者試験に出る程度のアルゴリズム問題を文字通りペーパーテストで行おうと思います。
遠隔の方は、メールやスカイプ添付などで問題PDFを送付し、そのメールなどの開封から1時間以内に解答してそれを写真撮ってでも何かしらの方法で返送、などの方法を採ろうと思います。
(べつにカンニングしてもいいですけど、アルゴリズムの問題って、参考資料やWebページを開いておいたところで、出された問題がどのパターンなのかなどがわからないと、カンニングのしようもないので、べつに資料を見てないかどうかなど細かくはチェックしない方針です)

それでも出たいか。ほんとにエネルギープログラミングしたいか。

ちゃんと課題という名の「壁」「火」を与えて、その壁をぶち破ったり、その火飛び越えて来い(三島)な人だけ、相手にさせてもらいます。

なんちゃってフワフワ系スピっ子、要らね。

金払って会場まで来ておとなしく座ってやってんだからあとはアンタがさぁ癒して楽しませて頂戴、みたいな有閑マダム志向の人も、来なくて結構です。

また、エネルギープログラミングの開発環境や講座で教える内容も、私のものが唯一絶対とも思いませんので、それぞれ
「よっしゃあ、俺のほうが、すげえの作ったるで」
という人がいたら、心強いと思います。

(私が開発したエネルギープログラムやプログラムの開発環境など欲しさに色目を使ってくる人もいて、評価されて嬉しいんか鬱陶しいんかわからないこともあって)

まぁ、困らされるでも、この世に自分と関わってく(れ)る他人がいるだけマシってことなんでしょうか。

自分が繋がれる外界の一部としての、縁ある人々を大切にしていきまっさ。

マイティピュリフィアを願望成就に使う

ユーザー様から提案された使い方です。

先日ペアワークをしていて、私の活用法をシェアしたところ「知らなかった!」と喜んで頂けたようなので、こちらでもシェアしますね。

マイティピュリフィアを願望成就に使う】

※「すべてが癒える場所」に行く
自分の限界突破するようなつもりで
 ↓
※ 本来の癒えた在り方が観える
 ↓
※ そこで達成したい願い事や在りたい姿を意図します
 コツは、すでにそうなっている文体で。
 (例)『私は、究極の癒し人です』
 ↓
※ 現状と本来の輝いた自分の在り方との差分を浄化する
 浄化する準備が整っているものが、癒えていくのを感じるはずです。
 そして現状と理想の差分が、モヤモヤと感情のように浮かんでくるのもあるかもしれません。
 そのモヤモヤは実際に行動して自分を変えていく必要のあるものだったりします(私の経験談ですが…)

これをやっていくと日常の行動も次第に変化していくことでしょう。
行き詰まったと感じたら、再度上記のワークを。
皆さま、お試しあれ!

****
マイティは本当に万能だなぁとじみじみ思います。
そして私は霊的成長の手段として、
このマイティとマルチプルアバンダンスの王の帰還を活用しています。

その理由は、真実を自分よがりに歪めず精妙に読み解き理解する力と、(マイティ)
抵抗する自我を叱咤激励して行動に移させる実行力がつきます。(王の帰還)
そうして身に付いた意思力や大局的観点は私の財産です。

いつもありがとうございます。

あざっす!

よくスピリチュアルで、「夢が叶う」「願望を実現する」と、願い事についてとりあげるものは多いですよね。

で、そこで「え、願いが叶うの? だとしたらスゲエ」と思ったり、そこに疑いを持つと「嘘ォ?」となるんだと思います。

が。

間違いではないんだけど、願望って、広い意味では意図の中の一種類ですよね。

で、ペンを持ってノートに何か書こうとして文字や絵などを書く。その行為に成功する。

これって、れっきとした願望実現なんです。

もっと極論すれば、人間が生まれてから死ぬまでに思うことというのは、何もかもすべて願い事といっても過言ではないかも!?

で。

願望を実現するというと、何か特別のように思える人が多いのかもだけど、この原則に照らして考えるとすると、ごく当たり前のこととして、意図したとおりに結果を出す(ことができるだけの行動を物理的・精神的・霊的に行う)ということだと思うんです。

何か怪我や脳などの病気をしたり発達障害?などがあれば、手を動かしてものを掴むということができなくなりますよね。
歩けなくなる人もいます。

手を動かしたい、足を動かしたい。
これも願望です。
それが、健常者というか、本来人間に備わっている、脳が命令して神経が体を伝ってその部位の筋肉などを動かすことで「体を動かす」という機能が損なわれていない人には、できる。

何をまだるっこしい屁理屈を、と思われるかもしれませんが、スピリチュアルなエネルギーや、そうしたエネルギーも含めて現実をちゃんと生きる、動かす、創る、人間誰しもに本来備わった神の一部としての資質・能力をちゃんと開花させたならば、手足を動かすということの延長線上に、何か世間的には壮大と言われるような夢の実現がある、ということがわかるのではないでしょうか。

いわば大多数の人間は、念動力やテレポーテーションなどの超能力も本来は人間すべてに備わっている神の一部としての、現実創造&改変能力を一時的に麻痺させたり失っている、霊能力障害者ということもできるんです。

霊能力や超能力とされるものを開花させた人間は、「普通と違って、普通よりすごい」のではなくて、「本来の当たり前の能力を再獲得・覚醒させた(にすぎない)」んです。

なので、すべての人間は本当なら、やりたいと思うことをなんならなんでもできるよ、というところまで持っていけるように生きて行くと、いいんですね。(←ここで突然の曖昧表現『いい』w)

そこに加えて人間の思考には、

「自分が望むものを叶えてしまうというのは、悪いこと。だって、それってワガママじゃない?(歪みある価値判断)」

「世の中には夢が叶わない人もいるのに、自分だけ叶えてしまってごめんなさい!(罪悪感)」

「自分が夢を叶えて幸せになってしまったことで、夢を叶えられなかった他の人がいて不幸になるということ」

といった、いろいろツッコミどころ満載のものがあります。

そこに道徳観念が混ざって、明晰とはいえない思考を経ると、結論として

「夢なんて叶えたらみんなに悪い。一人だけ得したらバチが当たる。だから、大それた夢や願い事なんてそもそもするべきじゃないし、確率からいってもまずもって叶わない。それでいいんだ。叶わないことを嘆かず、それが普通だと思って健気に生きるのが、真っ当な人間!」

という、一見立派そうだけどそれ結局、夢を叶えられないことを言い訳で正当化したうえに、夢が叶ってない自分の現状を善人だと肯定して安堵するという、わりとアレげな信念に到達します。
それは、負け犬的な自分をいつでも安心させてくれて、それでいいよと自分で自分にオナってシコシコあんあん気持ちいいでちゅう的に言えるので、堪りま千円。サルみたいにコキまくり!!

そうやって、ヘタレな自分の現状を肯定しつつオナる快感から抜け出せないままたいていの人は一生を終えていきます。
筋金入りのオナニスト。達人ですわ。すげー。

でも、べつにその状態に居続けなきゃいけないわけじゃない。

しっかりちゃんと夢を叶えてる人も大勢いる。

(というか、これまた屁理屈っぽくなりますが、すべての人の第一希望はこの世では常に叶い続ける仕組みです。夢が叶っていないと認識している人はいわば、自分の本当の第一希望に気づいていません。そして自分の第一希望というのは、まさに今生きている、現実に成立していることがすべてなんだ、ということを受け入れない場合が多いです。ギャンギャン反論してきます(霊的2歳児みたいなもんで、『なんで?なんで?』といちいち質問してきて親が辟易するあの時期)。頭で考える夢が本当の第一希望になる、する、というのは、面倒なことから逃げないとか、ラクなぬるま湯的な現状より本当に頭で思い浮かべる生活のほうをその人の中で優先させることができているとか、そう持って行くとか、いろ〜〜〜んなテクニックから修練から、人間修行とでもいえそうな諸々を経ることが欠かせません)

マイティピュリフィアは、この記事でこれまで述べたような歪みがある段階の人は、ただいきなり願望実現に使ってすぐそうなるかというとそれは保証できません。し、感想をくださった方は実はエネルギーワークの凄腕の方なのですが、使い方提案の中にある

「現状と本来の輝いた自分の在り方との差分を浄化する」

というのが、実は一言で言ってるけど膨大な諸々のワークが必要になることが多いです。
特に、それまでこれといってスピリチュアルなワークをちゃんとやってきておらず、いろいろ言い訳したり自分の弱さを肯定して真っ当に強く賢くなって現実を直視するような生き方を選び取りきれない段階・状態にいる人なら尚更。

なので、どんな夢でもマイティ使えばすぐ叶いますよ!とは言えません。
し、この提案してくださった方も、そのことは重々、心得ておられます。

ただ、ここに書かれた使い方ができないわけではなく、それどころか、あれこれ真っ暗闇で右も左も分からない状態で手探りのままなんとなく人として立派になるには、みたいなことを考えて試行錯誤するのよりも最短ルートでガチで間違いなく、その夢を叶えるところまで行くにはどうすればいいかが見えることでしょう。
(だいたいの場合、やることが多すぎてうんざりして、挫折したり、怠けてやめてしまう人が統計とったら多いんでしょうけど)

「えー? それなら役に立たないじゃんそんなの」

と思いますか。

まぁ、そう思うならそれでいいんじゃないんですかね。

もっとすごい魔法みたいなスピリチュアルなメソッドだかなんだかを探し求める旅に(また)出ればいいじゃない。

夏休みの宿題は、代わりにやってくれる人を探すより、自分でやったほうが早く終わるしやった内容も身につくかもしれないけど。

え、なんの話?

なーんて。

こういう感覚が増えていくことで、日々とても濃く充実して感じます

マルチプルアバンダンス特級の「炎に願いを」、「目指せ!アニマルマスター!!」を受講いただいた方からの感想いただきました。

お世話になっております。
金曜から昨日の特級まで、
また感動的な素晴らしいお時間をいただき
ありがとうございました。
感想を送らせていただきますが、お時間の
ある時にお読みいただけましたら幸いです。

とても印象深かったのですが、
炎に願いをの錬金釜で、蓮と涙を混ぜ込んだらどうなるかを実践した時、
豊かな緑や一面の蓮と共に、いろいろな動物や生き物が浮かびました。
地球上の一つ一つの命の意味を表しているようでした。

地球上にあるものすべての意味、美徳、悪徳から学ぶもの、
すべてを理解し豊かに生きることを表しているようで、
とても強く重く大事なメッセージに感じました。
次の講座がアニマルマスターだったこともあり感動的でした。
錬金瞑想や炎の衣、松明なども、便利でかつものすごいパワーを持った技術で、
受講できたことが嬉しかったです。
金曜に受講させていただいた軽やかで優しい風、今回の炎、
便利に使わせていただきたいと思います。

アニマルマスターもまた感動的でした。
成人する頃まで犬をずっと飼い続けていましたが、
ただ可愛くて飼っているということでしかなく、飼い方が一方的でした。
どんな生き物にもすべて、その命の意味はあると思ってはいましたが、
今までははっきりとした事がわからないままでした。

それがまずマルチプルを受け始めて、上級で大きく変わりました。
昨年からの流れも面白く、なぜか鳥を飼い始め、
マルチプルが受けられるようになり一気に上級、特級まで。
上級の最初にある外界とのコネクション後に生き物が"わかる"感覚になり…。
こういう感覚が増えていくことで、日々とても濃く充実して感じます。
(マッハGOGOは、時間を伸ばして、かなりの事をやったのにまだこんな時間!
で時間はあるけど体力が追いつかない時があって、、、。体力鍛えます。)
鳥の他に犬も飼いたいと思っていますが、
飼う動物にも豊かな一生を送ってもらえたら幸せですね。

その他に昨日は、スピリチュアルのあり方、使い方を再確認する日にもなりました。
どんなに素晴らしい技術をたくさん学んで使えるようになっても、
地に足をつけて人間という生活環境の中で活かしていかなければ、
ただのスピ好きで終わってしまう。
自分の、人としての未熟さから目を背けない、
人間関係の中で生きることから逃げない、スピに逃げない。
受講のたびに、受講内容の他にもものすごい量の気づき、学びがあります。
その場のすべてがありがたく、本当に毎回感動しております。

長くなりました。
今回もお世話になりありがとうございました。

以前のブログ記事にusamimiさんが

"マルチプルアバンダンスは、霊的な存在やエネルギーのいろんな側面から得られる恩恵、
すでに自分がそういうものにこれまでも今もこれからも囲まれて十分に恵まれて
生きているんだという再確認(によりおぼえる幸福感)、など、
お金など現世利益だけに限らない豊かさをどんどん、
タイトルどおり全方向的に受講者が気付いて得ていけるよう整備していく所存でっせ!!"

こう書いていらっしゃいました。
自分では表現しきれなかったのですが
本当にこちらに書いていらっしゃる通りで、
昨日の錬金釜の時に観えたものも、まさにこちらの文章そのものだったのを思い出し感動し、
お伝えしたくて書きました。

あざっす。

実は、アニマルマスターの講座のときは、受講生さんたちの中の、
「人間はなんたって最上位。他の動物なんて下等」
という思考や、
「かつて人間が、他の動物たちに霊的に苦役を肩代わりさせて自分たちだけが高等に進化した」
という話をしたときの、「臭いものにフタして目をそらす」的なリアクションが気になってました。

まるで、かつての戦争のとき自分の国が他の国に酷いことをしたと聞かされたときの人、
みたいな反応。
侮蔑と、鬱陶しさから来る「うっせえよ黙れよ」という圧力、罪悪感とその不快感への苛立ち。
そういうものが、複雑に巡り巡っている感じで、会場の空気が重くしらけたものになりました。

受講料は(長時間にも関わらず)1500円と、他の講座よりだいぶ安い金額を設定して
あったのですが、私はある意味、これに助けられていました。

開催してて正直、心が折れそうでした。
誰も聞いてない、あるいは敵意を向けられる中での演説、的な。
(べつにあからさまに受講生の方々がそうだったわけではなく、個々人の中で
 それぞれに、いま自分の内面に渦巻くものとどうにか対処しておられた様子ですが)

だから「まぁ、1500円だから許してちょんまげ」と思って開き直ることで、あえて最後まで
堂々とやりきった形です。(まるで音痴な人が顰蹙を買いながらもカラオケ歌い切る的な)

なので、こういう方向&内容の感想をいただけたのは幸いでした。

自信が持てました。

はい、こうしておそらく次回のアニマルマスター開催時には、受講料がハネ上がるのでせうね。

これわ、悪趣味な言い方かもしれませんが、インストラクターとして開催する側になって、
受講生たちを観察してみていただきたいです、アニマルマスターの講座は。
「どうぶつ好きだよー、飼ってるよー、仔猫の動画とか見ちゃうくらい好きー」
などと言ってる人(しかも嘘をついてるわけでもなく本当に)であっても、この講座前半の
重たい真実的なところをやると、まるで荒れた学校で授業をさせられる教育実習生的な心地w

それで受講生として来ている人などを「浅ましい人間だなぁ」と蔑んだり呆れたりするのも
お門違い。
これは、人間すべてが抱えており、背負っている、歴史なのです。
いきなり直視できなくて当然、くらいに寛容になり、お伝えしていくくらいがちょうどいい。

ひるがえって。

炎と雪の精霊にまつわる講座もやりましたが、こちらはほんとに楽しかった。
特に火は、もともと火のエレメントに馴染みがさほどない人であっても、あの明るさ、
ポジティブさ、あっけらかんとしてサバサバして、かつ、温かく包まれる感じは素敵に感じる。

いただいた感想にもある、錬金窯やアニマル技開発ラボなど、自主的な発想や行動をしてこそ!
のツールも多かったのですが、これは反応がパッキリ、分かれましたね。
自主的に、霊的な側面も含めてこの世を満喫しつつ鍛えられるのを喜び、目指す側と、
ただ座ってるだけで何もかもしてちょうだい、的な、「エステに来た客」的な側と。

やっぱりねー、子供が外を駆けずり回ってみんなと鬼ごっことかしている中で、足腰が丈夫に
心肺機能も鍛えられて、笑って楽しんでポジティブな気持ちも味わいホルモンとかも出て、
複数の友だちが同時にその場にいる中でどう主張するか合わせるか配慮するかを学び……的な。
それを大人になっても、べつに幼稚だからというんじゃなくて、いい意味でずっと子供で、
でもやることは大人としての自覚や責任を持ちつつ、物理的にも霊的にもやりきって生きる。
そういう中で培われていくもの、が、人生においての本当の「豊かさ」だったりして。

そうでもないのかな。やっぱカネ?w
(いや、カネは、しかるべく強く賢く美しくて他人とコミュれてこの世で生きていくことに
 前向きで何かやりたいことがあるとなれば、そこにカネが必要だとなれば、手に入るから。
 そしてカネを手にしてもそこで目が眩んだり踊らされたりせず、『あくまで通貨』として
 しかるべく使うなりして、その先にある『やりたいこと』をやって楽しむほうに行くよね)